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20090430 天人五衰

 伊勢の能$${^{*1}}$$での演目は「羽衣$${^{*2}}$$」だった。天女伝説を能にしたもので、作者は世阿弥$${^{*3}}$$と伝えられている。

 物語の舞台は三保の松原$${^{*4}}$$である。春の朝に白龍(はくりょう)という名の漁夫が浜辺を歩いていると何もない空から花が降ってきて音楽が聞こえ、何とも言えない香りがする。これは只事ではないと思っていたら松の枝に衣が掛かっているのが見えた。近寄ってみるとこれまた色香が素晴らしくこの世の物とは思えない。家の宝にするために持って帰ろうとする。すると天女が出てきて「ねぇねぇ、それ、私のよ」と白龍を呼び止める。能の台詞は「のうのう。その衣はこなたのにて候」だが、天女の見た目は美しく若い女性なので、今風にすればこんな感じになるだろう。その衣は天人の羽衣なので人間にそぐわないから返してくれと言うと、白龍は天人の物なら国の宝にしなければならない、絶対に返せないと言い張る。

 羽衣を返してもらえない天女は天上世界に帰れなくなるとひどく嘆き悲しむ。その様子があまりにも哀れなので、白龍は衣を返そうとするが、その前に天人の舞楽を見せてくれと言い出す。天女は嬉しくなって、衣を返してくれるならいくらでも舞を見せられるが、衣がないと巧く舞えないのでまずは返してくれと頼む。すると白龍は「先に返せば、舞いを見せずに天に帰ってしまうのだろう」と疑う。それを聞いた天女は「そうやって疑うのは人間だからだわ。天人に偽りなんてないわ」と言い返す。白龍は「うわぁ恥ずかしい、言う事が立派だ」と言いながら衣を返す。

 衣を身に着けた天女は約束通り優雅な舞楽を披露する。月の世界や三保の松原を讃えながら舞う。やがて、天女は風に乗って三保の松原から浮島ヶ原$${^{*5}}$$へ、そして愛鷹山$${^{*6}}$$や富士の高嶺$${^{*7}}$$へと舞い上がり上空の霞みに紛れて消えてしまった。

 衣を返してもらえなかった天女の衰弱ぶりは相当なものである。「涙の露の玉鬘」という地謡$${^{*8}}$$の歌詞が出てくる。大粒の涙が髪飾りのようになって出ていると言う意味だろう。髪飾りの花$${^{*9}}$$もしおれている。そしてついに「天人の五衰」が現れてきた、と謡われる。五衰というのは天人が死ぬ時に現れる五つの身体的特徴のことである。まず天衣に垢が付き、頭の華鬘(けまん)$${^{*10}}$$がしぼみ、脇の下から汗が出て、身体に臭気を生じ、天人としての境遇が苦痛になるらしい。そんな様子を見て白龍は衣を返そうと思うのであった。

 若くて美しく見える天女の脇$${^{*11}}$$から汗が出て、体から臭気が生じてくると言うのは、現実的で何となく艶かしくてなかなか良い。

*1 20090428 伊勢神宮奉納能楽(3)
*2 能・演目事典:羽衣:PhotoStory
*3 世阿弥のことば
*4 三保の松原(静岡市)
*5 ハローナビしずおか 静岡県観光情報/浮島ヶ原自然公園
*6 愛鷹山
*7 富士山NET
*8 地謡(じうたい) | 演技と音楽 | 能の構造 | 能楽
*9 かざし 【〈挿頭〉】の意味 国語辞典 - goo辞書
*10 華鬘(けまん)
*11 20041118 恐怖の報酬

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