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五個荘旅情情炎男恨み節

 待合室で次のお客様待ちの時間潰しをしてたら、「チカちゃん、明日こんなのがあるんだけど、どう行ってみない?」って軽い感じで顔を覗かせたNNさんが、A4の印刷物を手渡してくる。
 NNさんは結構古い会員様だから、そうする事によって、私を「買い取り」する事が判っている筈で、ちょっと意外な感じがした。
 一頃の私なら熱心なファンの会員さんが沢山いて、「買い取り」も相当の数だったけど、今はほんと時たま。
 というか他の娘だって、そんな話は最近ほとんど聞かない。
 懐かしいなぁ、好景気と私自身の若さが相乗りしていた時代。
「渋いロケーションなんだよ。ただし、正直言ってホテルとかは見劣りするんだけどね。」
「さては誰かさんに振られたんでしょ。」
 NNさんは苦笑いして答えない。
 噂によると最近NNさんは、何を思ったか「ノーマルなお水の娘」に入れあげているらしいんだけど、根っからのSM好きが障害になって上手くいかないとか。
 代理だからって、へそを曲げるような歳でもないので、その紙に目を落とすと「中山道灯り路・五個荘」とあった。五個荘は、その近くまでは一度行った事のある滋賀県の観光地だ。
 そこで、京都の「ねねの道」みたいなライトアップショーが、行われるらしい。
「ええぇ・・?NNさんにしたら凄くマイナーなロケーションですね。」
 NNさんの遊び振りは、このご時世でも結構派手で有名だ。今の政府のやりかただと土建関係は強い。
「実は、こう見えても写真の趣味があってね。ここは結構穴場で目を付けていたんだ。女の子を口説くのに使えないのはわかってるんだけど、最近忙しくてね。下見と実益を兼ねて行ってみようかと思ってたんだけど、」
「で、案の定断られた?」
「恥ずかしながら、、。でも噂じゃチカちゃんもちょっと写真に凝ってたんだろ?それじゃって感じでさ。」
 やっと、私にお鉢が回って来た理由が判った。

 大きなお寺さんの構内に飾られた色鮮やかな抽象画がライトアップされて、暮れなずんでいく商人町・五個荘に、不思議な異次元の窓が開けられたみたいだ。
 キュービズムの手法で再構成されたドラえもんが、そこから飛び出して来たら楽しいだろう。
 そしたら地元の人は、その抽象ドラえもんに「地域振興の為に、ゆるキャラになってくれ」と頼むかも。
 五個荘とはそんな準観光地だ。いくら化粧しても華やかな観光地にはなれない。

 さすがにNNさん、三脚やら馬鹿でかい撮影機材が詰め込まれたバッグこそ持っていなかったけれど、その肩からは超高級一眼デジタルカメラがぶら下がっていた。
 いかにも遊び人ってゆー感じのスーツと全然釣り合いがとれていない。
 私の方も、お水ばりばりの服装だけど、バッグの中には撮影専用の小さなデジカメが入っているんだから、NNさんの選択は正しかったのかも知れない。
 町内の有名な鯉の泳ぐお堀際に三脚を立てて陣取っている沢山のアマチュアカメラマンを羨ましそうに横目で見ているNNさんがおかしくて可愛くて思わず手を握りしめる。
「ホントに、こんな場所に女の子連れてこようとしてたんですか?」
「あ。ああ。大失敗をする所だったね、、。二兎を追う者はの典型例だな、チカちゃんで助かったよ。そうそう完全に日が暮れるまでにはまだ少し時間がある、面白いうどん屋があるんだ、案内するよ。」
 残夏の夕暮れの下、五個荘の金堂通りなどの催しのメインロードでは、灯籠に灯りが灯され着々と祭の準備が整いつつあり、地元の人達や観光客の表情には、期待でほんのりと上気した色が見える。
 けれど、NNさんが案内してくれたのは、そんなメインの裏通り、五個荘という商人町が途切れて、「滋賀」という地方の田園風景が剥き出しに見え始める場所だった。
 旧家を改造したうどんや屋さんが位置する四つ角には、時代劇でしかお目にかかれないような一メートルほどの高さの行燈灯籠が立っていて、強烈な郷愁を誘っていた。
「村境ですねー。」
「えっ?」
「落語の一つ目国とか知ってます?小さい頃聞いたんだけど、一つ目の人間ばかりが住む世界と、こちら側の世界の境目に一面のすすき野の原があってそれが真っ赤な夕日に燃えて、みたいな。こことは感じがちょっと違うけど、境目って感じはするでしょ?」
 辺りが日暮れで濃く青ずんでいるのに、夕日の赤のイメージが浮かんでくるのは、道々に飾られた行灯のせいだ。
 NNさんは私の話を聞きながら何か物欲しげな表情になる。
 早くうどんが食べたいのか、人気がない薄墨色の夕闇の中で、ニューハーフという欲望のシンボルにキスでもしてもらいたいのか、、、。
「それとか狐の嫁入りとか、ここもうちょっとしたら狸がとっくり持ってお酒買いに来そう。」
 すっと身体をNNさんにもたせかけ、右手でズボンの股間を撫で上げ、NNさんが私を掴まえない内に身体を離す。私もとんだ狐狸の類だ。
 しばらくは二人で、自分たちの住む水中に墨をたらし込まれた金魚みたいな気分になりながら、人気のない五個荘の町並みを眺めていたんだけれど、やがてNNさんが肩をすくめてchikaを促した。
 それでやっと、重要文化財に指定されてそうなうどん屋さんに入った。

 旧家然とした座敷に案内されて膝をつき合わせながら二人で手打ちうどんを食べる。
 思わず「こうしてると歳の離れた夫婦みたい」とか言いそうになったけど止めた。
 たぶんNNさんはホテルに帰ってからの私とのプレイの段取りを一生懸命考えている筈だ。
 (買い取りの時のプレイ内容はお客様が主導権を握る場合が多い)そんな時の男の表情は直ぐに判る。
 NNさんの肩越しに見える庭の灯籠に火が点った、、外はすっかり闇に覆われているのだろう。

 町内を流れる堀は天保川という名前らしい。
 金堂町ではその堀の中に巨大なフラワーデザインが設置され、水中ライトによる幻想的なライティングが施されている。
 アートフラワーが水中からの光で自らの影を背後の白壁に落とす様は、時間に凍り付いた花の色彩と相まって、見る者を幽玄の境地へ引き込んでくれる。
 確かにアマチュアカメラマンには絶好のロケーションだろう。
 写真好きと言ってもデジカメで気ままに旅行先の風景を撮っている程度の私だって、ここに来たら機材を揃え腰を落ち着けてじっくり写真を撮りたくなる。
 そしてこの催しは今夜だけ。忙しいNNさんが、色と趣味を一度に手に入れようとしたのも頷ける。
 でもここは若い子は無理。
 NNさんが、お水の派手なオンナを連れた実業家振りをかなぐり捨てて、写真を夢中で取り始めた頃に、雨がぽつりぽつりと降り始めた。
 天気予報では雨なんて一言もなかったから、にわか雨なんだろうけど、その勢いは本降りのそれで空の様子はかなり重い。
 傘なんて二人とも用意していなかったから、仕方なく急いで退散した。
 夢が弾ける時はいつもこんな感じ。

 五個荘の夜祭りで雨に降られ、身体をぬらしたので急いでホテルに帰った。
 9月の末だというのに毎日真夏日だし、車の中にはタオルも簡単な着替えもあったから濡れネズミという事はなかったけれど湿った身体で気持ちがいいわけはない。
 部屋に備え付けのバスルームを無視して大浴場に急行、私は温泉好きだから、このホテルの大浴場の露天が人工泉でも一般開放されていても気にならない。
 いくらプライベートな空間が確保されていても部屋の中の狭苦しい湯船に魅力は感じない。
 それにプレイの後は嫌でも部屋のバスをつかわなきゃいけないし。
 NNさんは色々と準備があるからと運び込んだご自参のプレイ道具の詰まったスーツケースと睨めっこしながら「私は部屋ので済ますよ、はやく帰っておいで」とのこと。大きな部屋をとったようだけど、高級ホテルじゃないから余り音のしないプレイを考えているのだろう。
 スーツ一杯の自前のプレイ道具を持つ男、確かに普通のお水の子じゃ、いくらNNさんがお金を持っていても相手をするのは難しいだろう。
 こういう形での「買い取り」は、出張デートと比べてこちらが色々と準備しなくて済むのがいい。
 まあその分、プレイの主導権が握れないので、疲れる事も多いんだけど。

 露天に浸かって夏の夜空を見上げると、もう雨が止んでいて少しだけ星が見え始めている。
 それにさすがに気温が下がっていて少し秋を感じさせる。
 湯から上がって待合室で身体を休める。
 ここの待合室の隣は簡単な食事所になっていて、何気なくそちらに顔を向けたら、あるカップルに目がとまった。
 ロンゲ(「長髪」ではない、ロンゲとしか言いようがない髪型)の老人と、少年と青年の中間ぐらいの年頃の男の子が二人並んで食事をとっていた。
 少年はかなり顔立ちがよく、男の娘系なんだけど、食べ方が無茶苦茶で、躾度0で育ってきた感じ。
 老人の方は、年齢不詳って感じじゃなく、皺とか身体の痩せ具合とかどこからみても立派な「お年寄り」なんだけど、出で立ちは無茶苦茶若作り、骨の浮いた手首に巻いてあるミサンガが痛々しい。
 近頃、思うようになったんだけど、最近の中高年やお年寄りの方はどうして異様に若作りに拘るんだろう。
 下手をすると、社会人にまだなっていない青年や少年達のファッションで身を固めている人さえいる。
 知り合いにそんな人間がいて、「NHってものは自分を見失っているんだよ。歳をとったらどうするんだ」と言ってくるのだけど大きなお世話、自分が解っていないのは、あんただろうって事だ。

 で、私がこのカップルに注目したのは、私の頭頂部にある「ゲゲゲの不倫アンテナ」が「父さん、この二人怪しいです」って、ビビビと立ち上がったから。
 私の不倫アンテナは年齢差性差に惑わされずに、正確に働く。
 少年は緩いTシャツの襟元から見える鎖骨を生々しく上下しながら食事をとり、それなりに色っぽいんだけど、お箸の持ち方が笑えるほど無茶苦茶、あー、ご飯はプリンじゃないんだから、、、とかのリアルな視覚情報を入力しつつ、私の頭は、このお爺ちゃんを「元気」にさせる方法ってあるのかしらと高速回転するのでした。
 二人の雰囲気を見てると、少年の方がお爺ちゃんにサービスするって感じじゃなく、お爺ちゃんの方が彼のペニスをフガフガとくわえたり、しこってあげて、それで満足するみたいな感じ。
 そこまで考えたら、何か頭の中でチカチカ点滅する記憶があって、さっきまで入っていた温泉の効用なのか、とうとう記憶が溶け出して、ある光景が浮かんできた。
・・でもそれは私にとって余り好ましくないものだった。

 女装もしないで男姿のまま、お爺ちゃんの萎びたペニスを一生懸命口でくわえたり撫でさすったりしてる私、、。
 かなり若い頃のこと。
 その前後の事情までは、思い出したくなかったので、記憶を追い払うために頭の中のチャンネルを変えた。
 普通の人なら目先の光景を変えたり、手に持ったタオルを弄ってみたりするだけで、こんな白昼夢もどきの妄想からは直ぐに逃れられるのだろうけれど、私にはそれが容易ではない。
 昔からの、思いの中に入り込んでしまう性格は、文章なんかを書くときは凄く便利だけど、こういう時は、ほんと自分でも危ないなと思う。
 今の自分がニューハーフで思い切り能動的な変態だってことを思い出さなきゃ、過去のネガティブな思いは、打ち消せない。・・・もう「可哀想な自分」じゃないんだ。
 んーと、最近だとバイセクシャルなM男君二人にご奉仕させたのが一番気持ち良かったかな。
 実際には私自身、その二人に甘えていたし、可愛がって貰っていたから「奉仕」にはなっていなくて、今思えばなんとなく高城剛体験前の沢尻エリカ状態だったような気もする。
 そうなんだよなー、これが本来の私、、お爺ちゃんのペニスなんて飛んでいっちゃぇ~。

「よし、さあ行くか。お仕事、お仕事。」
 小さく心の中で独り言を呟いて立ち上がる私、、。
 たぶん五個荘の夜祭りも、そろそろ店じまいの頃だろう。


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