〈1〉 22世紀の風は、キューバから吹いている
※これは「世界は反転する」改訂版(定価2,222円)発刊に当たって、〈1〉を別の記事に書き換えたものです。
漆黒のダイヤモンド。すれ違いざま、どこかで聞いたような言葉が思い浮かんだ。彼女を見かけたのは、JR八王子駅のコンコースだった。
歩くリズムに合わせてふわふわと揺れるドレッドヘア。普通に歩いているだけなのに、音楽にノッているかのように動く腰、小さなあごを真横に割く大きな口、厚い唇と褐色の肌、浮き上がるように輝く白い歯。初めてできた黒人の友達は、美しく天真爛漫なキューバ娘だった。
衝動的に話しかけていた。「友達になろう」と言うと、快諾。聞けば、なんと私が卒業した大学に通う交換留学生だった。数日後にはキューバに帰ると言う。彼女の国がどこにあるのか、パッと思い浮かばない不勉強な私は、とんでもなく遠いところなのだろうというくらいにしか思ってなかった。
彼女のことが知りたくてメールのやりとりをした。3歳年下のキューバ娘は私よりもずっと大人で、ファンキーな見かけとは裏腹に、理知的な人だった。ハバナ大学で成績が優秀だったために、費用免除で留学に来たそうだ。4カ国語を操るマルチリンガルで、将来は国交に関わる通訳をしたいと言う。
いっぽう英語や第二外国語どころか、日本語すらあやしい私は、しがないサラリーマン。学校での成績は下から数えた方が早かった。「リクルートで働いている」と言えば、たいていの人は「優秀だね」と言ってくれるが、将来の夢も大志も特に無い、ただの男だった。
数日にわたって互いのことを教え合ったが、人生をしっかり考えている彼女に対して、私が言えたのは、広告の仕事をしていること、映画を観るのが好きなこと、絵を描くのが(ヘタだけど)好きなことぐらいだった。
あまりにも格が違う。生き方が違う。世界観が違う。そろそろ話題も尽きてきた。彼女が帰国する日も近づいている。潮時かなという雰囲気がお互いの間にただよいだした頃、彼女から、おかしなメールが来た。
「あなたは、身体の絵を描いたことはありますか?」
身体の絵・・・・・・。それは、なんだろう。
真っ先に思いつくのはヌードだが、描いたことはなかった。そのまま彼女に伝えたが、返信に驚いた。
「あなたは、身体の絵を描くことに興味はありますか」
どういうことだ。ある。あるが。「ある」と言えば、ヌードを描かせてもらう流れになるのだろうか。彼女の姿を思い浮かべる。ダメだ。集中できない。何のつもりか分からないが、返事は一択だ。
「あります」
返事はすぐに来た。
「私の身体の絵を描きませんか」
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