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カールマルクスが渋谷に転生した件 11 マルクス、書類手続きに憤慨する

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マルクス、悟る

「諸君」
マルクスが貸し会議室でメンバーを前に立ち上がる。髭を誇らしげにひねりながら、
「私は、日本の政党システムについて、完璧に理解した」

木下が不安そうに。「なんか、嫌な予感が...」

「この国では、政党になるために二つの道があるという」マルクスが声を上げる。「一つは、既に議員を持っている者たちだけが...」

「はい」ケンジが補足する。「国会議員5人以上が必要...」

「待て!」マルクスが机を叩く。「つまりこれは、既得権益を持つ者たちだけが、新しい政党を作れるということではないか!これぞ、民主主義を装った寡頭制!」

「まあ」さくらが頷く。「確かにそれは...」

「もう一つの道は!」マルクスの声が更に上がる。「選挙で2%を得ることである。」

「はい。それなら新しい...」

「だが!」マルクスの髭が怒りに震える。「その選挙に出るためには、なんと!小選挙区で300万円の供託金が必要だと!?」

「まあ...」

「しかも!比例区では600万円!?」マルクスが椅子から跳ね上がる。「一体、誰のための民主主義なのだ!」

「あー」木下が納得。「それは確かに矛盾してますよね」

「そして!」マルクスがスマホを取り出す。「選挙運動に関する規制を読んでみろ!」

「ああ」さくらが説明を始める。「インターネットは基本的に...」

「なんと愚かな!」マルクスの髭が逆立つ。「SNSでの投稿は許可するが、メールは禁止?人民同士の直接的な対話を恐れているとしか思えん!」

「迷惑メール対策とか...」

「しかも!」マルクスが声を荒げる。「ウェブサイトの内容を印刷して配布することも禁止!?これはまさに、見せかけだけの言論の自由ではないか!」

「確かに」木下が考え込む。「デジタルはOKで紙はダメって、なんか変ですよね」

「そして最も悪質なのが...」マルクスが震える声で。「選挙運動期間の制限だ」

「えっ」ケンジが首を傾げる。「それは普通じゃ...」

「普通だと?」マルクスが立ち上がる。「考えてみろ!既存の権力者たちは、日常的にメディアに登場し、影響力を行使できる。しかし我々人民は、この限られた期間でしか声を上げられないのだ!」

「うっ...」三人が言葉につまる。

「待て!」マルクスの目が輝く。「その規制を見よ。『当選させない目的をもって事実をゆがめて公にした者は処罰』?では逆に、当選させる目的なら事実をゆがめても...」

「いや、それは...」

「そもそも!」マルクスが立ち上がる。「この『18歳未満の選挙運動禁止』とは何だ?若者の政治参加を制限するとは!」

「法定年齢の問題で...」

「これこそが」マルクスが髭を震わせる。「現代の欺瞞的な『自由』の本質だ。形式的には規制を緩和したように見せかけながら、実質的には人民の声を管理し、制限する...まさに新たな形の支配システム!」


マルクス、ハンコ文化に触れる

そこへ新しい書類が差し出される。

「これは何だ?」

「印鑑証明書です。諸々の申請に必要なんですよ」

「いん...かん?」マルクスが首を傾げる。「この21世紀に、木片で意思を証明するだと?ブロックチェーンという技術があるというのに!」

「そうなんです」木下が説明を試みる。「しかもその印鑑を、また別の役所で証明してもらわないと...」

「待て」マルクスの髭がピクリと動く。「役所が、役所の証明を、さらに証明すると?」

「はい」

「これこそが...これこそが...!」

三人が身構える。

「これこそが、官僚制による民主主義の化石化だ!形式的手続きの神格化!このように、人民の政治参加を複雑な手続きの迷宮に封じ込めることで...」

「はいはい」さくらが宥める。「でも、その前に...」

「革命だ!」

「それは」木下が慌てて。「さすがに...」

「いや、今度は違う」マルクスが意外な冷静さで。「このシステムの矛盾を、全てドキュメンタリーとして記録し...」

マルクスがホワイトボードに書き始める。

『現代日本の民主主義の矛盾』
1. 既得権益者か金持ちしか政党を作れない
2. 前時代的な選挙運動規制
3. 高額な供託金による参入障壁
4. デジタル時代の印鑑文化

「Das Kapital TV新シリーズの誕生である!」

「おお」ケンジが感心する。「それ、バズりそう」

「それは良いですが…」木下が宥める。「その前に、印鑑作りに...」

「くっ...」マルクスが深いため息。「やむを得ん。しかし覚えていろ。この屈辱的な過程もまた、全て記録され...」

「はいはい」三人が口を揃える。「区役所、行きましょう」


マルクス、区役所に行く

区役所に着くと、新たな問題が待ち受けていた。

「次は戸籍謄本が必要になります」
木下が説明する。

「ほう」マルクスが興味深そうに。「プロイセンの住民登録のようなものか」

「え?」さくらが驚く。「そんな時代から戸籍ってあったんですか?」

「当然だ」マルクスが髭をくるくると回しながら。「近代国家による人民の管理システムとしては、プロイセンが最も...」

「あ」木下が遮る。「でも日本の場合、血統主義的な要素が強くて...」

「血統だと!?」マルクスの髭が警戒するように直立する。「21世紀になっても、封建的な身分制の残滓が...」

「まあ」さくらが慌てて。「そこまでではないんですが...」

「見せてみろ」
マルクスが窓口の書類を手に取る。
「これは...筆頭者?世帯主?何という家父長制的な...」

職員が小声で「あの、書類は乱暴に扱わないで...」

「なんと!」マルクスが声を上げる。「結婚すれば妻は夫の戸籍に...!これはまさに、家父長制と官僚制の怪物的結合!」

周囲の来庁者たちが、チラチラと見始める。

「そもそも」マルクスが突然立ち止まる。「私は...」

三人の表情が凍る。

「私は、1818年、プロイセンのトリーアで生まれ、1883年、ロンドンで死に...」
マルクスの声が震え始める。

「そして謎の力で令和の日本に転生した身だ。この私に...戸籍など...」

「ああ」ケンジが頭を抱える。「やっぱりそうなりますよね」

「まさか」マルクスの顔が青ざめる。「私は、この国では...存在しないのか?」

「法的には」木下が曖昧に。「ちょっと複雑で...」

「これは...」マルクスが虚空を見つめる。「私は資本主義の亡霊となったのか...まさにコミュニスト・マニフェストで予言した通り...」

「いや」さくらが慌てて。「そういう話じゃ...」

「待て!」マルクスが突然、目を輝かせる。「これこそ重要な意味を持つ!」

「また何か思いついた」三人が同時にため息。

「この私が、近代国家の管理システムによって把握不能だということ...!」マルクスが興奮気味に。「これは官僚制の限界を証明している!」

「いや」木下が苦笑。「単に在留資格の手続きが...」

「Das Kapital TV緊急特集!」マルクスが宣言する。「『非存在の革命家、官僚制に挑む』!」

「あの」職員が震える声で。「まずは在留カードの申請から...」

「手続きの前に!」マルクスが携帯を取り出す。「この官僚制の矛盾を、人民に向けて生配信で...」

「だめです!」三人が慌てて止める。「役所内は撮影禁止です!」

「なに!?」マルクスの髭が怒りに震える。「情報公開の制限か!これもまた...」

「はいはい」さくらが諦めたように。「とりあえず、在留資格の窓口に行きましょう」

「くっ...」マルクスの髭が萎える。「この時間による支配も、空間による支配も...全て記録に留めるからな!」

「分かりました」木下が宥めるように。「でも、その前に...」

「待て!」マルクスが立ち止まる。「在留"資格"とは?また新たな階級的選別か!?」

「あー」ケンジが窓口の時計を指さす。「もう、時間がないですよ!」

「この官僚制的時間の支配による...」

「走りましょう!」

三人がマルクスを半ば引きずるように、次の窓口へ向かう。

職員たちは、ぽかんと口を開けたまま、髭の男が去っていく姿を見送るのだった。


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