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漫画名言の哲学1 「真実へ向かおうとする意志」 ―ジョジョから学ぶ「実存」
僕が心から敬愛する漫画家は、荒木飛呂彦先生と秋本治先生だ。両先生の作品には、人生の真理とも呼べる深い教えが数多く込められている。特に荒木先生の『ジョジョの奇妙な冒険』からは、人生の岐路に立つたびに、何度も勇気をもらってきた。
「真実へ向かおうとする意思」
第5部『黄金の風』。この物語で描かれるこの言葉は、今でも僕の心に深く刻まれている。挫折しそうになるとき、道を見失いそうになるとき、この言葉が僕の背中を押してくれた。
当然ご存知の方も多いだろうが、解説しておこう。
任務中、不意の攻撃で致命傷を負ったアバッキオ。その意識が薄れゆく中で彼が見たのは、かつて自分のせいで命を落とした先輩警官との再会の場面。
オープンカフェでの対話。そこで交わされたのが、この「真実へ向かおうとする意志」という言葉である。
そうだな…わたしは「結果」だけを求めてはいない
「結果」だけを求めていると人は近道をしたがるものだ……………近道した時 真実を見失うかもしれない
やる気もしだいに失せていく
大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている
この深い意味を持つ言葉を、哲学的な視点から考察してみたい。
キルケゴールの「真理」
デンマークの哲学者キルケゴールは、真理とは単なる知識ではなく、それを求めて生きる姿勢そのものにある、と説いた。つまり、真実とは図書館で見つけられる答えのようなものではない。それは、人生をかけて追い求めるべき何かなのだ。
アバッキオと彼の先輩警官との対話は、まさにこの「真理の主体性」を体現している。目の前の結果だけを追い求めるのではなく、真実へ向かおうとする意志を持ち続けること。それは、時として寂しく、孤独な道かもしれない。
しかし、その道こそが本物の生き方なのだと、この場面は教えてくれる。
プラトンの「洞窟の比喩」
プラトンが『洞窟の比喩』で描いたように、真実への道のりは容易ではない。時として私たちは、目の前の影だけを追いかけているのかもしれない。近道を探そうとして、本質的なものを見失ってしまうこともある。アバッキオもまた、そんな挫折を経験した一人だ。
だが、この作品が示す重要なメッセージは、たとえ一度道を踏み外したとしても、本当の意味での「意志」は決して消えないということ。アバッキオの心の中で眠っていた崇高な意志は、再び目覚めることになる。
「向かう」ことの大切さ
「おまえはりっぱにやってるじゃあないか...『意志』は同じだ」
この先輩警官の言葉は、単なる励ましを超えた深い真理を突いている。私たちは誰しも、人生の途中で立ち止まり、道に迷うことがある。しかし、真実を求める純粋な意志さえ持ち続けていれば、必ずその道は続いているのだ。
ここで重要なのは、「結果」ではなく「向かおうとする意志」という点だ。人生において、すべての真実に到達できるわけではない。すべての事件を解決できるわけでもない。しかし、真実へ向かおうとする意志を持ち続けること。それ自体が、私たちの人生に揺るぎない軸を与えてくれる。
我々は「意志」とどう向き合うか
荒木飛呂彦先生は、この深遠な哲学的テーマを、ドラマチックな物語の中で見事に描ききった。それは単なるフィクションの枠を超えて、現実を生きる私たちへの力強いメッセージとなっている。
アバッキオは死の直前、自らのスタンド能力を使って、敵の素顔を仲間たちに伝えることに成功する。それはまさに、「真実へ向かおうとする意志」の体現だったと言えよう。
この言葉が持つ重みは、読み返すたびに増していく。それは純粋な警官としての生き方を貫こうとした一人の男の信念であると同時に、私たち一人一人の人生に対する真摯な態度を問いかけているのだから。