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手元に残った2つのガム

ちょっとした野暮用で自家用車で出かけた。目的地にはコインパーキングがあり、関連施設で500円以上買い物をすれば駐車代が無料になるというよくあるサービスもしっかり活用するタイプの人間なので、特段必要でないものを500円ばかし購入した。最近の私はもはや小銭を所持していない。そのためレジの店員さんに「d払いは可能ですか?」と聞いてみたが答えはNO。致し方ない、クレジットカードで支払う旨を伝えると店員さんが一言、「dカードはお持ちですか?dポイントが付きます」と。

思わず私が「えっ」と漏らすと店員さんは「はい、d払いできないんですけどね、dポイントつくんですよね。変ですよね」と半笑いでおっしゃった。私の「えっ」だけで言いたいことを察してくれただけでなく、ちょっとおもしろい笑える事実として店のシステムを伝えてくれたのも、上手いなあと思わず唸ってしまった。個人的に店員さんがじわりと笑えるセリフや対応をしてくれるのは大好きだ(明らかに笑わせようとしてくるのは逆に無理、寒い)。

その勢いで駐車券を渡したのだが、会計が496円でギリギリ足りていなかった。またも私が「えっ」と漏らすと、レジ横を指さして「ガムありますよ」とまたも半笑い。いいな。この店員さん、いいな。恋とか愛とかではなく、単純にこの店員さんに大きな魅力を感じてしまった私は、まんまとキシリトールを購入し、500円サービスを付与された駐車券を手にして駐車場へ向かったのであった。

今日は良い出会いがあったなあ、と晴れ晴れした気分で駐車場をの出口まで車を走らせた。駐車券を機械に挿入して、財布の用意をしようとしたところ、おや?機械に金額が表示されない。ん?画面も真っ暗だ。駐車券は機械に飲み込まれたまま戻ってこない。なんだかわからないが嫌な予感がして車をバックで戻し機械横の緊急コールセンターに電話をした。プルルルル…プルルルル…出ない。出ろよ。緊急コールセンターが出ないことがあっていいのだろうか?そうか、仕方ない。緊急コールセンターの人も緊急の事態を迎えていたのだろう。あいわかった、許そう。

しかしこのままでは私は二度とこの駐車場から出ることはできず、永遠に彷徨うことになるだろう。そのまま死んだ後でも、コインパーキングへの恨みから成仏できない地縛霊としてご近所のうわさになること請け合い。いや、そんなことでは困る。焦りと苛立ちを隠せなくなった私は、ドラマの主人公のようにその場にかがみこんでしまった。そしたら、下に落ちてた。駐車券。落ちてた。機械に上手く差し込めず、下に落としていただけだった。ごめんなさい。普通に自分のせいでした。そうして急いで車に戻って改めて駐車場を出ようとした私の財布の中には、小銭がなく1万円札しか入っていなかった。駐車場の機械は、1万円札は使えない。

雨よ、もっと降れ。今日の悲しい出来事を、いっそこのまま水に流してくれ、と願う私は、小銭を作るためにもう一度ガムを買いに走ることしかできなかった。あの店員さんはまだいるだろうか。ガムを買う私を見て、きっとこう言うのだろうか。「dカードはお持ちですか?dポイントが付きます」

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