ベンダーからプロバイダーへ : "TAM 300兆円"の将来ビジョン
注目テーマは「ベンダーからプロバイダーへ」
Software as a Service から Service as a Software へ、という議論が盛り上がりをみせています。(注1)
「人間が使うデジタルツールを提供する(SaaS)」から「ソフトウェアが自律的に仕事を遂行する(Agentic AI)」へのシフトであり、スタートアップは補完的役割(ベンダー)から仕事の遂行者(プロバイダー)へと変貌するというストーリーです。
(既存のSaaSがEmbedded-AIになるという語り方もありますが、それも基本的には自律的な業務遂行機能を付加するという文脈だと思うので、ここではそういった見方も包含して"Service as a Software"と呼んでいることにします。)
Software as a Service 時代のコンパウンドスタートアップは、広範な業務実行をサポートするツール群を共通データ基盤で統合し、シームレスな連携を実現するというものでした。
これに対しService as a Software 時代のコンパウンドスタートアップは、カスタマーサービス、セールス/マーケティング、コンサルティング、BPOといった人的サービスから果てはハードウェアの運用までの全ての業務プロセスがソフトウェアによってシームレスに連携・制御されたサービスを提供するという世界観です。
すなわち、テック企業が既存のプロバイダーと比較して圧倒的に高い生産性(例えば売上成長率が10倍でコスト比率が1/10というスケール)を実現することで、ベンダーよりもプロバイダーになるほうがTAMが大きくなるという野心的なビジョンに繋がります。
そして、ベンダーとしてのTAMは国内ソフトウェア市場約5兆円なのに対し、プロバイダーとしてのTAMは国内の労働市場全体、約300兆円(注2)になるといえます。
(ちなみに現在の国内BPO市場だけでも約5兆円。これだけでもTAMは倍になります。)
スタートアップによるバーティカル・インテグレーション型M&Aはこのような変化を推し進めるための一つの戦略上の選択肢になるのではないか、というのが私の考えです。
今までにない挑戦だからこそ、魅力的なエクイティストーリーを描く必要がある
ソフトウェアにより人的サービスからハードウェアの運用まで広範に統合・一体化されたサービスを提供するスタートアップを構築するためには(そしてそのためにバーティカル・インテグレーション型M&Aを活用するとしたら)、大規模な資金調達が必要となるでしょう。
ロールアップ戦略のお手本ともいうべきGENDA社のキャピタルアロケーションは「M&Aに6割、CAPEXに4割」となっており、M&A後も事業の維持・強化に一定の支出(CAPEX)を要しています。次世代コンパウンドスタートアップを構築するためには、これらの支出に加えてさらに巨額のR&D支出(ソフトウェア投資)が追加されることになります。
また、M&Aにはレバレッジ(Debt)を活用することもできますがR&D支出はエクイティ調達でまかなうしかなく、つまりはエグジットバリューがとてつもなく大きくなるような大胆なエクイティストーリーを描き、投資家を魅了する力が求められます。
今後日本のスタートアップシーンから評価額1兆円企業が生まれるとすれば、一つの類型はこのような企業ではないかと考えています。
(END)
注1:
Sequoia ”The Agentic Reasoning Era Begins” (Oct 2024):
“Thanks to agentic reasoning, the AI transition is service-as-a-software. Software companies turn labor into software. That means the addressable market is not the software market, but the services market measured in the trillions of dollars.“
(訳)「AIの自律的推論能力が進化したことで、今やソフトウェアが人的サービスを代替しつつあります。テック企業は労働をソフトウェアに置き換えることで、ターゲットとする市場を従来のソフトウェア市場から、数兆ドル規模のサービス市場へと広げています。」
注2:
日本のGDP600兆円×労働分配率50%=300兆円、また労働人口7,000万人×年収平均400万円=280兆円となるため、概ね年間300兆円が労働市場全体の規模と推定した。