先人から学ぶ。生き方は人生の教科書
おはようございます。相澤圭です(*'▽')
ここ最近雨が降らず、梅雨明けしたのかと思っていたら実はまだ梅雨入りしていなかったことに驚きました。
梅雨入りは、どうやって決まるのかと言いますと、今までの天候と、その先1週間の予報をもとに、曇りや雨の日が多くなり始める時期を、梅雨入りとしているそうです。
このまま天気のいい日がいいのになと思うこの頃です。
先日、友人と夢マップなるものを書いてみました。たまに書くことがあるのですが、友人はノートに50個ほど書いていており、一緒に書くことで自分の世界を広げたいなとおもいました。
項目は大きく4つ。
・なりたい自分
・やりたいこと
・ほしいもの
・行きたいところ
やりたいこととほしいものがどんどん出てきて、私はブランドを立ち上げてファッションショーをやりたいと出てきました。どんなのがいいかなと調べている中でココ・シャネルについて興味が出てきたので調べました。
◆シャネルの服にメンズとキッズが存在しない
「創業者であるガブリエル・シャネルが作っていなかったから」。
えっ!そんな理由でと思うかもしれません。
「シャネル」という世界最上級のラグジュアリーブランドだからこそ、ブランドを引き継ぐものが何を広げ、何を広げないのか。を大事にしていて、生き方かっこいいなと思いました。
◆ココシャネルの生涯
ココ・シャネル(Coco Chanel)は、11歳の時に母が病死したのち、父に捨てられ、孤児院や修道院で育った。18歳で孤児院を出た後、歌手を目指しオーディションを受けるも、落ち続け歌手になるという夢はあきらめた。
退屈しのぎでシャネルが制作していた帽子のデザインがそこで認められ、バルサンの援助により、1909年、パリで、帽子のアトリエを開業する。
【多くの女性があこがれるシャネルの成功・興隆】
1921年にはシャネル初の香水「No.5」と「No.22」を発表し、当時で4000人ほどの従業員を抱えるほどのビジネスの拡大を成功させるが、1954年、スイスでの亡命生活を終えパリに戻ったシャネルは、ファッション界へ復帰を果たす。女性の社会進出がめざましかったアメリカ合衆国でシャネルファッションは熱狂的に受け入れられた。
決して恵まれた環境ではない中で、出会いから事業を立ち上げ女性の社会進出に大きく貢献したシャネルのことを知ると私は恵まれているなと思います。恵まれているからこそ、もっと希んで、叶える人生にしたい。
そんなシャネルですが、名言からも生き方が伝わってきます。
◆シャネル名言~私の好きな名言~
・「私は日曜日が嫌い。だって、誰も働かないんだもの。」
この名言からもわかりますが、仕事が楽しくて楽しくてしょうがない方だったんだろうと思います。こんな生き方いいですよね。
・「かけがえのない人間になるためには、常に他人と違っていなければならない。」
十人十色と日本でいうのかな。みんな違ってみんないい。ただみんな同じことが美徳(はみ出すことを良しとしない)と思っている日本だからこそ、この言葉をしってほしいなと思います。私は自由になりたいなと思っています。だって自分のための人生だから。
今回調べてみてシャネルの生き方はかっこいいし自分の経営にも取り入れていきます。やっぱり好きなことを好きなだけ自由にやる方が人生楽しいから。先人が示してくださる道は希望に満ち溢れている。