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才能の見つけかた

小学生のとき、野球をやっていた。
始めたのは 5 年生で周りの同級生よりも遅い始まりだったが、たぶんちょっと才能があったのだろう。それなりにやってきた同級生よりもうまくなっていった。私よりもうまい同級生も勿論いたが、正直なところ『ああ、すぐに追い越すだろうな』と思っていた。(チームが弱いんじゃないの? と思った方。鋭いですね ! しかし私のチームは、当時その界隈のリトルでは相当強く試合で負けることはほとんどありませんでした。)
天狗になった半年後に衝撃を受けた。

1 学年下なのに、圧倒的に才能のある Boy が入部してきた。

チームの中には、将来プロ野球選手に本気でなりたいと思っている同級生が数人いて、才能もあり並々ならぬ努力もしていた。
しかし、そんな彼らが霞んで見えるほどの天才と邂逅してしまった。
たぶんこういう人間がプロ野球選手になるんだろう。
私は野球をやめた。
夢から覚めた瞬間である。

神童現る

野球をやめた私は、暇を持て余した。
やることがないので真面目に勉強をしていた。
いつだったか忘れたが、学校でテストが返却されたときのことだ。
確か 95 点だったと思う。
小学校の試験は簡単なので、ちょっと勉強すれば誰でも取れる点数だ。
そのテスト結構難しかったので、私が最高得点者だと思っていた。
しかし、100 点の児童がいたのだ。
名前は 田中(仮称) とする。
そのときは自分と同じくらいできるやつがいるもんだと、めでたい考えでいたが、テストの度にその田中君は 100 点しか取らないのである。
学校のテストは上限が 100 点だから、自分も 100 点をとれば名目上同等みたいな感じになる。私はその田中君に勝ちたかったので、そこそこ頑張って 100 点をとり続けた。
すると自分はなんだか勉強ができる気になってくるではないか 。
あるとき田中君から「僕の塾が主催の模試があるから受けてみれば?」と嘲笑しながら言われたことがある。
模試という発想は地方の勉強をしていない小学生にはない。
私は意気揚々と模試を受けた。
当時世界一頭がいいと思い込んでいた頭の悪い小学生である私は、試験中に心臓が押しつぶされる感覚に初めて襲われた。
算数の問題がほとんど解けないのだ。
四則演算ですら難しいと感じた。

試験が終わってからず〜っと頭が真っ白で、帰路の途中何回も立ち止まってしまった。
後で判明した話だが、田中君はその塾で 1 番成績が良い児童だった。
ああ、神童ってこういうやつのことをいうんだ。
そのとき生まれて初めて凡人だと自覚し、絶望した記憶がある。

取捨選択

野球はやめたが、勉強はやめなかった。
単純に悔しかったのと、スポーツで一流になるよりも勉強を続ける方が可能性があると考えたからだ。

中学三年間はそこそこ勉強はした方だが、それでも田中君と私の間にある偏差値という溝は一向に埋まらなかった。
彼は関西で名門の私立に進学した。
私は志望校に落ちて、あまりパッとしない私立に進学した。(当時経済的に厳しかったにもかかわらず、入学金と授業料を工面してくれた、母に感謝してます。)

5 年後の彼らと私

小学生の時に出会った天才がプロ野球選手になることはなかった。
かつての神童が東大や京大に入学することはなく、私が入学した大学と大差ない学校に入学していた。
野球を続けた同級生は特待で高校に入学したが、先輩の扱きがきつくて中退し、地元に帰ってきた。

ありふれた話である。

しかし、実際にこの話を聞いたときに 才能ってなんだろうか ? と思わずにはいられなかった。
自分の物差しで申し訳ないが、彼らは紛れもなく才能がある側の人間だ。

しかし、現実はそうじゃないらしい。
もちろん、能力があることは疑う余地もない。
親の遺伝が運動能力や IQ を左右するのは当然であるし、それなりの環境も用意されていたはずだ。
しかし、ある分野の一流になるのに果たして能力が高いことが Must なのか? と問われると、そうではないと思っている。

本質はそこではなく、やめないで続けること。

びっくりするくらいシンプルだった。
天才や神童は他人よりも、到達速度が異常に早い。
しかし、やめてしまったらそこまでである。
早くしてやめてしまうと、その領域はいずれ凡人でも到達できてしまう。
天才が天才たり得る所以は、天賦の才を持ってしても満足せず、高みを目指し続けるからこそ天才なのだろう。

才能ってなんだろう?
今やっていることを続けることができる能力
私が見つけた答えである。

最後まで読んでいただきありがとうございます。
最近天才に遭遇することが多いので書きました。

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