つまり、そういうことだ⑩
いかにステレオタイプやバイアスを注意深く観察しようとも、100パーセント、すべての時間、なにもかもを考えて答えを出すプレイヤー、つまり主人公でいることは難しい。
車の運転など反射でやらなければならないことは山ほどあるし、コールセンターやレジ打ち、教員の仕事などは脳にインプットされた台詞や動作を繰り返すNPCにならなければ、こなしきれないだろう。
私もおまえも、NPCでいる時間はあるはずだ。言いたいのは、NPCでいる時間を減らそうということ、ではない。
重要視すべきは、時間の割合じゃないんだ。
「大切なこと」をNPCとして現状維持しているのか、プレイヤー(主人公)としてクリアしていくのかということだ。
NPCは無目的だ。NPCの台詞が変わる時は、主人公が何らかのイベントをクリアして問題を解決したり、環境を変えたときだ。
怪物を倒した、灯台に光が戻った、疫病に効く薬草を持ち帰った。
自分を取り巻く環境にそのような変化があったとき、NPCたちは態度や言葉を変える。そして変わったあとは、同じ台詞を言いつづける。
重大な決断、大切なことを決定することは主人公にしか出来ない。
NPCたちは「決断しないという決断」をしている。それにも気づかないのだが。
「今じゃない」
「どうせ無理」
「やろうと思えば、いつでも出来る」
自分が言ってることの意味を分かっていないのだ。
RPGにおいて、プレイヤーが「次のイベントは何か」分かっているのに、それに取り掛からないことはあり得ない。
すぐにイベントをクリア出来なくても、レベルを上げるなり武器を揃えるなり仲間を見つけるなり、目的に向かう準備をする。
でなければ、ゲームをしている意味がないからだ。快楽を得られない。ゲームは快楽を得るためにするものだ。快楽とは、プレイヤーが求めている、人生で味わいたい感覚だ。
(つづく)