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実は芽キャベツがそんなにおいしくないという話がしたい

いつでも少し目線を上にしておくことが大事なような気がする。

今日は八百屋に行くしか予定を入れなかった、気温がようわからんのでいろんな服を家で羽織る、羽織りのポケットに10円入っている、他のものを羽織る、なんとまた羽織りのポケットに10円入っている、なんとなんとそれの繰り返しで合計50円出てきた、ラッキーパターン。羽織長者。

八百屋前に、父が図案を描いた着物が美術館に展示されているということで見に行く、染め屋さんの展示なので父の名前は出ていないが立派やなあと思う、いいところに飾ってあったので鼻が高い思いである。

歩いて街中の八百屋へ。
鼻水がひどい、これはもう副鼻腔炎ではなくて花粉やなと思う、八百屋で芽キャベツが安い、うれしげに買う、菜の花もきのこも安い、買う、夏みかんもあった、買う、白ネギもきゃべつも茄子も安い、買う。
気づけばリュックがパンパンでネギがどうにも入らないので手に持って歩く。
そういえばめちゃ軽いナイロンのアウターあの店にあるんちゃうか、と遠回りしてネギ片手にオシャレビルに入る。
目当ての店に入ると洒落た店員のお兄さんに、何かお探しですか、と聞かれる、これはもしやマロニーを探していると思われたのでは、と動揺するが、あの、白いめちゃ軽いナイロンのショート丈のアウター探してるんですけどネギ持っていてすいません、としっかり言う、ネギだなと思ってました、と上品に微笑まれる、しかしもうわたしはネオ皿であるはずなので恥ずかしくもなんともない、だってさっきネギ買ったもんしゃあない、この洒落た男も剥いたら骨である、骨に恥じても仕方ない、その店にアウターはなかった。
違うフロアのイケてる店にも入る、イケてる靴があったからすかさずお姉さんに、これの23cm履いてみていいでしょうかネギ持っていてすいません、と言う、お姉さんも剥いたら骨であるからして恥ずかしくはない、ネギには触れずに靴を出してくれる、ネギをソファにそっと置いて試着する、イケてるけどもうちょいつま先が四角くあれ、と思い買わない。
ネギを持つことによって不思議ちゃんとしてのキャラ付けをしていると思われることに不安がよぎるが、うっすら滲み出るこの社会性、目を凝らして見て!結局集団の中での調和を大事にしてまうタイプやねん、ネギでは隠せぬ真面目さよ、おろろ、とかなんとか言うて家に帰る途中でどうにも暑くなり、アイスを買って食べながら歩く、どうにでもなればいい、世は不思議でいっぱいやど。

帰宅後買った野菜をやっつける。
芽キャベツはポトフに、菜の花はからし和えに、きのこは冷凍、などなど。
正直、芽キャベツは本当にいつも裏切ってくる、悪い方の意味で。
期待値より遥かにおいしさが少ない、うわあそうやった、といつも食べてから思い出す、もう買わないぞと毎年思うが毎年おいしそう、と思って買う。
どんな調理法を試しても期待を下回る食感、おもてたんとなんか違う、でも芽キャベツ、という響きはなんであんなに魅力的なんや、わたしの心を揺さぶってくる、あの裏切りをわたしは知ってるのに、知ってるはずやのに来年もきっと買う、そして、ああ、と思うのだ、それが春。恋でもあるのかも。いや、それは絶対に違う。
同じようなことを他の食べ物でもいつも思っていた気がする、なんやったかなあ、ほら、忘れている。

本日は花粉により顔がかゆくて仕方がなく、なんと16時に風呂に入り17時には全ての寝る準備が整ったので意気揚々と映画を見る。
参考書はあれ以来開いていない。
そろそろ飲みに出たりもしたいのだけど、いったん重くなった腰は上がらない、退院後に呑みましょうね!という約束も宙に浮いたままでずっと申し訳なく思っているし、決してみんなを嫌いになったとかじゃないんやで、とは思う、ただ、もう、嫌われたくないだけさ。
21時半に就寝。
本当は寝たいわけじゃないことぐらい自分が一番知っている。

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