起業時の市場選択をどう考えるか
(1) アントレナーシップを巡るファクトフルネス
スタートアップを創業する際、どのような顧客=市場に対してソリューション/サービスを提供すべきか?この最初の、その後の成否を左右するとても重要な選択について、よく聞くセオリーというものがあります。
「自分自身がとても困っている課題をテーマにせよ」
「競争の無い市場を選べ」
「大きな市場をターゲットとしなければ成功しない」
これらの根拠がどのようなものかといえば、たいていは10年、20年前の成功事例/失敗事例から例を引いています。例えば「Mark ZuckerbergがFacebookでやったことは・・」といったような。
現在、アントレプナーシップはかつての経営学のように研究対象とされ、サイエンスとして捉えられるようになってきました。他方、いまだ実践においては孔子/孟子の時代かのごとく「かつて◯◯の王(CEO)は、◯◯の状況に直面した際、◯◯という行動をとった」といった英雄物語が教訓として多く語り継がれています。
ここで以下のような疑問が浮かびます。
疑問:同じような選択をした会社が10社あったとしたら、他9社はどうだったのか?さらに100社だったらどうか?
スタートアップやVCに関するデータを収集することが極めて困難という背景もあり、歴史研究はできてもデータに基づいた分析と仮説構築は難しいのがこの業界特有の問題でした。
そんな中、2022年に日本語版が出版された「スーパーファウンダーズ 優れた起業家の条件」(アリ・タマセブ著)は、2005~2018年の間に評価額10億ドル以上に達した200社以上のスタートアップを詳細に調査し、さまざま切り口からその他のスタートアップと定量的な比較を行うという内容でとても興味深いものでした。
著者はUSのVCで研究職の方ではないので、前提の置き方や定義、データの信頼性など全面的に鵜呑みにできるものでもないと思いますが、手法としては「アントレナーシップに関するファクトフルネス」を目指すものといってよい、野心的な書籍ではないかと思います。
同書から特に「市場選択」に関する箇所からトピックスを抜き出して考察していきたいと思います。
(2) 既存市場の代替 vs 新たな市場の創出
既存市場の代替と新たな市場の創出、どちらを目指すスタートアップが成功するのか?
USのVCによる調査によれば、ユニコーン企業においては前者の割合が多いという結果になったそうです。
さて、既存市場 or 新市場という観点で私が考えたのは『まず「既存市場の代替」が起き、その後に「新たな市場の創出」が起きる』のではないか、という仮説です。
① 既存市場の代替
既存製品市場に対し新製品によりその支出の一部をリプレイスするアプローチです。
・PCインターネット → モバイルインターネット
・テレビ・雑誌 → SNS
・オンプレ → クラウド
・新卒採用 → 中途採用
・医療機関 → 在宅看護
など、既存市場においては「お財布(企業の予算や個人の家計支出)」が急激に増えることはないので、既に存在する既存製品の市場規模が充分に大きく、かつなんらかの外部環境の変化により新製品に対するニーズが急激に高まっている、ということが事業成立の条件となります。
② 新たな市場の創出
既存製品市場が新製品により代替されると、新製品のユーザーに向けたサービス市場という新たな市場が生まれます。(自動車が馬車を代替すると、ユーザーは馬車のメンテナンスサービスを使うことはなくなり、新たに自動車のメンテナンスサービスが必要になる。)
・モバイルインターネットユーザーに向けたコンテンツや広告。
・SNSユーザーに向けたコンテンツや広告。
・クラウド上で利用できるソフトウェアサービス。
・中途採用を実施する企業に向けた支援サービス。
・在宅看護拠点が簡単にオペレーションに利用できるようなソフトウェア。
これらのように新たなプレイヤーによる新たな需要が生まれるケースでは、既存のお財布はそもそも存在しません。よって既存製品と競合することなく自社サービスを導入していくことが可能です。
このように、上記①→②の順序で市場機会が生まれるとすれば、自社はどちらのアプローチで市場選択を考えるのかという切り口がありうるのではないかと考えています。
①のアプローチを取る場合、市場規模に関する仮説が重要になります。既存のお財布が充分に大きいのであれば、その領域に相応の売上規模の上場会社ないしそれに準じる強いプレイヤーが既に存在しているはずです。(存在しないのであれば、その領域で高い収益を上げることは難しい可能性があり、その要因を調査する必要があります。)
このケースにおいては、既存製品の顧客についてどの顧客セグメントから攻めていきリプレイスするのかという初手の戦略性も重要となります。
②のアプローチを取る場合、新たな市場であるためどの程度まで市場規模が拡大するのかを合理的に見積ることは難しいケースが多いと思います。このケースにおいては、黎明期でまだ市場が小さい段階で(今後市場拡大が持続することを前提に)積極的な先行投資を行い、圧倒的に高いシェアを獲得するという戦略を打ち立てる必要があります。
いずれのアプローチにしても「Why now/Why us」が重要ですが、①の方がよりWhy usが、②の方がよりWhy nowが重要になるのではないかと思います。
<補足:その他の変化>
上記①→②のケース以外でも、新しいお財布が生じる変化があると思います。例を挙げると以下のようなものです。
・法令等
インボイス制度導入に伴う電子システムの採用など、以前にはなかった新たなコストを支払う必要があるケース。既存市場に変化がなくても、強制的にコスト負担が増加するようなの機会。
・突発的事象
コロナ禍でのWFHのように、突発的な事象により行動様式が急変することで需要も変化するような機会。
・トレンド
食べ物、ファッション、コンテンツ消費など、嗜好の変化により生まれる機会。
(3) スペシャリスト vs ゼネラリスト
市場選択を考える際、創業者チームと市場の親和性=”Founder market fit”という視点がありますが、実際、事業関連の専門知識の有無と事業の成否はどの程度相関するのでしょうか?
USのVCによる調査によれば、ユニコーン企業創業者チームの多くは「創業前から事業に精通する専門家だったわけではない」という結果だったそうです。
さて、私もシード投資を検討する際にFounder market fitに関する視点があるのですが、ファウンダーが市場選択を考える上でも同じく応用できるのではと思い、以下にそれを書きます。
この場合は専門知識の有無という単純な話ではなく、もう少し複雑な思考ステップになります。まず検討対象となる事業について「事業が成立しないリスク」がどこにありそうかを考えます。視点は次の3つです。
① テクノロジー・リスク 技術的に実現できないリスク。例えば、研究段階で商用段階に入っていないか、入っていたとしてもまだ極めて供給能力が低く、売上もほとんど立っていない状態など。
② マーケット・リスク 顧客ニーズが存在しないリスク。例えば、特定の顧客が課題を抱えており、ソリューションを求めている可能性は高いものの、具体的なプロダクトやサービスにした際に本当に顧客がお金を払ってでも欲しがるかどうかわからない状態など。
③ エグゼキューション・リスク ビジネスプランが実際にはうまくワークしないリスク。例えば、要求されるオペレーションと経済合理性が成立しないケース(例:フードデリバリーで飲食店/ユーザー/ワーカーのマッチングを最適化するのが困難で、経済性が成り立たない)など。
例えば、 ・テクノロジー・リスク:高 ・マーケット・リスク:高 ・エグゼキューション・リスク:高 であれば成功確率が低すぎて投資適格と判断することはできません。
他方で、 ・テクノロジー・リスク:低 ・マーケット・リスク:低 ・エグゼキューション・リスク:低 であればその事業は既に強力なプレイヤーがいるか、参入障壁が低すぎて競争過多になっているはずで、これも投資適格ではありません。
リターンを出すためには必ずいずれかの項目でリスクを取ることになります。重要なのは、いずれかの項目でリスクを取りつつ、他の項目ではリスクを低減することで全体として適切なリスク量とすることです。
例1)研究開発型事業のケース
テクノロジー・リスク:高 - 研究段階でまだ商用段階に入っていない。
マーケット・リスク:中 - 商用段階に入れば確実に買い手がいる。長期契約を結べている。
エグゼキューション・リスク:低 - 研究者に加えて、専門知識を持った経営者がいるチームである。
マーケット・リスクとエグゼキューション・リスクは低減しつつ、テクノロジー・リスクはしっかり取りに行く(結果高いリターンを狙う)といった対応が考えられる。
例2)規制のない領域でtoCサービスを展開するケース
テクノロジー・リスク:低 - 汎用的な技術を使い、最適なUI/UXを実現できる。
マーケット・リスク:中 - 規制等により事業展開が阻害される恐れはないが、顧客ニーズがどこまで拡大するか合理的に見積もれない。
エグゼキューション・リスク:中 - 創業者チームは行動力があり優秀なもののFirst time founderで、サービス運営経験はない。
テクノロジー・リスクはゼロにした上でマーケット・リスクをある程度取って(=黎明期の小さな市場で)エグゼキューション勝負で戦う、といった対応が考えられる。
上記の例を見ていただくと、Founder market fitとは創業者チームにドメイン知識があるかないかといった単純な話ではないことがお分かりいただけると思います。 どういった市場特性に対してどのようにリスクを取り、またリスクを低減するのか。その上で、リスクを低減するポイントに対し適切な対応がなされているのかを考えることになります。
このように考えると、冒頭の「ユニコーン企業の多くは、創業者チームが特にドメイン知識を持たない会社だった」ということも納得がいくと思います。
(4) 課題解決型 vs 価値提案型
事業案を考える際、顧客の深いペインを見つけ出しそれを解決するという「課題解決型のアプローチ」と、ユーザーに新たな価値を提供する「価値提案型のアプローチ」とがあります。
USのユニコーン企業を対象とした下記の調査では、「痛み止め」=顧客の深いペインを解決するような事業が約70%、「ビタミン剤」=何かのやり方を改良し、価値、効率性、娯楽、喜びを顧客に提供するような事業が約30%を占めたそうです。 (以下、痛み止め=課題解決型/ビタミン剤=価値提案型と記述する。)
同書ではユニコーン企業の事業テーマ別割合も掲載されており、そこでは「生産性の向上」が約40%となっているため、これが課題解決型の多くを占めているのではないかと推察されます。 (他、「金銭の節約」約20%、「利便性」約13%、「娯楽」約10%、「健康」約10% など)
さて、私も日々さまざまな種類の事業を営む企業からお話を聞きますが、「どのような顧客課題を解いているのか」という視点で議論することが多いです。 課題解決型のアプローチの方が合理的な推論を積み上げやすく、仮説構築と検証を繰り返して顧客に対する適合度を上げていけそうという感覚が得やすいからではないかと思います。
他方で、この課題解決型アプローチだけでは価値提案型の事業をどう評価すべきなのか判然としません。よって課題解決型と価値提案型の両方を包含して検討できるような新たなアプローチを考える必要がある、というのが私自身の課題意識でした。
最近この視点で応用可能ではないかと思っているのが「ジョブ理論」です。 ジョブ理論は、「イノベーションのジレンマ」の著者であるクリステンセン氏が2016年に出版(日本語版は2017年出版)した同名の著作で提唱された理論です。 「通勤客は『退屈しのぎ』というジョブを片付けるためにミルクシェイクを雇っている」「ドリルがニーズ、『穴をあけたい』がジョブ」というくだりは聞いたり読まれたりした方も多いのではないかと思います。
ジョブ理論は「課題解決型アプローチ」をより広範に適用できるよう拡張したアプローチであるという印象を持っています。
ジョブ理論は、ジョブを片付ける時の「特定の顧客状況」を前後の文脈(コンテクスト)を含めて深く細分化して理解し、「顧客がジョブの片付け方を進化させたい」と考えるところにビジネス機会があると捉える。
「深いペインの有無」というアプローチでは説明しきれなかった「より健康的な生活を送りたい」「ひまつぶしをする」といった動機も、ジョブ理論であれば説明の範疇とすることができる。
ジョブ理論を応用した事業検討手法についてはまた別途触れたいと思いますが、課題解決型アプローチと同じように、トレンドや技術変化に着目するのではなく個別の顧客状況を深く理解するところを出発点としています。
なんにせよ、事業開発の原則は「顧客状況に対する深い理解を通して事業機会を見つけ出す」ことだと言えるでしょう。
(5) 先行優位性 vs 後発優位性
市場に最初に参入するケースと後発で参入するケースとで、事業の成功確度はどの程度変わってくるのでしょうか?USのユニコーン企業調査によると「どちらが有利とは言えない」という結論になるようです。
例えば、
あるスタートアップが初期のスマートフォンを開発したのは1995年だったが、iPhoneが発売されたのはそれから12年後だった。
Google以前にも検索エンジンを開発している企業は複数存在した。
Facebookが登場する10年前からSNSは存在していた。
といったように、大成功を収めた企業をざっと思い浮かべてみても、最初の参入者であった企業はむしろ少数派だと思えます。
同書の中で引用されているマーク・アンドリーセンの言葉のとおり、「アイディアはいつか必ず実現する。それがいつになるかというだけの問題」ということでしょう。
ここから得られるインサイトは、「勝利条件は先行者利益ではなく『今だからこそできる』というタイミングで市場に参入することである」と言えそうです。
アイディアよりエグゼキューション。エグゼキューション・リスク(アイディアを実行に移す際の障壁の高さ)が高い状態ではアイディア自体が良くても成功する可能性は低い。
エグゼキューションが行えるための環境がいつ整うのかという視点。例えばインフラ技術の進化が一定の水準まで進展するなどの変化タイミング。(スマートフォンの普及やUberのようなモバイルアプリも、モバイル端末関連の技術が飛躍的に向上したことで「今だからこそできる」という瞬間が訪れた。)
前項の「課題解決型 vs 価値提案型」で触れた事業機会の見つけ方=「顧客がジョブの片付け方を進化させたいと思っている」という状況に対し、この進化を可能にするようななんらかの変化(テクノロジーの変化など)が今まさに起きているかどうか、と考えることが市場選択において重要であると思います。
(6) 技術的優位性vs 技術以外の優位性
プロダクトを完成させるための技術的難易度が高く、他社が容易に真似できないような技術的優位性を持っている企業は、そうでない企業と比較してどの程度成功確度が高くなるのでしょうか?
USのユニコーン企業の調査結果を踏まえると、「およそ半数のケースで技術的優位性が勝利要因となっているが、その他の優位性を構築して勝つこともできる」と言えそうです。
第3項の「スペシャリスト vs ゼネラリスト」でも触れたとおり、私はスタートアップの成功確度を考えるときに以下の3点のリスクバランスを検討しています。
① テクノロジー・リスク
② マーケット・リスク
③ エグゼキューション・リスク
技術的難易度が高く、他社が容易に真似できないということはテクノロジー・リスクが中〜高ということになるので、その代わりマーケット・リスクが低(プロダクトが実現できれば欲しがる顧客がたくさんいる)であるかどうかを慎重に確認することになると思います。
また、ユニコーン企業の半数は技術的難易度というMoatを持っているが、逆にいえばもう半数は技術的優位性以外のMoatを構築して市場で勝利している、ともいえそうです。
特にネットワーク効果 / IP(SaaSなどのソフトウェア含む)/ ブランド価値の3つについては、これらのMoatの構築に先行投資することで指数関数的な成長を実現できる可能性があるアプローチだと思います。
自社事業がスタートアップとしてエクイティ調達とフィットする事業モデルなのかどうかを判断する上でも、この3つのポイント(or 技術的優位性)に該当するかどうかを検討するとわかりやすいと思います。
(7) 競合がいる市場 vs 競合がいない市場
スタートアップは、全く競争相手のいない市場を選ぶべきなのか、逆に競争相手のいる市場でコンペティターの質を見極めながら機会を探すべきなのか。どちらのアプローチの方が成功確度が高いのでしょうか?
USのユニコーン企業調査によると「約半数のケースで老舗の大企業が競争相手となっており、既存の競合企業が存在しないケースは約3割」という結果になったようです。
さて、上記の結果を踏まえて「市場選択において競争の有無をどう捉えるべきか」について書きたいと思います。
① 大企業との競争
老舗の大企業との勝負においては「時代遅れの古い生産システムを新たな生産システムに置き換える」ことがアドバンテージになるケースが多く、市場環境の変化自体がスタートアップの機会となるケースといえ、最も切り口として取り組みやすい参入方法だと思います。 顧客ニーズの変化と技術の変化、その他外部環境変化が掛け算となり、一部のアーリーアダプターから変化が起き始めている、という状況が参入機会と捉えられるでしょう。 この切り口で参入を検討しやすい理由としては、
既存の代替品の市場が存在するため、新たなソリューションを提供した際に顧客はどの程度の支出が可能なのか合理的に見積もることができる。
顧客が既存の代替品のどこに課題を感じており、どのように解消(進化)させたいかについてインサイトを深めやすい。
などがあると思います。
② 競合がいない市場
既存の競合企業が存在しないケース(設立間もないスタートアップしか存在しないケースを含む)は全体の約3割という結果でした。 これまでになかった新たな市場を創出するというといかにもスタートアップらしいですが、実際そのようなケースは少数派だったということになります。参入を検討している市場に既存の競合企業がいないという場合、以下の観点を考慮すべきだと思います。
その市場では、新たな顧客が多数誕生しているのか、そうでないのか。
後者の場合、なぜ過去に同じようなサービスが存在しなかったのか。
過去に存在しなかった or 過去に存在していたが成功しなかったという場合、その要因は何か。
上記の要因を覆すような「今だからこそできる」という理由はあるか。
サービスを顧客が受け入れた場合、その対価としてどの程度の支出を期待できるか。
原則、新たな顧客が多数誕生しているという状況でない限り、競合が存在しないということは過去に参入したが成功しなかったプレイヤーがいるはずだと考えるべきです。その上で、まさに今だからこそできるという強い理由(変化)があるかどうかを検討をすることとなります。
③ 大型調達したスタートアップとの競争
ユニコーン全体のうち「多額の資金調達を行なったスタートアップがいる市場」に参入したケースは約3%でした。スタートアップ全体から無作為抽出した集計結果と比較すると1/3程度となっており、本ケースでの参入は原則不利であるといえます。大型調達した企業はめぼしい投資家を抑えており、また市場の最も収益性の高い顧客セグメントを抑えている可能性が高く、その他の企業は不利なポジショニングで戦うことになりえます。 このように考えると、資金調達というリソース争奪戦をどのように制していくかも、経営戦略上の重要な要素であると言えます。
(8) ソフトウェア企業 vs 非ソフトウェア企業
ソフトウェアを基盤としたサービスを提供する企業は過去30年の間、スタートアップの主流であり続けました。現代のユニコーン企業のうち、ソフトウェア企業はどの程度の割合を占めているのでしょうか。
USのユニコーン企業調査によると「ソフトウェア企業と非ソフトウェア企業は50:50の割合」という結果になったようです。
さて、ソフトウェア企業の定義が気になるところですが、内訳としてはBtoB SaaS、SNSその他消費者向けアプリケーション、ネットワーク管理/データベース管理ソフトウェア、Fintechなどソフトウェアそのものをユーザーが使うような事業を提供する企業だったようです。
他方、現代のスタートアップにおいてはハードウェア事業であってもソフトウェアの開発力が競争を左右するでしょうし、D2Cや医療/バイオ/製薬においてもデジタル技術を活用するスタートアップが多そうです。そういった意味で正確には「ピュアにソフトウェアだけで勝負する事業」と「デジタル技術と他の技術を融合させて強みとする事業」という分け方になるのかなと思います。
スタートアップが大企業から市場を奪うことができる理由の一つとして「古い生産手段から新しい生産手段への革新」があるとすれば、デジタル技術と他の技術が融合した分野をスタートアップの対象領域として拡大していくことはさまざまな観点で望ましいでしょう。
こう考えると、同書の中でも引用されているトニー・ファデル氏の言葉がとても印象的です。
スタートアップが市場を選定する際は、
・マーケット自体のダイナミクス
・そこに存在するディープイシュー
・テクノロジーの進展のタイミング
・適切な人材
などに着目して考えていくべきということです。
(9) toCサービス vs toBサービス
一般消費者向けサービスと企業顧客向けサービスとでは、どちらのほうがスタートアップとして大きな成功を収める可能性が高いのでしょうか?
USのユニコーン企業調査によると「消費者向けと企業向けとではほぼ50:50の割合」という結果になったようです。
上記の結果を踏まえると、B2CとB2Bのスタートアップはほぼ同数が設立され、ユニコーンとなる企業の割合もほぼ同様である、といえるかと思います。 他の調査でも、長期間に渡ってB2CとB2Bのスタートアップのエグジットバリューを足し合わせるとちょうど同じくらいの規模になったという調査結果を見た記憶があります。
直観も含めたインサイトを書くと、
投資家にとっては:
エグジット数もエグジット規模も長期で見れば同等と仮定すると、B2C/B2Bのどちらに投資した方がファンドとして成功しやすいということはない。
一定の期間で区切るとB2CまたはB2Bいずれかの企業の設立数、エグジット数が多い時期というのは出現しうるため、B2C or B2B特化ファンドはサイクルと一致した時に相対的に高いパフォーマンスを挙げやすくなる。ただしこれは逆もしかりで、長期で見るとGeneral ファンドの方がパフォーマンスは安定しやすいともいえる。
特化ファンドは投資のユニバースをGeneralより狭めるため、知見も深化しリーチ率も高まる結果、アルファを見出せる可能性もより高いといえる。
起業家にとっては:
長期的に見れば、B2C/B2Bのどちらかが成功確率/エグジット規模の観点で有利であるということはないため、市場選択においては最初から選択肢を狭める必要はないといえる。
観察期間が短いと「B2C(B2B)の方が資金調達がしやすそう」というふうに見えるものであり偏りは生まれるもの。ただしそのサイクルは数年スパンでローテーションしうるものなので、その時にホットなテーマや投資家の姿勢に捉われすぎず、「いまだからこそ成功するといえるような大きな市場変化が生まれているか」「その市場において、自らが顧客にどのような価値を提供しうるのか」という二点から徹底的に考え尽くすことが重要。
創業時からB2C/B2Bの両方を志向して成功した企業はとても少ないようである。顧客起点で事業を考えるという前提で、消費者向け/企業向けどちらから事業を開始するのかは明確に定める必要がありそう。
(10) VC調達 vs ブートストラッピング - 1
スタートアップはVC調達したほうが成功しやすいのか、自己資本のみ(ブートストラッピング)で成長を追求するほうが成功しやすいのか。
市場選択そのものではありませんが、市場選択と同時にエクイティ調達がフィットする事業なのかどうか、調達するならいつするべきかという財務戦略をセットで検討することが多いと思います。
周知のとおり、USの新設会社全体ではVCから投資を受ける企業(VC-Backed企業)の割合はごく僅かであるにも関わらず、IPO企業群ではVC-Backed企業の割合が非常に高いものとなっています。
さて、日本においても年間IPO件数のうちVC-Backed IPOは概ね3割前後で推移していますが、ポストIPOで見るとVC-Backed企業が時価総額や研究開発費で大きな割合を占めているかといえば、(比較できるデータを発見できてはいませんが)USと近しい状況というわけではないように思われます。
日本で同期間(1974年以降)に新設されて大きく成長した会社をいくつか挙げると、
(時価総額9,000億円以上、カッコは設立年)
・キーエンス(1974年)
・ソフトバンクグループ(1981年)
・LINEヤフー(1996年)
・楽天グループ(1997年)
・光通信(1988年)
・エムスリー(2000年)
・ZOZO(2000年)
・MonotaRO(2000年)
といったところで、比較的若い企業のイメージのあるリクルートホールディングスも設立は1960年代です。
なお、東証上場企業全体の時価総額が約900兆円、うち上位100社合計が約600兆円で、上位100社は時価総額2兆円以上の企業です。 上記に挙げた企業で2兆円を超えているのはキーエンス、ソフトバンクグループ、LINEヤフーの3社しかありません。
こう考えると、過去50年以内に生まれた企業の中でVC-Backed企業の割合がどれくらいあるのか?という問い以前に、「過去50年以内に設立された企業が、上位100社企業を新陳代謝した例がほとんど存在しない」というのが我が国の現状である、という点があると想います。
言うまでもなく、USの場合はGAFAM+エヌビディア・テスラの7社が時価総額Top 10に入っており、このすべてが1974年以降に設立された企業です。当然Top 100で見るとさらに多くの設立50年以内企業がランクインしています。
まとめると以下のように思います。
日本においても、IPOに至る可能性でいえばVC調達している企業の方がその可能性は圧倒的に高いといえる。
他方で、産業構造の新陳代謝が(USと比較すると)過去50年間あまり進んでいない状況であり、この観点での課題の方がとても大きいと感じられる。
仮にエクイティ調達を選択する場合、既存の産業構造がこれまで変わってこなかった理由と、それが今だからこそ変化が起きる理由が見い出せるならば、果敢に大きな挑戦をすべきだと思います。
(11) VC調達 vs ブートストラッピング - 2
創業初期からVC調達すべきなのか、当面は外部調達無しでいくべきなのか、どちらにすべきか。起業相談の際に必ず論点となりますが、この点どのように考えるべきなのでしょうか。
市場選択、参入戦略、ファイナンスモデルという3つの観点で検討すべき視点を提示したいと思います。
① 市場選択
変化の早い市場なのか、変化の遅い市場なのか。
変化率の高い市場の場合は、当初とても小さな市場が短期間で大幅に拡大し、そのタイミングを逃すと(スタートアップが)市場を制することは困難になります。黎明期の市場で先行投資しながら高い市場シェアを獲得し、他のスタートアップの追随を許さないポジションを確保することが至上命題となります。
逆に変化率の低い市場の場合、エクイティ調達した後の成長スピードが遅いと次のラウンド形成が苦しくなり、さらにその次のラウンドはもっと苦しくなる、という悪循環に陥りかねません。この観点では必ずしもスタートアップ的な事業立ち上げには向かない市場ですが、参入戦略の工夫次第では短期間で大きな成長を遂げることも可能だと思います。このようなケースにおいては資金調達も工夫する必要があります。
② 参入戦略
短期決戦を目指すのか、長期戦を想定するのか。
変化率の高い市場の場合は、短期決戦で高い市場シェアを確保する目的で先行投資型を行うため、単一商材に集中し、まず最初に抑えるべき顧客セグメントを明確に定めて獲得していく戦略を取ります。その後顧客セグメントを広げたり、商材を増やしたりという展開でTAMを拡大していくにしても、初手としては「短期的にどの商材で・どの顧客セグメントを集中的に獲得しナンバーワンになるのか」を明確に定めます。
逆に変化率の低い市場の場合、スピーディーかつスケーラブルな事業立ち上げを行うには困難であることが想定されるため、参入する際の初手としては「特定セクターで取引社数を拡大しやすい商材」を選び、顧客解像度を上げながらセクターの横展開ないし同一セクターでの多商材化という方向に進むといった参入戦略が考えられます。なお、このような参入戦略を取る場合はそもそも顕在的に大きな市場であることが選定条件になると思います。
③ ファイナンスモデル
Jカーブ型か、利益先行型か。
変化率の高い市場で短期決戦を目指す場合、先行投資してその後の指数関数的な成長を志向するJカーブ型が前提となるため、エクイティ調達と相性が良いと思います。
逆に変化率の低い市場で長期戦を想定する場合、創業初期からエクイティ調達をすると投資家が求める成長スピードを実現できない可能性が高いため、初手の「特定セクターで取引社数が拡大しやすい商材」は利益先行型を目指すこととなります。この場合は自己資本+利益再投資+デットで当面の事業運営をすることになるでしょう。そうやって顧客解像度を高めた上でJカーブ型事業に取り組むとなればエクイティ調達を検討するという流れになります。なお、近接領域に参入するためにM&Aを活用することも有効な手段であり、この場合はさらにエクイティ/デットをどう活用するかという変数は複雑になります。
(12) 事業進捗スピードと資金調達の関係
変化率の高い市場で高いシェアを握るためには短期決戦・Jカーブ型で先行投資を行うべきで、エクイティ調達がフィットすると前項で書きました。実際、ユニコーン企業はどのような資金調達ステップを辿るのでしょうか。
USのユニコーン企業調査によると「初回調達額と2回目調達額を比較すると、ユニコーン企業の平均では約4倍、平均的なスタートアップでは約2倍となっていた」という結果になったようです。
ユニコーン企業と平均的なスタートアップとでは、初回調達額から約2倍の差があるものの、2回目の調達ではその差が約4倍にまで開いています。
ファウンダーチームの優秀さというのが初回調達時のバリエーション(≒調達額)の差を生んでいるとは思いますが、2回目調達の差は「初回調達後の事業進捗」がその差を生み出し、3回目以降ではさらに広がっているものと推察されます。
必ずしも事業進捗=トラクションという単純な図式ではなく、例えば技術的なマイルストーンをクリアして重要な事業リスクが低下した、というのもバリエーションが上昇する要因となります。 (テクノロジー・リスク以外に、主なリスク項目としてマーケット・リスク(顧客ニーズが存在しないリスク)、エグゼキューション・リスク(事業運営が困難で経済性が成り立たないリスク)があります。)
このデータから得られるインサイトとしては、
初回調達から2回目調達までの間に、早期に事業性があると証明できるかどうかがその後の成長に大きく影響する。すなわちWhy nowの証明がとても重要である。
初回調達時に、この事業は何を証明すれば重要な事業リスクが低下したと見なせるのか、それをどのようなプロセスで証明できるのかを明確に定義し、それが投資家にとっても説得力を持つ必要がある。
という点が重要ではないかと思います。
(END)