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とりあえずビール考

とりあえずビール、の、とりあえずって何なんだ、と思っていた時期がある。大学生のころだ。
そのころ私はお酒を飲むことを覚えたばかりで、ビールのことをそれほど好きではなかった。入っていた部活では飲み会の機会がそれなりにあったけれど、公式の飲み会は必ず安居酒屋の飲み放題プランで、大人数で押し掛けるものだからビールはプラスチックのピッチャーで供されていた。今思えばあれは、ビールではなく発泡酒だったのだと思う。

安っぽいプラスチックの大味な容器から、くもった小さいコップに注がれて泡を立てる、得体のしれない液体。みんな、別に味を楽しむためではなく、「お酒を飲む」という行為のためにそれを飲んでいる。

ビールに対してはそんなイメージを持っていた。そもそも大人数の飲み会の場があまり得意でなかったのも理由だったかもしれない。

親しい友人と少し背伸びして、おいしい食べ物とお酒を出してくれるお店に行くようなときは、ビールを避けていた。
ドラマや小説、漫画なんかで、スーツ姿のサラリーマンがよく言う「とりあえずビール!」には全然共感できなかった。
とりあえずビールなんてとんでもない。せっかく飲むものの選択肢がこんなにあるのだから、よーく吟味して選ばないともったいないではないか。

そんなわけで、お酒を覚えてしばらくは、メニューを隅々まで読んだうえで、甘いカクテルばかり飲んでいた。甘いお酒は食事にあまり合わない、と気づいてからは、日本酒やワイン、焼酎を頼むようになった。味が好き、というのもあったけれど、正直なところ、ビールを飲むよりもそっちのほうがこだわりがありそうに見えて恰好がいい、と思っていた。


そんなビールに対するイメージが変わったのは、働き始めてからだ。
当時の上司に連れられて行った居酒屋で、上司が「とりあえずビールを、人数分」と言った。
ああ、私もビールか……という軽い失望を覚える。少々強引な上司だったのだ。

運ばれてきたビールは、ジョッキではなく背の高い、繊細な感じのグラスに入っていた。
飲み口が薄くて、気をつけないと割れてしまいそうだ。恐る恐る乾杯をして、口をつける。


信じられないくらいおいしかった。


それは、いくつかの要因が重なった結果だったのだと思う。
その居酒屋が結構よいお店で、置いてあるビールの質や管理の仕方がよかったであろうこと。そもそも私のビール体験が学生時代の発泡酒と、会社の宴会で出されるぬるんだ瓶ビールで止まってしまっていたこと。

でもたぶん、一番大きいのは労働だ。

当時私は新卒採用の担当者で、その日は大きめの合同企業説明会に参加した帰りだった。機材やパンフレットを運んだり、1ターム40分の会社説明を立ちっぱなしで、8時間にわたって繰り返したりといった、普段のオフィスワークからは一線を画す労働の後だったのである。学生に向かってにこにこし続けて、頬の筋肉も攣りそうになっていた。

40分×n回のプレゼンでからからになった喉に、炭酸が沁み渡る。
何がよいのかわからない、と思っていた独特の苦味が、肩のあたりに溜まった疲労をくつろげていく。
そうか、ビールは労働者が飲むためのお酒だったのか。
そう思った。


今では、すっかりビールが好きになった。
好きになると、とりあえずビール、と言いたくなる気持ちがよくわかる。
仕事から解放された金曜の夜、はたまた買い物で歩き疲れたお休みの日、にぎやかな居酒屋に入って腰を落ち着け、メニューを開く。
目移りする。
それはもう、いろいろ飲みたいものがあるのだ。
唐揚げにハイボール、あん肝に日本酒、レバテキに焼酎水割り。最近は焼き鳥にワインなんてのも定番らしいわね。

でも、やっぱり、最初は、「とりあえずビール」!

ひとりで入ったお店で店員さんに高らかに告げるのも、気心の知れた同輩と「やっぱとりあえずはビールかな?」とにんまり囁きあうのも、どちらも心躍る。
「とりあえず」と「ビール」の組み合わせは私にとって、労働から解放され、その場でビールが飲める、という幸せを噛み締めるための呪文なのだ。

黒ビールやアンバーエール、クラフトビールも好きだけれど、「とりあえず」のビールはできれば、何も考えずにごくごく飲める、スタンダードな大手メーカーのものがいい。
グラスはお店によって個性が出るけれど、ぬるくなっていない限りはなんでも構わない。ビールメーカーのロゴ入りの大きなジョッキは頑強で安心感があるし、足付きのグラスはよそゆきな感じが好もしい。でも、なんでもいい、といいつつも、口当たりのよい「うすはり」グラスはやっぱりちょっとテンションが上がる。

いずれにせよ、そうして出てきたビールを半分くらいキュッと干してから、メニューをじっくり見る時間が好きだ。その夜がまるごと一個、完全に自分のものになる気がする。

とりあえずビール、なんて思考の放棄だと思っていたけれど、お手軽に幸せを召喚する装置としてなんと優秀であることか。
これからも積極的に言っていきたいフレーズである。

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