見出し画像

愛は無条件なものという条件について

「夫が私の誕生日にサプライズをしてくれたんです」
 と言った人の表情は曇っている。いや、電話なので顔は見えないが、曇った表情が見えるかのような低いトーンだ。
「疲れているはずなのに、忙しい仕事の合間を縫って、旅館を予約してプレゼントも用意して、手紙までくれました。
『たまには嫁さん孝行しなくちゃな』って言ってくれて……本当に愛されているなと思いました」

前回のエントリを読んだ方から、連絡をいただいた。
 旦那さんに愛されている、良い話である。が、これには続きがある。

「でも彼は凄く脂っこいものが好きで、メタボなんです。その上、お酒や甘いものも好きなので、まだ若いのに糖尿病。さらにヘビースモーカーで、タバコをすわない私の前でも平気ですうんです。彼の身体が心配だし、すわない人の前でも平気ですうのって、社会人としても良くないですよね……」
 まだ話は続く。
「運動するか節制するかしてほしいけど、『仕事で疲れているから運動はしたくない。メシぐらい好きに食わせてくれ』と言われます。
 ふだん家の中では口数が少なくて、会話がほとんどありません。彼はずっとスマホをいじっているし、私が話しかけると面倒くさそうな顔をするんです。
 心配して仕事のことを聞くと『家で仕事のことを考えたくない』と不機嫌になるし、かといって私が困っていることを相談すると、目を閉じて寝転んでしまうんです。それ以上は話しかけられません。
 私、愛されていないんでしょうか」
 愛されているエピソードにはじまり、愛されていない不安に終わる。自慢にはじまり愚痴に終わる。あるいはそれを行ったり来たりする。
 そういう方は一定数いる。今回はそういう女性のための話だ。

私はなるべくオブラートに包まず話すようにした。嫌われるかもしれないが、相手に気づきがある方が有益な時間になる。
「もしかしたら奥さんと話すのが楽しくない……というか、ちょっとしんどいのかもしれませんね」
「ええ〜、でも、そんな相手のためにサプライズしますか? 旅行に行ったときは、すごくいろいろ話をしたし」
「そう思いますよね。それは、こういうことなんですよ。
 奥さんは『愛されているか、愛されていないか』を基準に旦那さんの行動を見ていますが、旦那さんは『やりたいか、やりたくないか』で行動しています。だから奥さんには何を考えているか分からなくなるんです。
 旦那さんはきっと、ちょっと違う基準で行動しているんです。整理してみましょう。

〈やりたいこと→ほっといてもやること〉
サプライズ、嫁さん孝行、旅行、飲酒、食事、喫煙、スマホいじり

〈やりたくないこと→言ってもやらないこと〉
運動、節制、仕事の話、嫁の愚痴を聞く

旦那さんは〈やりたいこと〉をやり、〈やりたくないこと〉をやらないだけなんです。そこに愛は関係ないんです」
「〈やりたいこと〉と〈やりたくないこと〉の共通点がよく分かりません。何を基準として考えればいいんですか」
「基準は、ほっといてもやるかどうか、です。基準は考えるのではなく、観察すれば分かります。現実に行動として表れていることが、そのまま基準です」
「でも、旅行に行ったときは、たくさん会話をしました! 私との会話は〈やりたいこと〉とも言えるんじゃないですか?」
「旅行に行ったときは非日常に飛び込んで、見るものや体験することが目新しくてテンションが上がっているんです。サプライズの達成感もあいまって、興奮状態です。
 そういうとき、自分が興味を持ったことは、話したいんでしょう。奥さんへの愛情があるとか、ないとか、関係ないんです。話したくなったから、話しているんです」
「でも、でも、サプライズとか嫁さん孝行が〈やりたいこと〉に入ってるんだから、やっぱり私への愛情はあるはずなんですよ」
「そうですね。そこは、そう思って良いと思います」
「だから私への愛情があるなら、もっと身体を大切にしてほしいし、話も聞いてほしいんです」
「そうなりますよね。でも、それはしないんです旦那さんは。
 奥さんのためにサプライズはしますが、奥さんのために運動はしません。世の中には、奥さんのためにジョギングしたり禁煙したりする旦那さんも実在します。
 でも、貴女の旦那さんは、それではないんです。
 ちょっと難しいかもしれませんが、違う角度からお話しますね。
 簡単に言えば、旦那さんは〈ナルシスト〉なんです」

「ナルシスト? いや、そんなタイプではありません。
 ナルシストなら、もっと自信があるだろうし、見た目に気を遣うだろうし。目立とうとするだろうし。そういう人ではないんです。
 自分の体型(デブ)も笑いのネタにしてますし、積極的に人前に出ることもありません。自信があるタイプでもないと思います」
「ナルシストっていうのはね、『自分が大好き』ってことです。
 旦那さんは見た目については気にしていないか、諦めているのでしょう。デブとかハゲをネタにしている人は、むしろ気にしすぎて反転した人が多いです。そこはナルシストの本質とは関係ないです。
 どういう自分が大好きか、なんです。旦那さんの場合、サプライズする俺、嫁さん孝行してる俺が、大好きなんです。また、家では仕事で疲れ切っている自分に浸りきっています。
 旦那さんは『自分に浸る』という行為をしてるだけで、愛情は行動の基準ではないんです」
「そうなんですか? でも結婚する前に、私が精神的にまいっていた時期には辛抱強く支えてくれました。そんなのって面倒くさいじゃないですか。愛がなければ出来ないと思うんです」

「愛がないとは言ってません。愛しているか、いないかではなく、何をやるか、やらないかの話です。
『それをやっている自分が好きか(カッコよく感じるか)どうか』が、行動の動機の大部分を占めているということを言っています。
 小さな男の子がヒーローごっこやるのと同じです。カッコいいセリフを言って、カッコよくカッコつけたいんです。それが旦那さんの場合、サプライズとか疲れた自分に浸ることなんです。
 旦那さんだけじゃなく、男はほぼ全員ナルシストですよ。程度の差はありますが……」

「うちの旦那はどの程度、ナルシストなんでしょうか」
「相対的なことなので『どの程度』を表現するのは難しいんですけど、まあ、そこそこ、かなり、いい感じにナルシストなんじゃないでしょうか。
 しかし程度は関係ないですよ。奥さんにとって、『それがどう感じられるか』が問題なだけで」
「ええ〜。私への愛があるならいいんですけど。でも、肥りすぎと、タバコのすいすぎは困るなあ。本当に愛しているなら、考えてほしい……」
「ナルシストは、『単発的に何かする』のは好きですけど、『継続的に何かをやめる』のは嫌いですからねえ」
「でもモデルとか、ボクサーの男性なんかは、継続的に節制するじゃないですか。あれだって、ナルシストですよね」
「あれは食事を『やめている』のではなく、節制を『やっている』という状態です。受け身じゃなく、主体的にやっているから出来るんです」
「やめているのではなく、やっている……」

「そう。ナルシストにも〈攻めのナルシスト〉と〈受けのナルシスト〉がいます。
 攻めは、自分の価値を高めていこうとするタイプ、受けは、自分の快感を高めて(不快感を避けて)いこうとするタイプです。
 人によって、どちら寄りかは違いますが、主な特徴は次のようなものです。

〈攻めのナルシスト〉
・「自分は凄い!」と思っている
・自分の欠点を改善し、長所を伸ばそうとする
・さらに完璧な自分になることに余念がない
・ツラいことは自分への試練と受け止め、挑戦していく
・自分に自信があり気力に充ちている
・新しいことをどんどん取り入れる、「変化」に対して前向きな態度
・行動的で未来志向「俺には夢がある!」的なノリ
・人を助ける・喜ばせる自分に酔い痴れる

〈受けのナルシスト〉
・「自分は可哀想!」と思っている
・自分の欠点を直さないまま肯定しようとする
・都合の悪いことからは目をそらす、忘れる
・ツラいことに直面した自分の大変さ、悲劇に浸る
・自分に自信がなく自虐的、傷つきやすさをウリにする
・新しいことに興味は示さず、「変わらないこと」を重視する
・懐古的で負荷を避ける「昔はよかった。今は変わっちまった」的なノリ
・人に理解してもらえない・助けてもらえない自分に酔い痴れる

旦那さんは、〈受けのナルシスト〉ですが、もしも自分から『健康になろう』とか『痩せよう』と思うような動機が出来れば、取り組むでしょうね。
 残酷な話ですが、職場に好きな女の子がいて、その子にモテるために痩せるとかタバコをやめるというのならば、やれるかもしれません。
 別に付き合うとか、不倫するとかいうことまで望んでいなくても『褒めてもらいたい』くらいの動機で取り組む可能性はありますよ」
「それって、その子のことを愛しているってことじゃないですか。私のためには、やってくれないんですか」

「奥さん、だから何度も言うように、愛は関係ないんです。
 その子から褒められると気分が良くなる。嬉しい。快感。そういう自分が好きだから、やる気になるってだけです。深い気持ちはないんですよ。
 あと奥さんのためにやるってのは、ちょっと難しいかもしれませんね」
「なんで? なんでなんですか! そんなの、おかしい。ひどいじゃないですか。私は旦那のために〈やりたくないこと〉だってやってるのに、私が旦那の〈やりたいこと〉の動機にすらなれないなんて。ひどすぎます」
「そうですよね、そうですよね。ひどいですよね」
「これから先、旦那とどう進んでいけばいいのか……。自信がなくなってきました」

「うんうん。分かります。でも、そこに意識のズレがあるんです。
 旦那さんは奥さんと『進んでいく』って意識はないと思いますよ」
「なんで? どういうことですか」
「奥さんと出会った頃は、きっと奥さんと進んでいく感覚あったんだと思います。でも付き合ってからか、結婚してからか、『一緒に進んでいく』という感覚は、いつしかなくなってしまうものなんです」
「そんな……。それって私のこと愛してないってことじゃないですか」
「愛は関係ないんです。愛はまったく、本当に、完全に関係ないんですよ。
 奥さんにとって、旦那さんとの関係は『道』のようなものですよね。専業主婦の身からすれば、旦那さんの活躍や出世に人生がかかっているような感覚でしょう。
 奥さん側がよほどのキャリアウーマンでない限り、共働きの家庭でも、そういう気持ちの女性は多いんです」
「旦那が『家にいてくれ』と言うから、私、本当は働きたかったのに専業主婦になったんですよ」

「そうなんですね。きっと奥さんを自分の生活に定着させたかったんでしょう。
 ちなみに〈受けナル〉は、奥さんの行動を制限するか傾向があります。働かせない、新しいことを始めさせない、友達を否定する……など。
 ともあれ旦那さんにとって、というか男にとって、『生活に定着した女性』は、それが妻であれ、彼女であれ、セフレであれ、一緒に進んでいく(関係を進展させる)対象ではなくなるんです。
 いわば『道』ではなく、『場所』になるんです。
 一方で自分の仕事や人生は、自分の道として考えてはいます。
 しかし、女性との関係は生活に固定された瞬間、完結します。ゲームクリア状態になるんです」
「そんなの、すべての男性がそうだとは限りませんよね」
「そうですね。旦那さんの場合は、どうでしょう。奥さんが納得いくように解釈して良いと思います」
「……旦那にとって、私はもう愛する対象じゃないんでしょうか」
「ちゃんと愛されているじゃないですか。ただ、それが奥さんとは違う価値観だというだけですよ」

「私はどうすればいいんでしょうか」
「奥さんは、どうなりたいんですか?」
「私は、愛されたいんです」
「愛されていますよ」
「私は、私が愛されたいように、愛されたいんです」
「なるほど。そうでないと『愛されてる』と感じられないんですね」
「そうみたいです」
「旦那さんには、それが難しいかもしれない。愛情はあるし悪気はないけど、出来ないかもしれない。その場合、どうします?」
「どうしよう。離婚はしたくないし」
「奥さんは旦那さんを愛しているんですね」
「というよりも、別れたら生活していけませんよ。ずっと仕事もしていないんだし。愛しているとかより、選択肢がないんですよ」

「もしかしたら、これからまだ良い出会いがあるかもしれませんよ」
「無理ですよ。もっと若かったらあるかもしれないけど、もうこんな歳だし、肥っちゃったし」
「なるほど。本人がそう思うなら、難しいですよね」
「だから旦那が私を愛してくれたらいいんですよ」
「でも奥さんが愛されたいように愛するには、痩せなきゃいけないし、タバコもやめなきゃいけない。疲れていても、話を聞かなきゃいけないんですよね。
 そうだ。奥さんも一緒に痩せたらどうですか?」
「え? まあ、別にいいですけど。私は旦那ほど肥っていないし、タバコもすわないし。そこまで必要を感じないんですよね」
「でも若いころより肥ったとは思っているわけだから……旦那さんだって、奥さんが痩せて可愛くなった方が、話していても楽しいんじゃないですか」
「それって条件付きの愛じゃないですか。愛って無条件なものでしょう。私が肥ったのは、年齢とともに自然と丸くなったのであって、脂物や甘いものをドカ食いして肥った旦那とは違いますよ」

「奥さんも旦那さんの愛に条件をつけていませんか」
「こんなの条件じゃありませんよ。旦那の自業自得じゃないですか」
「でも、奥さんもそういう旦那さんを選んだのは自業自得と思って、お互いに歩み寄るしか……」
「なんで私の自業自得なんですか。だって『一生、守る』って約束して結婚したんですよ? こんなふうになるって分かってたら……」
「結婚しなかった?」
「うん、まあ、そうですね。ちょっと考えたでしょうね」
「そうですよね。『一生、守る』っていう条件で、結婚したんですもんね」
「そうですよ。愛は無条件でも、結婚には条件ありますよ。普通でしょ?」
「普通です。普通です。おっしゃるとおりです。
 でも離婚はしない。愛は感じられないとすると、どうしたらいいんでしょうね」
「だからナルシストの旦那に変わってもらわないと、どうしようもないですよ」

「男はほとんどがナルシスト気質です。だからナルシスト気質を直すことはできません。
 ただ〈受けナル〉はダメ男になりがちなのに較べて、〈攻めナル〉はシャープでスマートな男が多いんです。
 旦那さんが〈攻め〉タイプになれたら、いいですね。そうなれば、節制や脱タバコなど、前向きな行動も出てくる可能性が高まります。
 奥さん次第で、そちらへの転向はありえますよ」
「どうすればいいですか?」
「〈3ホールの法則〉を使います。『ほ○る』という3つの行動を、奥さんがとることです」
「やってみます。教えて下さい」
「まずもっとも重要にして基本になるのは〈惚れる〉です。旦那さんに恋することです」
「……う〜ん、いきなり難題ですね。冷えきっているとは言いませんが、もう、そんな雰囲気じゃないんですよ」

「恋愛感情は薄れてくるものですよね。
 でも、もし旦那さんが、浮気したらどう思いますか?」
「そんなの絶対に許しませんよ。殺すかもしれません」
「ですよね。ですよね。
 奥さん、恋愛感情はないけど嫉妬心だけはあるって、男にしたら地獄ですよ。浮気は許せないでしょうけど、恋愛感情も再燃させましょうよ。
 何もないのにいきなり〈惚れる〉っていうのは難しいですよね。無理すると、逆に嫌いになってしまうこともあります。
 だからまずは、感謝です。感謝できるポイントを見つけていくんです。感謝できるとしたら、どんな事柄がありますか?」
「まず働いてくれてる。たまに家事もしてくれます。うーん……それくらいかなあ」
「なるほど。奥さんが怒ったときに、旦那さんはどうしていますか?」
「目を閉じて固まってる、かなあ」
「それも感謝しましょう! 言い返さずに、じっと聞いてくれている。感謝、感謝です」
「私としてはちゃんと答えてほしいんですけど」

「それは次の段階です。〈攻めナル〉になってからです。
 今は、余計なことを言わないことに感謝です。その他、玄関で靴を揃えるとか、食べ物を残さないとか、洗濯物をちゃんとかごに入れるとか、お風呂にきちんと入るとか、何でもいいから、感謝するんです」
「それ、必要ですか? いちいち言うと、不自然じゃないですか?」
「旦那さんの気分が良くなります。明るくなりますよ。
 言わなくてもいいんです。思っているだけで大丈夫。奥さんがいちいち口に出さなくても『あっ! ありがたいなぁ』と思っているだけで、家の中の雰囲気は良くなります。そうすると、旦那さんも明るくなってきます」
「そういうものですか。まぁ、やってみます」

「次は、〈褒める〉です。旦那さんのこと、褒めてますか?」
「考えてみたら、褒めてないかも」
「男はね、褒められるのが大好きなんです。特に何かやって、その結果を褒められるのが好きです。
 たとえば『いつも靴を揃えてくれるから玄関の掃除がやりやすい』とか『残さず食べてくれるから、洗い物のときに助かる』とか、そういうちょっとしたことでいいんです。行動に対して、それの効果を伝える、喜んで見せることが〈褒める〉なんです。
 あくまで良い効果だけですよ。『○○したから✕✕になっちゃったじゃない』みたいなマイナスの効果はいったん言わずにおいて、良い行動をピックアップしてください。
 どうしても言わなきゃ気がすまない場合は、良い効果を3つ挙げてから、改善点をひとつだけ伝えてください。たくさん伝えても絶対に改善しませんから。
 これには〈惚れる〉でやった、感謝ポイントの発見が役に立ちます。きちんと惚れていると、さらにレベルの高い〈褒め〉が出来るようになります」

「レベルの高い褒め方って、どんなのですか?」
「〈甘える〉ことです。なんでも自分でやらずに、旦那さんを気分良くさせながら頼れるようになるんです。
 旦那さんに頼んでも、『面倒くさがるし、すぐに動かないから自分でやったほうが早い』と思ってませんか?」
「思ってます」
「『ちょっとはアンタも動いてよ!』という態度では、男は動きません。『助けて〜』という態度なら動きます。男は、ええかっこしたいんです。
 〈受けナル〉の場合、助けを求めても動かない場合もありますが、それは期待に応える自信がないからです。ええかっこ出来そうにない場合は腰が引けますので、なるべく簡単なことから頼って、少しずつ自信をつけさせましょう」
「私が下に降りてあげないといけないんですね。もう、そこまでいくと子育てですよ。旦那のお母さんにやっておいてほしかったです」
「旦那さんのお母さんがどんな教育をされたか分かりませんが、これは奥さんと旦那さんの関係性においての問題です。
 家では、というか奥さんの前では〈受けナル〉だけど、外では〈攻めナル〉という場合もありますからね。
 奥さんが子育てではなく、旦那さんとの関係を育てるという気持ちで取り組むと良いと思いますよ」

「そっか。私が悪いんですね……」
「いやいや悪くないですよ。奥さんは頑張ってます。
『私が悪い』という言葉は、責任のありかを探すクセをつけてしまいます。しいて言えばこの言葉が悪いですね。
 このクセがついた人は、いっけん責任感が強そうに見えますが、自分の責任と思えなかった場合、どこかに責任を見つけなければ気が済みません。「○○のせいで〜」と、必ず悪者を見つけないと納得いかないようになってしまうのです。
 ただ『現状はこうなんだな』と考えてみてください。現状がこうだから、これをすれば、こうなる。それだけで良いんです。自分を責めなくて大丈夫なんです」
「私、もうそのクセついちゃってるかも……」

「大丈夫! クセがついていても、気付いた人は直すことができます。あまり自分を責めずに『現状は、こう思いがちなんだな』と心に留め置くだけで良いですよ。次からは『○○が悪い』と思ったときに気付けますから。
 そういう自分をラクにしてあげるためにも、三つ目の〈放る〉が役に立ちます。
 放置するんです。」
「私、けっこう放置してると思うんですけど」
「そうですね。頑張っておられると思います。
 この放置のポイントは、旦那さんが〈放置されてる〉と気付くレベルで放置することです」
「えっ? もう食事の用意や洗濯などもしなくていいってことですか」
「そういうことではなく、旦那さんが何かをやっているときに話しかけないということです」
「そんなこと言ったら会話する時間がなくなるじゃないですか」
「そうですね。一旦なくなると思います。でも、そのうち旦那さんは気付きますよ。『あれ? 会話してないな最近』と。そしたら自分から話しかけてきます。それを続けていくうちに、旦那さんから話しかけてくるループがはじまります。
 会話の起点を奥さんから旦那さんに切り換えるんです」
「かなり時間がかかりそうですね……」
「短くて数日、長くて100日かかります。どんな人でも100日続けば、変化に気付きますから」
「2週間くらいなら我慢できても、3か月以上は……」
「分かります。だから、奥さんは自分が熱中するものを見つけるんです。
 旦那さんの熱中しているものに奥さんも熱中できればいちばん良いんですけどね。自分が熱中しているものについての会話ならば、男性は喜んで対応しますから。
 それが難しそうであれば、コケを育てるでもプラモをつくるでも革細工をするでもいいので、熱中できる趣味を見つけると良いですよ」
「コケとかプラモとか革細工とか、なんか男っぽくないですか?」
「あ、バレました? そういう男が興味を持ちそうなことを奥さんがはじめて、もしも旦那さんがそれに熱中すれば、奥さんは師匠になるじゃないですか。
 男は、師匠の話は良く聞きますよ。旦那さんが乗って来なかったとしても、何かを育てたりつくったりという活動は心を癒やす効能がありますからお勧めです」
「私、ピアノが弾きたいな。若い頃は弾いていたんですけど、最近ぜんぜんピアノに触ってないから」
「奥さんが熱中できるなら、大賛成です。良いと思います」
「そうか。やってみようかな。
 要するに旦那のことばかり気にしてないで、自分は何がしたいのかにフォーカスするってことですね。
 私、もともとそういうタイプだったのに、すっかり忘れてました」
「結婚するも、何をするにしてもパートナーの意向を聞かないといけませんからね。
 相手の意向を聞く意識って5:5であることは、ほぼありません。必ず7:3くらいです。その偏りは時間とともに大きくなって最後は9:1や10:0になるんです。
 奥さんが自分のことを忘れていたのは、思いやりがあるからです。これからは、その思いやりを少しずつ自分の方にも振り向けていきましょう」
「一度そっちに向かうと、逆に私が10:0で勝っちゃうかもしれませんね」
「勉強になります!」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?