ベルリン、テーゲル空港に降り立った日
あれはもう何年前になるだろうか。
ベルリンにスーツケースひとつと段ボール箱をふたつほど持って、テーゲル空港に降り立ったのは。
「またベルリンに来た。今回は旅行ではなく、まず1年ほど住んでみる。」
1995年4月12日のことだ。日付なんていつもならすぐに忘れてしまうのに、ベルリンにやって来た日だけはいまだに記憶に残っている。不思議なものだ。
夕方遅くに着いたのだろう、変わらず派手な格好で迎えに来てくれたキャプテンとタクシーで移動しながら「ベルリンの灯りってどうしてこうもオレンジ色なんだろう。」とティアガルテン沿いを走りながら考えていたことを思い出す。当時は街も空港も今よりもずいぶんと暗かったような気がする。
それからまた何年かして、仕事の関係で何度も何度もテーゲル空港にはお世話になった。空港に行くと、ロケ前の緊張感を自然に肌で感じられるくらいに。あの独特の張り詰めた気持ちで、早朝のベルリンの街をタクシーで空港に向かう時間が好きだった。
テーゲル空港で数日間、あるいは数週間一緒にロケをしたクライアントさんたちを見送るのは寂しいのと無事にロケが終了して肩の荷が降りてほっとする気持ちが混ざり合って不思議な感じがしたものだ。
空港にはそんな記憶がたくさん詰まっている。
今年は恐らくベルリンに来て初めてじゃないか、というくらい空港に足を運ぶ機会がなかった。だから、空港が閉鎖してしまう数日前に自分で足を運んでおくことにした。普段なら場所や土地にはそこまで思い入れがある方ではないのだけれど、テーゲルは首都の空港らしくないこじんまりとした佇まいが嫌いではなかったからだ。
一度、到着したカメラチームが手ぶらで到着口から出てきてしまったくらい、コンパクトな空港。「えーっ、こんなにすぐ出口のはずないと思って荷物受け取らずに出てきちゃいました!!」とそのクライアントさんたちは本気で驚いていた。
他にもドイツでサッカーのワールドカップが行われ、1ヶ月の間、ベルリンと他の都市を行ったり来たりしすぎて、スケジュールを勘違いしフライトを逃してしまったことがあることもここで白状しておきたい。
「チェックインお願いします。」
「今、このフライトたった今出ましたけど。」
「え?えー、ほんとだ!チケット買いなおします…」
こんなことは後にも先にもあれが初めだった。
テーゲル空港を何度も使った割にはトラブルに見舞われたこともほとんどなく、ロスバゲなどにもあったことがない。
近年、搭乗客の増加に伴ってルフトハンザのカウンターが長蛇の列でカオスになり、もう少しでミュンヘン経由関空行きのフライトを逃しそうになったことがあるくらいだ。ベルリンに来る人も、住んでいる人も増える一方でテーゲル空港の規模では捌けなくなっていたのだろう。
そんなわけで、今日は雨足が強い中、初めて空港のテラスにも上がり写真を何枚か納めてきた。かなり降られたせいか、途中でカメラの液晶表示が消えてしまい焦ったりもしたがなんとか復活。濡れ鼠になりながらのお別れになった。
コーヒーでも飲もうかと思ったが、別れ際に引っ張り過ぎるのも辛くなるだけだったので、1時間弱でさっさと引き揚げた。寂しくなるけれど、今までどうもありがとう。これからもよろしく、といいたいところだけどそれが叶わないのはよくわかっている。
だからわざわざお別れを言いに行きたくなかったのだ、本当は。
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