史上最強にモテなかった同期に、気付けば先を越されていた。
新卒で入社した会社に、とんでもない男がいた。
あだ名は”SD”。
素人童貞の略称と、名前のイニシャルが奇跡的に一致した結果生まれたあだ名である。
入社したばかりの頃から、自分が素人童貞であることをキャラとして押し出していた鋼メンタルの持ち主。
当然の如く、彼女いない歴=年齢である。
なんの因果か、僕は彼と配属部署が一緒となり。
部署では唯一の同期となってしまった。
彼の伝説を挙げていくと、枚挙に糸間がない。
どれぐらいヤバい奴なのか、具体的なエピソードと共にご覧頂きたい。
①「俺より目立つな」事件
入社して2年が経った頃。
僕らも、それぞれ部署の戦力としてメインの仕事を振られるようになってきた。
そんな折、SDから会社近くのカフェに呼び出された。
僕らの会社はかなり緩い労働体系ではあったが、それでも業務中に同期同士でカフェに行くのはちょっと気が引ける。
せめて中身がある話であってくれと祈りながら、僕はカフェに入った。
SDに入った僕をニコニコ顔で迎えると、出会い頭にこう言った。
「oil、最近ちょっと目立ち過ぎじゃないかな?」
はい?
僕は固まった。
会話の切り口が思っていたものと違い過ぎて、大分戸惑ってしまった。
「先輩にも可愛がられてるし、仕事も頑張ってるし」
いやいやいや。
前者に関しては主観だし、後者に至ってはもう褒め言葉じゃん。
何故仕事を頑張って同期に怒られなきゃいかんのだ。
「俺より目立って、俺より人気になるのやめてくれ」
この後、僕はSDにコンコンと説教をした。
そのひねくれ発想がお前の良くないところだと。
後にも先にも、社歴が同じ人にあんなに説教をしたのはこの時だけである。
②『キスマークって唇の形じゃないの!?』事件
2015年、春。
SDに恋の風が吹いた。
別の会社の事務の女の子が気になるらしい。
「どこが良かったの?」
そう聞くと、SDは満面の笑みで答えた。
「いつも笑顔で挨拶してくれるから、俺のこと好きなのかなと思って!」
全女子に告ぐ。
『女は愛嬌』というが、時に勘違いを生むようなので相手には気をつけよう。
「ちなみに、どんな子なの?」
そう聞くと、SDはちょっと悩みながら絞り出した。
「うーん…
なんかフリフリした服着てて。
目元が派手な感じで。
白くて細い!」
なんだろう。
僅かなヒントだけで不安を感じる。
後日、その子がいる会社にSDと僕は仕事で行くことになった。
僕は別件の都合上、SDの2時間後に現着する予定で動いていた。
別件でタクシーで移動していると、SDから電話が。
「もしもし」
「あ、oil?大変だよー。
なんか、あの子の首の周りにアザがあるよー。
怪我してるのかな?」
妙だな。
僕の頭の中のコナンくんが呟く。
「まあ、とりあえず現地行くわ。
その子と会話するタイミングがあっても、
アザのことには触れんなよ」
そう言って、僕は電話を切った。
現場に着く。
「こんにちはー」
そう言って会社の中に入ると、受付にいた女の子がで迎えてくれた。
「こんにちは」
ニコッと微笑む。
細身の白い肌、派手目の目元。
そして…首周りにある無数のキスマーク。
僕は悟った。
コイツはド級にヤバい女だ。
キスマークをつけられる性癖の良し悪しは置いておいて、それだけキスマークがついた状態で首周りの開いた服を着てくる神経が最高にヤバい。
SDと合流し、僕は告げた。
「あのアザ。あれ、キスマークだぞ。
相当タチ悪い男と付き合ってるか、
あの子がヤバい女か。
いや、どっちもかも」
そう言うと、SDは別の部分に食いついた。
「ええっ!?
キスマークって唇の形してないの?」
お前も相当ヤバい男だな。
そう言おうと思ったけど、心にグッとしまいこんだ。
③人の話を聞け事件
「ふっふっふっ」
不適な笑みを浮かべるSD。
『キスマークって唇の形じゃないの!?』事件から一年が経ち、彼の傷も癒えてきた頃だった。
「なんだよ。気持ち悪いな」
僕がそう言うと、SDはオフィス中に通る声で叫んだ。
「聞いてよoil!
俺、いい感じの女の子がいる!!」
こんなこと叫んで良いのは高校生までと相場は決まっているが、そこは圧倒的に非モテのSD。
衝撃のニュースはオフィス中に響き渡り、みんながSDの周りに集まってきた。こういう時フリーアドレスって便利だよね(?)。
話を聞くと、どうやら大学時代のサークルの後輩らしい。
写真を見ると、まあまあ可愛い。
この時点で半信半疑になる僕を含めた同僚一同。
冷たい人間と言われるかもしれないが、こんな可愛い子が本当に素人童貞を選ぶだろうか。
「いまどんな感じの間柄なの?」
先輩が聞くと、SDはこう答えた。
「向こうから誘われて、食事に行ってます!!」
リアルで”ビシッ!”みたいな効果音を感じたのは初めてだ。それぐらい言葉に勢いがあった。
ただ、確かにそれを聞くと可能性はありそうだ。
女の子側から誘われるなんて中々ない。
「すげえじゃん。
ついに脱童貞か!?」
やんややんやと騒ぐ一同。
しかし、次にSDが発した一言で一同の中に疑念が生まれた。
「でも、毎回向こうが誘ってくるんですよ。
こっちが誘った時は断るのに」
静まり返るオフィス。
水を打ったように、とはこういうことか。
「どんな時に誘われるの?」
僕が聞くと、SDは答えた。
「結構急なことが多いね。
その日の夕ご飯とか。
でも、“会いたい!”って言ってくるの可愛くない?」
お前の感想はどうでも良い。
「お前、それ全額出したりしてないよな?」
僕が言うと、SDはキョトンとして答えた。
「いやいや、デートのお金は男が出すでしょ。
それこそが甲斐性というやつでしょ」
気概は素晴らしいんだけど。
ちょっと違う気がするな。
「それさ、カモられてない?」
先輩が僕の気持ちを代弁した。
「SD、一回LINE見せろ」
僕が言うと、SDはあっさりと僕にスマホを渡した。
「ラブラブな会話、見たい?」
何故コイツはこんなに能天気でいられるんだ。
そう思いながら、僕はその子のLINEのプロフィール画面を開いた。
プロフィール画像を開くと、アイコンのサイズでは分からなかった要素が出てきた。
彼女の写真の横に、長身の男が肩まで写り込んでいる。
半身だけでも分かる、黒くて細身のチャラそうなファッションだ。
「この子と恋愛の話ってした?
元カレのこととか」
すると、SDは思い出した!と話し始めた。
「したした!
元カレ、ホストらしいよ。
もう縁切ったらしいけど」
はい、解散。
蜘蛛の子を散らすように、各々のデスクに戻っていく同僚一同。
「え、なんでなんで?」
事態が飲み込めていないSDに、僕と唯一残った先輩は言った。
「SD、この女だけはやめとけ。
話を聞く限り、
どう考えてもまだホストと繋がってる」
「女なんて星の数ほどいるぞ。
自らこんなヤバそうなのに突っ込んでいく必要はない」
SDは、僕らの言葉を受けて決意の眼差しで言った。
「分かりました。
俺、この子に告ります」
僕らは思った。
話、聞いてた?
耳、ついてる?
「だから、やめとけって言ってんのよ。
この子は絶対危ないって」
こんな奴とはいえ、一応同期。
傷つくのは可哀想だ。
「いや、俺は男を見せる!
待っててくださいよ!」
この男、反面教師としてはレジェンド級に優秀だ。人の話は素直に聞いた方が良い。
数日後。
当時僕が務めていた会社の近くには、大粒の雨が降り注いでいた。
僕と先輩は、案件の関係でいつも出勤しているオフィスから近くある別棟に移動していた。
「ついてねえな」
「ですね」
そんな会話を交わしながら、数百メートル先の別棟を目指す。
すると、目の前に傘もささずびしょ濡れになったSDが現れた。
濡れすぎて、「ショーシャンクの空に」のジャケ写みたいになっている。
「どうしたんの?お前」
先輩が問いかける。
その声は、心配しているというより引いていた。
「彼女にフラれました…
というか、フラれることさえできませんでした…」
はい?
よくよく話を聞くと、どうやら例の女の子に約束をすっぽかされたらしい。
「伝えたいことがあるから、来るまで待ってるって言ったんだけど…で、8時間待ったんだけど」
そのパターン、大体最後は来るんだけどな。
それはドラマとか映画の話か。
「来なくて、外出たら雨降ってて。
何も考えられなくて…」
なんか、可哀想な気がしてきた。
そして、この出来事から半年後。
僕は仕事を辞め。
SDとはそれきりになっていた。
そして、時が流れ。
2024年。僕とSDは34歳になる。
SDは、結婚していた。
なんなら、子供がいる。
もう4歳ぐらいになるそうだ。
一方の僕は、独身筋トレジジイに進化していた。
8年あれば、人間の幸福度の順位は余裕で入れ替わるのである。
まあ、別に構いやしない。
僕は僕の人生を、彼は彼の人生を行くだけ。
僕も、今の人生を悲観しちゃいない。
正直、めちゃくちゃ楽しいし。
前に、SDが子供と撮った写真を人伝で見せてもらった。とても幸せそうだった。
その写真を見て、思った。
30代の幸せは、きっとそれぞれなのだ。
5年越しぐらいになっちゃったけど、結婚おめでとう。お幸せに。