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1分小説 反射する世界

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高層ビルの窓拭き、十五年目。 田中は今日も、ゴンドラに乗り込む。
四十階の高さから見下ろす景色は、 いつも同じ向かいのビル。

同じ動作の繰り返し。 スプレーを吹きかけ、布で拭き取る。
上から下へ、左から右へ。 毎日、何百枚という窓を。

ある日、ふと気づいた。
窓に映る向かいのビルが、拭うたびに変わっていく。
景色は同じなのに、 見え方が、違う。

曇った窓は世界を歪め、 拭いた窓は世界をくっきりと映す。
でも向かいのビルは、ずっとそこにある。
変わっているのは、「見ること」そのもの。

「田中さん、また考え込んでる?」 若い同僚が笑う。
でも田中には分かっていた。 窓が教えてくれること。

スプレーを吹きかけ、布で拭き取る。
その度に、同じ景色が新しく見える。
窓が澄んでいくほど、 かえって「見ること」が見えてくる。

今日も高層ビルの窓を拭く。
変わらない世界と意識の間で、 反射する真実を求めて。

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