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認知症の「物盗られ妄想」対応ガイド|家族が1人で抱え込まないために

1. 「どうしてそんなこと言うの…?」

「お母さん、なんで私が盗んだなんて…」

家族を思って介護をしているのに、突然「財布を盗んだでしょ!」と疑われる。ショックで言葉を失いますよね。

「まさか、こんなことを言われるなんて…」
「一生懸命やってるのに、どうして信じてもらえないの?」

認知症だから仕方ないと頭ではわかっていても、心がついていかない。
疑われるたびに傷つき、疲れ果て、「もう無理かもしれない」と思うこともあるでしょう。

でも、あなたは1人ではありません

この症状を知り、適切に対応することで、あなた自身の心を守ることもできます。まずは、「物盗られ妄想」とは何なのかを知ることから始めましょう。


2. 「物盗られ妄想」って何?

「物盗られ妄想」は、認知症の方によく見られる症状のひとつです。

財布や通帳、大事なものが見つからなくなると、「誰かが盗んだ!」と思い込んでしまう。実際には、本人がどこかにしまい忘れたり、別の場所に置いたことを忘れているだけのことがほとんどです。

どうしてこうなるの?

認知症が進行すると、短期記憶が失われやすくなります。
そのため、「ここに置いたはずなのにない!」という確信が強まり、不安が生じます。その不安が「誰かが盗んだに違いない」という妄想につながるのです。

決して、性格が悪くなったわけではありません

認知症による記憶の変化が、本人にとって「現実」となってしまうのです。

「理屈ではわかっても、実際に疑われたらつらい…」

その気持ち、とてもよくわかります。だからこそ、対応のポイントを知り、少しでも心の負担を軽くしていきましょう。


3. 実際のケース:「財布がなくなった!」

70代の独居男性が、財布を盗られたと家族を疑い、警察に通報した事例があります。

この方は 週に数回、近くに住む家族が様子を見に来る生活を送っていました。でも、認知症の方にとっては「どれくらい気にかけてもらえているか?」の感じ方が違うことがあります。

たとえば、家族としては「定期的に会いに行っている」と思っています。しかし、本人は「たまにしか来てくれない」「一人にされている」と感じてしまうことがあるんです。

そんな気持ちが続くと、「自分は大切にされていないのでは?」という不安が積もっていき、「誰かが自分のものを盗ったのかもしれない」という疑いにつながることもあります。

また、この方は 財布の置き場所を決めず、机の上など適当な場所に置く習慣がありました。認知症の方にとって、いつもと違う場所に物を置いてしまうことは珍しくありません。でも、後でそれを思い出せず、「絶対にここに置いたはずなのに、ない!」と焦ってしまうことがあります。

「ない」→「誰かが持っていった?」→「盗まれた!」と、不安が疑いに変わってしまうこともあるんです。

こうした環境が重なると、物とられ妄想が起こりやすくなります。


4. 「財布がない!」と言われたら、どう対応する?

「財布がない!あなたが盗ったんでしょ!」
突然、そんなふうに言われたら、どうすればいいのでしょうか?

家族としては、
「そんなことあるわけないでしょ!」
「私は何もしてないよ!」
とすぐに否定したくなります。

でも、認知症の「物盗られ妄想」は、本人にとっては”事実”になってしまっています。そのため、否定されることで余計に混乱してしまうことが多いのです。


✅ 否定しない:「そんなことないよ!」は逆効果

認知症の方は、短期記憶が欠けてしまっているため、「財布を置いた記憶」も「なくした経緯」も思い出せません。

でも、「ここに置いたはずなのに、ない!」という強い確信だけは残っている のです。

そこへ「そんなことないよ」と否定すると、
「じゃあ、なんで財布がないの?!」
「嘘をついてごまかそうとしてるんだ!」
と、不信感を募らせてしまうことがあるので注意が必要です。


✅ 不安に寄り添う:「それは大変だね。一緒に探しましょう」

一番大切なのは、「不安になっている気持ちに寄り添うこと」 です。

例えば、こんなふうに声をかけてみてください。

🗣 「財布がなくなったんですね。それは大変ですね。」
🗣 「どこかに置き忘れてしまったのかもしれませんね。一緒に探してみましょう。」

こう言われると、本人も「一緒に探してくれるんだ」と安心し、気持ちが落ち着きやすくなります。


✅ 探しても見つからなかったら?

もし、一緒に探しても見つからなかった場合、本人の不安は続きます。

そのときは、「また後で一緒に探そう」と提案し、少し時間をおく ことが効果的です。

例えば、
🗣 「今は見つからないけど、大丈夫。ちょっと休憩して、後でまた探しましょう。」
と伝えると、本人の気持ちが切り替わりやすくなります。

認知症の方は、短期記憶が失われやすいため、時間が経つと「財布がなくなったこと自体」を忘れてしまうこともあります。

「しばらくしてから、気づいたら本人が別の場所から財布を見つけていた」というケースもよくあります。


✅ 「なくしたものが見つからなかった」ときの対策

① 「大事なもののダミー」を用意する
→ 財布をよくなくす場合、予備の財布を用意し、
🗣 「ありましたよ!ここに置いてありましたよ。」 と渡すと安心することもあります。

②普段から定位置を決める
→ 「財布はこの引き出しにしまう」など、ルールを決めると紛失を減らせます。
しかし、そのルール自体を忘れてしまうこともあるので、こちらの対策は比較的初期の認知症対策と思っておいてください。

③定期的に家族や訪問スタッフと一緒に整理する
→ 物の置き場所が決まっていないと、紛失しやすくなるので、定期的に整理整頓をサポートするのも効果的です。


✅ 認知機能の状態を観察し、医師に報告

「物盗られ妄想」が頻繁に起こる場合、認知症の進行に伴い、不安が強くなっている可能性もあります。

あまりに回数が多い場合は、
✅ 訪問医やかかりつけの医師に相談する
✅ 認知症治療薬の調整や、ケアマネージャーと支援策を考える
ことも必要になってくるかもしれません。

5. 家族が対応するときのポイント

「結局、こういう対策も全部私がやらなきゃいけないの?」

そう感じること、ありませんか?

認知症の介護は、予想もしていなかったようなことが次々と起こります。

「財布がなくなった」と言われて一緒に探したのに、翌日また「財布がない!」と同じことを言われる。

「誰かが盗った!」と怒る家族をなだめるのに疲れ果てる。

「もう、どうしたらいいの…?」

そんなふうに思ってしまうのも、当然です。

でも、1つだけ、忘れないでほしいことがあります。

それは、「介護は1人で抱え込むものじゃない」 ということです。

「全部自分でなんとかしなきゃ」は間違いじゃない。でも、つらすぎる。

認知症の家族を介護していると、
「この人を1番よく知っているのは私だから、私がやらなきゃ」
「頼れる人がいないし、結局、私が頑張るしかない」
と思いがちです。

それは、間違いではありません。

でも、その考えだけでずっと頑張り続けるのは、とてもつらいことです。

家族が「1人で抱え込まない」ためにできること

もし、今「もう限界かもしれない…」と感じているなら、試してほしいことがあります。

✅ 医師やケアマネに相談してみる
→ 物とられ妄想が続く場合、薬の調整や介護サービスの利用ができることもあります。

✅ 介護サービスを使えるか確認する
→ デイサービスや訪問介護を利用すると、家族の負担がぐっと減ることも。

✅ 認知症サポーターや地域の支援制度を知る
→ 次の項目で紹介する「認知症サポーター」や「認知症キャラバン」など、家族を支える取り組みがあることを知るだけでも安心につながる。

1人で頑張らなくていい。頼れる人を増やしていい。

認知症の介護は、1日や2日で終わるものではありません。

長い道のりだからこそ、「全部自分でやらなきゃ」と思いすぎると、心が折れてしまうこともある。

でも、あなたが無理をしすぎてしまうと、結局、介護を続けることが難しくなってしまいます。

だからこそ、今この瞬間だけでも、少し肩の力を抜いて、「誰かに頼ってもいいんだ」と思ってみてください。

介護は、あなた1人が背負うものじゃない。
支えてくれる人を、少しずつ増やしていけばいいんです。


6. 認知症サポーターと認知症キャラバンの存在

「介護って、結局家族が全部やらなきゃいけないんじゃないの?」

そんなふうに感じてしまっても、無理はありません。

確かに、毎日の介護は家族の負担が大きくなりがちです。でも、認知症のケアは、決して家族だけが頑張るものではありません。

認知症の方を支えるために、社会全体でサポートする仕組みがあるんです。

それが、「認知症サポーター」という存在です。


認知症サポーターって、どんな存在?

認知症サポーターは、特別な資格を持っている人ではありません。

「認知症の方とその家族が安心して暮らせるように、周りの人が少しでも理解を深めよう」 という想いで、認知症について学んだ人たちです。

たとえば、こんな経験はありませんか?

✔ スーパーや病院で、認知症の家族が困ってしまったとき、周りの視線が冷たいと感じる
✔ 介護の話をすると、「大変だね」と言われるけど、誰を頼っていいのか分からない

そういうときに、認知症のことを知っている人がいれば、ちょっとした声かけや気遣いが、家族の負担を少し軽くしてくれることがあります。

たとえば、薬局のスタッフが認知症の知識を持っていたら、
「最近、お母さんの物忘れが増えてきた…」
「この間、急に財布がないって騒いでいたんです」
といった話を、家族が気軽に相談できるようになりますよね。

また、認知症の方が店頭で困っているときに、周りの人が優しく声をかけてくれるだけでも、家族はほっとするものです。

「家族だけが頑張らなくてもいい」

認知症サポーターの存在が、そう思えるきっかけになればと思います。


認知症キャラバンって何?

では、そのサポーターを増やすための活動は、誰がしているのでしょうか?

それが 「認知症キャラバン」 です。

認知症キャラバンは、「認知症サポーター養成講座」を開いたり、地域で認知症の方を支える仕組みを作る活動をしています。

筆者自身も、認知症キャラバンの資格を持ち、薬局のスタッフ向けに研修を行っています。

今回の「物盗られ妄想」の事例があったときも、薬局スタッフみんなで話し合い、
「もし薬剤師が疑われたら、どう対応すればいい?」
「家族の方には、どんな言葉をかければいい?」
と、具体的な対応を考えました。

こうして、薬局スタッフがサポーターとしての知識を持っていることで、家族の負担が少しでも軽くなるように努めています。

家族だけじゃない。「支えてくれる人」がいる

認知症の介護は、家族だけのものではありません。
頼れる人が周りにいると、それだけで気持ちが軽くなることもありますよね。

認知症サポーターやキャラバンの活動を通じて、「介護を1人で頑張らなくていい」という環境を、社会全体でつくろうとしています。

だから、あなたも1人で抱え込まないでください。

認知症の方が安心して暮らせる社会をつくるために、あなたの周りにも「支えてくれる人」がいます。

「介護は家族だけのものじゃない。」

この言葉を、少しでも心に留めていただけたら嬉しいです。


7. 介護をするあなたへ—最後に伝えたいこと

「繰り返しになりますが、介護は1人で抱え込まないでください。」

認知症による症状だとわかっていても、身近な人から疑われたり、きつい言葉をかけられると、心が傷つくこともあります。それは当然のことです。

でも、そのつらさを1人で我慢しなくてもいいんです。

介護は、家族だけで背負うものではなく、みんなで支えていくもの。頼れる人を頼って、少しでも心が軽くなる方法を見つけてほしい。

「みんなで支えていきましょう。」

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