享楽のアル中ドン・ジョヴァンニ・ウォッカが止まらないプラハの色男~LOLOのチェコ編⑲
憧れのエステート劇場でモーツアルトの「ドン・ジョヴァンニ」のチケットを購入した時、流石に感動でちょっと手が震えました。まさか世界初上演された劇場(*他国の劇場だった説もあり)で、このオペラを直に見れるなんて。
ノートではずっとエジプトの思い出ばかり書いていたので奇妙に聞こえますが、私はオペラやクラシックにはまあまあ慣れ親しんだ家庭環境育ちでして、だからプラハでは気軽に足を運べる教会のミニコンサートや劇場が沢山あってワクワクしました。
それはさておき、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」は1700年代後半に完成したエステート劇場にて世界で初めて上演されたと言われており、この劇場は1985年の映画「アマデウス」の撮影舞台にもなっています。
相当のロケーション費用を支払ったとはいえ、「アマデウス」は今思えば、よくまあ共産時代のプラハでロケが敢行できたものです。
ところで、ドン・ジョヴァンニはおよそ2000人の女性と関係を持ったという、スペインの女たらしの貴族ドン・ファンをモデルにした主人公ですが、プラハでまさにそのドン・ジョヴァンニことドン・ファン気取りの男性に出逢いました。
チェコスロバキア時代に情報省高官であり、大使でもあった人物の息子で、最愛だったはずの妻に逃げられたミロシュ氏(仮名)です。
第1幕 目覚めはウォッカの酒で
「日本人がサッカーをするなんておかしい。日本人にサッカーの面白さが分かるとは思えないし、クラシック音楽やオペラだって日本人に分かりっこない」
1998年の6月。
FIFAワールドカップがフランスで開催され、日本が初出場し話題になっていました。
私はこの報道にはえらくびっくりしました。というのは、チェコ来る前3ヶ月ほど東京に戻っていたのですが、夜の六本木に繰り出すとサッカー選手達が相変わらず派手に遊んでおり、ああ変わらない。
「本業は大丈夫なのかな?」
と大きなお世話を心配したくらいでした。
前々から野球選手の遊び方も大概でしたが、サッカー選手はもっと度を越しており、サッカー選手のうちジェントルマンはラ◯ス一人しかいない、と噂にもなっていました。
まあ有名俳優やモデルが堂々と男同士でキスしていても、一切メディアに漏れなかった夜の六本木時代です。
とにかくサッカー選手達の派手な遊び方は有名で、それなのに日本のサッカーチームはワールドカップに出場できるレベルになっていたんだ、と本当に驚きました。
このFIFAワールドカップ開催の少し前に、私はチェコ人元大使夫婦のプラハにあるご自宅の夕食に招かれ、その際に夫妻の別荘への招待を受けました。
コテージの別荘があった地名はもう覚えていませんが、川のそばの森の中にありました。ジェイソンが出て来たら、一巻の終わりのような人里離れた場所です。
別荘の居間にはテレビがあり、この時ちょうど日本とクロアチアの試合の生中継が映っていましたが、まず私が驚いたのはチェコのテレビが試合放映権を獲得しているという事実でした。
エジプトや、私がちょっと住んだシリアではあり得ないことでした。放映権料を払えないからです。
だからオリンピックも自国の選手が出場していても、地上波で放映無し。その代わり、数年前のオリンピックの映像は流していました。
「そうか、チェコは放映権料を払えるのか。意外だったなあ、凄い」
日本のチームが初出場とあり、日本から応援ツアーが大勢パリに飛んで来ました。
やはりといおうか、長年パリに支店を持つJTBが圧倒的に、一番多くの試合観戦チケットを押さえることができました。ヨーロッパに支店がなかった新規格安券の旅行会社は、この時は試合観戦チケット獲得においてJTBに惨敗だったはずです。
また、それでもせっかくパリまでやって来たものの案の定、試合観戦チケットが買えなかったという日本人も多くおり、そのためパリのダフ屋がずいぶん儲かったというのも、話題になっていました。
それとジプシーです。パリがお金のある日本人だらけで溢れたということで、ヨーロッパ中のジプシー、すなわちスリや窃盗団もパリに集結したという噂もチェコにも届いていたほどでした。
おかげで
「この夏はプラハの街中では、例年ほどジプシーを見かけない。安心だ」
と会社のチェコ人たちは喜んでいました。
大使の孫であり、長男ミロシュ氏の息子である大学生のルドルフ(仮名)も私と一緒に中継を見ていました。根暗な青年で、いつも中国語辞書を持ち歩く真面目君です。
だから、そのルドルフもサッカーに興味があるのは意外でしたが、日本とクロアチアの対戦を私と共に見ているわけで、口に出さなくても日本の応援をしてくれているんだろうな、と私は思いました。
とはいえ、お互い無言です。会話がない。
そもそも彼は二十歳になろうというのに、私に限らず誰とも目を合わせて会話ができませんでした。ひょろっとして猫背で分厚い眼鏡をかけ、いつだって俯いて中国語の何かを読んでいます。
携帯電話を持っていましたが、誰からもかかってきておらず、間違いなく友だちもガールフレンドもいなかったはずです。
一番の問題は、情報省高官で中国語と日本語も操った元大使の祖父を非常に尊敬し、鼻高々でありすぎたことです。気持ちは分かりますが、あまりそれをひけらかすと、嫌がられます。
テレビの画面には日本人選手達が映りました。六本木のクラブで女の子をナンパしまくっていた某選手です。
「でもさすがこうして見ると、顔つきも違うなあ。チャラい感じだったけど、実は練習していたんだ」
私が何だか感動していると、そばにいるルドルフが英語でボソッと呟きました。
「日本人がサッカー?ちゃんちゃらおかしい」
驚いた私は思わず聞き返しました。するとです。
「日本人がサッカーだなんておかしい。クラシックやオペラ、もっといえばジャズだってさあ、日本人に理解できるわけがない」
清々しいほどの偏見です。
「いやいや、予選で負けて本大会に出れなかったチェコのあなたに、そんなことを言われる筋合いはない。
それに、チェコが共産時代に時間が止まっていた間に、日本では世界で活躍するスポーツ選手や音楽家が大勢輩出しているんだ」
私は言い返しました。するとルドルフは顔を真っ赤にして怒りました。二人とももはや試合観戦そっちのけです。
「とにかく、あなたのおじいさんは大使として日本にいたし、あなたのお父さんは日本語通訳の仕事で稼いだお金で、あなたたち子供を食べさせ育てた。
それにあなたのお母さんは日本語観光ガイドでしょ?であなた自身も何度も日本旅行しているんでしょ?それなのに日本に対するその偏見(prejudice)発言はおかしい」
私が鼻息荒く、きっぱりそう言い放つとです。
「偏見(prejudice)? 偏見ってなんだ?」
心底不思議そうに尋ねてきました。
「えっ?」
最初はとぼけているんだと思いましたが、本当にこの国では「偏見」「差別」の意味を理解していない人間があまりにも多かった。 共産時代、家庭でも学校でも一切それらを学んでいたかったせいだと思います。
ルドルフの場合は中国語を専攻しているので、なおさら日本の歴史の短さや漢字の少なさを馬鹿にしてきます。
頭にきた私は中国漢字はきっと日本漢字とは違うだろうけれども、テーブルの上にあったメモを手に取り、漢字の「偏見」「差別」の漢字をさっさと力強く書き、彼に突きつけました。
「英語での意味が分からないなら、漢字でこれらの意味を調べてみてよ。
それにね、漢字の数が少ないだとか歴史が浅いだの言うなら、チェコ語の文字数なんて大したことがないし、ついこの間までチェコスロバキアで、その前はオーストリアハンガリー帝国だったじゃないの、ハンッ」
年下の根暗大学生相手にムキになる必要はなかったのですが、外国で外国人に祖国をバカにされると、日頃愛国心が大してないくせに、何故か無性に悔しくなります。
第一、一緒に日本を応援しようというので、日本対クロアチアの試合を私と見ようというんじゃなかったの?普通はそうだと思います。ましてや、これだけ日本に縁がある若者がここまでけなしてくるなんて酷い。
でも、そのルドルフの方も顔を紅潮させ、怒りの反撃。
二人でやいやい言い合っていると、父親のミロシュ氏が昼寝から起きてきました。何か不穏な空気を感じ取ったのでしょう。ちなみに元大使夫妻は二階のバルコニーで日光浴をしていました。
氏は息子をなだめました。そして、ウォッカをどぼどぼグラスに注ぎ、それを飲みながら、あえて私が理解できるようにチェコ語ではなく、英語で息子に説教をしました。
ウォッカというのは、氏は毎朝または昼寝から目覚めると、「しゃんとするために」ウォッカを必ず飲む習慣があったからです。
そして息子を諭すといっても、その内容は
「ルドルフよ。アジアの女達は金髪と青い目のヨーロッパ男に憧れているのだから、夢を壊すような言動は控えてやりなさい。
何を揉めていたのか知らないけれど、ここはお前が男として、金髪青い目西洋男として紳士になりなさい。」
私は我が耳を疑いました。
何言っているの?
しかしルドルフはなんと、真面目な顔で頷きました。唖然です。反論しようかとも思いましたが、あまりにも馬鹿馬鹿しい。そのままぷいっと、その場を去ろうとしました。
ところがミロシュ氏が
「あ、ちょっと待ってください。今回僕がこの別荘に来たのはローローさんに会うためです」
「なんでですか?」
「仕事を手伝ってもらいたいくてね」
「仕事?」
「この前の夕食会で話したとおり、僕は通訳翻訳の会社を経営しています。
英語と日本語の仕事は社長である自分でこなしているのですが、日本語の読み書きだけはどうしても苦手なんです。それでちょっとあなたにそれをお願いしたくてね。もちろん、アルバイト代は払いますよ」
「うーん、私自身は構いませんが、だけどもいいのでしょうか?私は既に〇〇会社の社員で、その会社にグリーンカードや労働ヴィザ、保険証も発行してもらっているのに、他でアルバイトはまずいんじゃないでしょうか?」
「ああ、それは大丈夫です。ローローさんの勤める〇〇会社の社長は僕の旧知の知り合いなので、話をつけておきます。本業の合間にちょこっとだけなら問題ないでしょう」
その時でした。
ルドルフが大きな歓声を上げ立ち上がり、私に振り向いてきました。
「クロアチアが勝ったぞ、日本が負けた!ヒューヒュー!」
白けた私は何も言わず無視し、ミロシュ氏に
「とりあえず一度、あなたの会社を見学させてもらえませんか?」
ミロシュ氏は
「では早速プラハに戻り次第、僕の会社に来てください」
ルドルフはまだ
「クロアチアが勝った、クロアチアが勝った」
と騒いでいます。それを見て、父親ミロシュ氏はため息をつきました。
「✻俺が二十歳の頃は既に妻子を持っていて、ああ大人だった、こいつとは全然違った」
と、またウォッカをグラスに注ぎ、ぐいっと飲みました。
(✻ミロシュ氏は「僕」「俺」「私」を上手く使い分けていました。)
第2幕 セクシー過ぎる朝のお天気コーナー
ところで、チェコで暮らし始めて何に一番驚いたかといえば、「朝のニュース番組のお天気コーナー」です。
朝、目が覚めます。テレビをつけます。真空管テレビなので、電源を入れてから映像が浮かび上がってくるまで10分から15分、時間がかかります。
やっと映像が出てきたなと思うと、平日の朝っぱらからアメリカの映画やドラマが放送されていましたが、もちろんニュース番組を流している局もありました。
MCがてきぱきと様々なニュースを紹介し、どこか現場から中継が入ったり、スタジオ討論もあるという至って普通のニュース番組です。
新聞記事をひたすら音読しているだけのシリアやエジプトのくそつまらないニュース番組に比べて華があります。
ところがです。衝撃なのは「お天気コーナー」でした。
以前にもどこかの記事で書いた記憶があるのですが再び書きますと、美人なチェコ人の気象予報士が全国の今日の天気を解説します。
すると最後にその美人の気象予報士が突然衣服を脱ぎだすのです。本当に全国放送のテレビカメラの前で、服を脱ぎ出すのです。時にはノーブラの上半身や、面積がほとんどない紐パンツ姿も披露されます。唖然です。
脱いで着替えて、最後にレインコートを着て傘を持ったら
「今日は雨です」
最後にミニスカートと半袖になったら
「今日は過ごしやすい快晴です」
昔、アテネに数カ月住んだ時も、平日の朝っぱらから若い美女たちによる「負けるが勝ちよ、じゃんけんぽん」とじゃんけん選手権を放送していました。
じゃんけんで負けると本当にぽんぽん脱いでいくのです。驚きましたが、多少理解はできました。なぜならギリシャがエロスの文明国というのは知っていたので「まあ、ありうるかな」と。
しかしです。私はチェコ人にエロスのイメージが全くなかった。むしろ笑うことのないお堅い人々という印象だけでした。
それなのに、女性気象予報士らの裸が登場する。そもそも、平日朝に放送されるニュース番組です。ちなみに脱ぐ、いや着替える女性気象予報士は日替わりでした。
このセクシー過ぎる天気予報はものすごく有名で、チェコ人の間で賛否が分かれていました。だけども視聴率はめちゃくちゃ良かったとのことで…。
国が民主化されまだ十年たつかたたないかの頃だったので、チェコの民放局は視聴率を取るためには何でもあり、という時代だったのかもしれません。
また、民主国では何でも放送ありと勘違いしていたのかもしれません。
だからなのか、チェコの地上波番組は全体的に性に緩く、特に金曜日の夜遅時間になると、SM番組が放映されていました。
番組タイトルもすばり「SMなんとか」「エロティックなんとか」などで、男女の全裸姿が映り、かなり過激で大胆で露骨な性交渉場面も映っていました。繰り返すと地上波の普通のチャンネルです。
第3幕 乱れた関係
卑猥な天気コーナーに見慣れてきた頃、自分の勤める会社の人間関係の実態を知り始め、心底面食らいました。
「えっ?スタッフのA子さんはマネージャーのBともCとも関係していて、後輩のDとEとも?でBとCは男同士だけども、彼らもそういう関係で、BはE子とF子とも?」
ようは職場で社員同士の多くが関係を持っていたわけですが、ぶったまげ言葉を失いました。
「でもきっとこの会社だけに違いない」
しかしチェコに私より長く住む日本人やチェコ語学校の外国人たちにそのことを話すと、誰一人驚くことはなく
「ああ、チェコ人はそういうもの」
…。
さて、チェコの田舎の別荘でFIFAワールドカップを観戦をした翌週、早速私はミロシュ氏が経営する翻訳通訳および撮影コーディネート会社に足を運びました。
ミロシュ氏の日本語はとにかく完璧でしたが、それなのに氏は日本語の読み書きがまるでできませんでした。
日本の高校を出たと言っていましたが、恐らく特別待遇だったのでしょう。昔だし、大物大使の息子だし。
氏の会社は小さな規模でしたが、若い人が大半で全員感じが良く、さすが外国語を何かしら話し、外国人と接する仕事をしているだけあって普通のチェコ人よりも視野が開けている人々でした。
あとやはり世代です。1989年のビロード革命以降の教育を受けた新世代は、それ以前の世代とはがらりと違いました。
余談ですが私の両親は年の差が離れており、父親は戦前の教育で母親は戦後の教育を受けています。なので全然考え方が異なっており、それと通じるものがチェコのビロード革命前後の教育の違いにもあったように思います。
その後すぐに、私はミロシュ氏の会社でのアルバイトをやり始めました。
内容は大したことがなく、日本語のファックスや書類をそのまま日本語で読み上げて、またはミロシュ氏が話す日本語をそのまま日本語でワープロ打ちをするだけ。
それなのに、仕事の内容そのものは大きいものばかりだったので、おお!と驚き面白かった上、氏が通訳として出向く外交の場にも連れて行ってもらうようになり、大物政治家らやチェコ人スターを身近で見ることができました。
氏は英語通訳もしていたのですが、とても有名な国際◯◯会議の時は、私も通訳ブースに入れて貰え、間近で各国の第一線の同時通訳者等の仕事を見学させてもらえました。
ミロシュ氏は私に
「アラビア語や英語のプロ通訳になりなさい、そのための訓練をしてあげよう」
と言ってくれていました。
でも、ふと
「でも通訳の仕事には未来がないからなあ。近い将来、全部コンピューターに取られる仕事だからねえ」
それを聞いて私は呆れました。
「ミロシュさん、SF小説の読みす過ぎですよ、あり得ない」
しかしその後、ネットの外国語は自動翻訳が一瞬で翻訳し(ニュアンスの間違いなど、まだまだですが)AIが登場したことはいうまでもありません。
第4幕 プラハのドン・ジョヴァンニ
それはそうと、いつものように日本語の文字おこしをしていた時、
「今まではこういったことはどうしていたのですか?」
と私は何気に疑問を抱きました。
「日本人の〇〇子さんに頼んでいました」
〇〇子さんとは、プラハに長く住む日本人女性です。
「じゃあなぜその〇〇子さんにまたお願いしないのですか?なぜ私に?」
「〇〇子さんは僕の三号さんだったのですが、そろそろ二号に格上げしてほしいと言い出し、揉めて喧嘩したからです」
「えっ?」
この私の「えっ?」には二重の驚きがありました。まずは◯◯子さんは色恋沙汰に無縁そうな地味な女性に見えていたこと。しかもご主人がおられます。
もう一つの驚きはミロシュ氏はご両親の家での夕食会の時も、別荘でもウォッカをガブガブ飲んでおり、朝会社に出勤する時でさえも、ウォッカを飲みながら車を運転するアル中だったからです。
重要な会議、大物政治家の通訳をする時も直前にはいつだって、ウォッカをぐいっと飲み干しており、きっと実は気が小さいとかだったのかもしれません。
とにかく重度のアル中男です。それなのに化粧っ気も飾りっ気もない、真面目そうな人妻◯◯子さんと付き合っていた!?
さらにミロシュ氏はさらりと爆弾発言を言い放ちました。
氏は18歳の時に同じ年齢のガールフレンド、つまり現在離婚で揉めている奥さんと結婚したのですが、
「女房はバージンだったので、これはいずれ反動が来ると思い、結婚した数か月後に女房に僕の男友だちを紹介し、ベッドインさせました」
「はっ?どういうことですか?」
「女房にしたら初恋の僕と結婚したわけで、恋愛経験が不十分なまま、人妻になったわけです。こういう女性は必ず”弾けて”しまいます。よっていろいろ夫の僕以外とも経験を持たせておかないと、危険。
火遊びとと真剣な男女関係は別物だと教えておかないと、だめだと考えたからです」
「意味が分かりませんが、とにかくまだ新婚だったのに、妻に自分の友人と浮気するようにけしかけたのですね」
「はい、そうです。ところがです。たった一回だけの関係だったはずが、その後も女房と僕の友人は不倫関係を続けたのです。
頭にきましたが、奴にも女房がいたし、ま、そうだな逆に不倫相手が奴で良かったかもと、僕は目をつぶりました」
「そういうあなたは奥さん一筋だったのですか?」
「いいえ、結婚後523人の女性と関係を持ちました」
「はっ?」
私は思わず指で5,2,3とジェスチャーしちゃいました。ミロシュ氏はそれを見て得意げに頷きました。そうだ、5,2,3だと。
「こういう仕事をしているので、日本人の女優〇〇、ニュースキャスターの☆☆さんともねんごろになりました。
☆☆さんは仕事でプラハに来たのですが、帰国後も毎日のように国際電話と国際郵便をくれ、何度も有休を使い僕に会いに一人でこの国まで飛んで来ました。
だけども僕は女房とは絶対離婚するつもりがなかったので、結局☆☆さんは諦め、日本人の男性と結婚しました」
ちなみにミロシュ氏はその有名日本人女性たちの名前を私には言いませんでした。私が一切聞かなかったのもあるのですが、有名人の日本人の女性たちの名前を伏せたというのが、そこは氏も最低ぎりぎりジェントルマンだったのかもしれません。
ちなみに、彼はこの女性遍歴話を自分の会社の社員たちがいるオフィスでしていました。日本語を分かる社員が皆無だったので問題がなかったのでしょうが、
だけども堂々と
「あそこに座っているスタッフの女の子とも一度そういう関係になり、向こうのスタッフの子とは1年関係が続いて、あっちの女の子とは四回やっちゃって…」
そう、会社の女性ほとんど全員に手を付けていたのです。
私がぽかんとしていると、いかにも頭が良さそうな若い女性が入って来ました。若い時のジョディ・フォスターに似ています。
「僕のビジネスパートナー、この会社のもう一人の経営者です」
びっくりしました。まだ24歳だといいます。
「ジョディはスキップしてアメリカのアイビーリーグの〇〇大学を卒業し、博士号も取っています。
会社をおこしたいので資金と人脈、そのノウハウを提供してほしいと頼まれ、協力してもいいけれどもその代わり僕のカノジョになれ、と言ったらオッケーしてもらい、ジョディとは半年続いて、今でもたまにそういう関係です」
「ジョディは独身なのですか?」
「ええ、だけど恋人はいますよ。でも私とも時々関係を持ってくれます。本当に頭がいい女性なので、いちゃいちゃする時にも頭を使い工夫して、独創的で面白いんですよ。そうだ、今度ローローさんも参加しますか?三人でどうですか?」
「いいえ、全くお断りしますが、じゃあこの共同経営者の24歳のジョディさんがミロシュさんの二号さんなのですか?」
「いいえ、二号さんは市役所の窓口の女性です。近いうちに紹介しましょう」
「いえ、別に結構です」
「遠慮しないでください、ローローさんは僕の娘、妹みたいなものですから。あ、今は三号さんの地位が空いているので、新しい三号さんになりたいならいつでも言ってください」
「三号にも鉄人二十八号にも五十五号にもなりません」
するとミロシュ氏は大声で笑い
「市役所の窓口で口説いた二号さんとは、ずるずるもう八年です」
「じゃあ、今の奥さんとは離婚を成立させて、その二号さんと再婚すればいいじゃないですか」
「そういうわけにはいきません。二号さんは可愛いけれど、なんて言おうか女房ほど美人でもないし、頭も良くないし育ちも平凡で、妻にはしたくありません。それに、彼女は既婚者です」
「え?人妻?」
「二号さんの亭主はね、甲斐性なしの駄目オヤジ(本当にこう言いました)なんですよ」
そう言って馬鹿にするあなたも妻に逃げられたアル中じゃないか、と思いましたが
「二号さんのご主人は無職なんですか?」
「いいえ、大工なんです。だから稼ぎが悪いので、二号さんもうんざりしているんです。
毎朝僕が二号さんを迎えに行き、車で彼女の職場の市役所まで送ってあげているんです。
夕方も僕が車で迎えに行って、我が家でいちゃいちゃしてから、車で自宅まで送り届けています」
「なぜ二号さんのご主人が送迎をしないのですか?」
「車を持っていないからです」
「ではなぜ二号さんは公共の乗り物を使わないのですか?ミロシュさんの奥さんが家を出る以前から、彼女はあなたに送迎をさせていたんですよね?」
「そうです。でももちろん、女房が家を出る前まではさすがに自宅に連れ込んでいませんよ」
「当たり前です」
「その代わりこの会社に連れ込んでいました」
「えっ?」
「僕の社長室にベッドを入れているんです。あ、ローローさんもそこで休んでいきますか?」
「いいえ、結構です。しかし会社でそんなことをしていたら、流石に問題になったのでは?」
「そうなんですよ、会社のある女性が女房に密告電話しやがったんですよ。おかげで大変でした」
「ミロシュさん、でもあなたは奥さんが大事だ、離婚したくない。だから意地でも離婚にサインしないと言っていますよね?だったら二号さんとも別れるべきだし、浮気も全部やめるべきです」
「それは無理ですね」
「なぜ?」
「止められない性(さが)だからです。一日でもそういうことをしないと、無理なんです」
「…」
「ローローさん、そんな冷たい眼差しは止めてくださいよ。仕方ありません。
とにかく僕は女房と別れたくない、戻って来てもらいたい。女房が今変な男と同棲しているが、それも許せない」
同じ広い部屋にいる社員達はせっせと仕事をしています。ずっとワープロ入力の音や電話通話の色々な言語が飛び交っています。しかし社長のミロシュ氏は彼らが誰も日本語をわからないのをいいことに、延々としもネタ話です。
「かといって、僕は女遊びもやめられないし、二号さんとも付き合いが長く情があるので、今更捨てられない」
「つまり自分の方は何も変える気がないけれど、奥さんには同棲中のボーイフレンドと別れてもらって自分の元に戻って欲しいと?」
「もちろんです。オペラのドンジョヴァンニは一千人の女性と関係を持ったでしょ、僕もそれを目指しています。そうだな一年半後のミレニアムの年の2000年には一千人を突破できていればいいなあ。
でも、まだ523人ポッキリの女性達としか関係していないでしょ、千人を目ざすなら、あと477人かあ。
となると今から毎日毎日、新しい女性をナンパしてその日のうちの落とさないとなあ、ハハハ」
繰り返しますが、ここは会社です。目の前の若い社員二人がドイツ語翻訳のあれこれをディスカッションしている中、ミロシュ氏はポケットに入れていた携帯ボトルのウォッカをぐいっと飲み、げっぷの音を立てました。
つづく
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