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テオ・ヤンセン展がとてもよかった話
お盆休みの中でもよりによって一番暑い日に大阪港周り(私の中で木陰がほぼゼロであることで有名)を歩き回ることになり本気で生命の危機を感じたのだけれど、それを踏まえてでも行ってよかった!! と思ったテオ・ヤンセン展の話をしようと思う。
皆さまストランド・ビーストというものをご存知ですか。
私は今まで全く知らず、Twitterに偶然流れてきた展覧会のポスターを見て興味を持ったのだった。
海と砂浜を背景に、葦のようなものでできているように見える巨大な構造物がぽつんと立ち尽くしている。それは作りかけの船のようでもあるし、恐竜の骨のようでもある。告知文を見るに、砂浜に吹く風を受けて「歩く」らしい。なにそれ面白そう。
しかも単なるインスタレーションではなく、どうやら確固たる使命を帯びてそこにいるようなのだ。
1.田んぼの合鴨、砂浜の獣
ストランドビーストは、オランダの国土を守るために生まれた。
ヤンセンは新聞の連載コラムの一記事「砂浜の放浪者」の中で、
海面上昇にともなって国土の縮小が進むオランダの砂浜に、ある生命体を放ち、
砂をほぐして砂丘を積み上げさせることで面積を保つ構想について書いた。
半年後、プラスチックチューブの体を持つ最初のストランドビースト《アニマリス・ヴァルガリス》が誕生する。
これは会場で購入した図録から引用した説明文で、私は帰宅したあとにこの文章を読んで反射的に「なるほど田んぼに合鴨を放つようなものか」と思ってしまった。
よく考えるとこの発想は少しおかしい。合鴨農法はもとからいる生物の習性を人間の益になるよう利用するというものだけれど、ストランドビーストはそもそもその目的のために人間が作り出した工作物である。田んぼで例えるならコンバインの導入などのほうが近いのではないか。
それなのに真っ先に合鴨が浮かんだのは、実物のビーストたちが予想以上に「いきもの」っぽかったからだと思う。
会場に入ると、殺風景にも思える白や水色の壁と、体育館みたいな薄茶のフロ-リングの空間に、所狭しと彼らがいた。大きさも構造もさまざまなストランドビースト。
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ポスターで見た時は葦や萱のような自然素材に見えたベージュ色の骨組みは、近づいてみるとなるほどプラスチックのチューブで、それらを白い結束バンドでつなぎ合わせて大きな身体が作られている。個体によってはビニール製の帆があったり、空の(おそらく海風にさらされるせいで)薄汚れたペットボトルが何本も括り付けられていたりするものもある。
展示されているビーストの近くの壁にはスクリーンが備え付けられてあって、実際にオランダの砂浜で動いているさまが映写されていた。
無数のチューブが合わさって作られたビーストは、アートというよりは建築物のよう。それが、動いている映像を見ると途端に「生物」のように思えてくるから不思議だ。
まっすぐな棒で構成されていて、歯車などは使われていないはずなのに、動きはなめらかで有機的。風に押されて動いているだけなのに、どこか意志を感じられるような足取り。
水と砂以外は何もない空間のなかで悠々と闊歩する不思議な物体は、太古に滅んだ巨大生物の亡霊のようにも、遠い未来に世界を統べる未知の生きもののようにも見える。
■「生きものらしさ」とは何なのか
無生物のはずなのに、とても生きものっぽい。
ストランドビーストを眺めていて思い起こされたのが、2018年の「もしかする未来展」で見た山中研究室のプロトタイプだった。とても運よく角尾舞さんのギャラリーツアーに参加することができて、「生きものらしさとは何か」という話がとても印象に残っている。
その話を聞いているときに私の前にあったつるつるの白い球はロボットだということだったのだけれど、生きものどころか機械のようにもあまり見えなかった。
それが、角尾さんの声に反応して上部がへこんだり、元に戻ったりし始め、その姿に「あっ」と思う。
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この子は(と、反射的に思った)、角尾さんの話を「聴いている」。
人と機械が心地よくコミュニケーションするためのデザインとはどのようなものでしょうか?このプロトタイプは、ただの球体です。しかし、ほんの少しの変形で、人はそこに「表情」を見出します。
大きさも材質も動力源も違うけれど、この二つを見たときの心の動きはとても似通っていると思う。
自分とはぜんぜん違う無機的な存在だ、と思っていたものが、急に命あるもののように思えること。表情のある、同胞のように思えてくること。
私の中にはバグがあるのだな、と気づく自分と、いやこれは本当にバグなのだろうか、と疑う自分がせめぎ合って、おもしろい。
2.進化論と創世記
作品と同じくらい印象的だったのが、会場のそこここで掲示されている作品解説だ。
これまで行った美術展では、キャプション1、実物9くらいの熱量で眺めることが多かったのだけれど、この展示ではストランドビーストの実物や映像と同じくらい、説明書きも熱心に読み込んでしまった。読んで終わり、にするのが勿体なくて、解説を目当てに図録を買ってしまったくらい。
あるアーティストの作品群について、「世界観が確立されている」というような評がされることがある。私は今までそのような表現を聞いたとき、例えば色遣いやモティーフ、込められたメッセージや作品のムードに一本背骨が通っているというような意味合いで、それを受け取ることが多かった。どちらにせよその「世界」は、自分がいまいる場所とは全くの別物である。
テオ・ヤンセンの作品群と添えられたキャプションから感じられる「世界観」は、ちょっと趣がちがう。なんというか、追体験をしている感じがするのだ。なんの追体験かというと、自分が今いる世界そのものの。
■厨二心に刺さるホーリー・ナンバー
ストランドビーストの原型はコンピュータ上の仮想空間の中に生まれ、ごくシンプルな形状の線上や箱状の「生きもの」たちはプログラムの中で実際の自然界と同様、弱肉強食の秩序を築いていたそうだ(前グルトン期)。
それが1990年にプラスチック・チューブの身体を手に入れて実体化し(グルトン期)、立ち上がって歩き出し(コルダ期)、群れを作って身を守るようになり(タピディーム期)、胃や脳といった臓器を獲得し(ヴァポラム期・セレブラム期)……といった具合に、次第に多彩な機能を身に着けるようになる。
ちょうど地球上で、太古の海にうまれた生きものが背骨を獲得し、陸に上がり、空を飛ぶものや道具をつくるものに分かれていったように。
これらの進化にさらに意味深さのようなものを与えているのが、ビーストが砂浜を歩くことを可能にした数字、「ホーリーナンバー」だと思う。ストランドビーストの特徴的な形状をした脚部は、チューブの長さと比率を表すこの13の数字で構成されている。
電子の海で生まれた架空の存在が、聖なる数を得て現実世界に顕現し、巨大な身体で海辺を闊歩するなんて、まるで神話の中の創世記のようで厨二心が騒ぐ。
そしてこのホーリーナンバー、ヤンセン氏は惜しげもなく一般公開している。
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既にNASAが金星探査のためにこの構造を利用できないか検討しているという話もあるらしい。
たとえ創造主たるヤンセン氏が創作活動をやめてしまったとしても、ホーリーナンバーは残って何かを動かし続けるのだ……などと思うと、やっぱり神話的でロマンティックだ。
もしかすると人類がほろんだ後も、オランダの浜辺ではストランドビーストの生き残りが歩き続けているかもしれない。
■「かわいい」という進化
ところで、ビーストの機能の中で異彩を放っていたのが、「尻尾を振る」というものだった。
ビーストの「進化」は水の感知(海中に突き進んでしまわないように)やハンマーで杭を打ち自分を固定する(強すぎる風が吹いたとき、横転してしまわないように)といった自分の身を守るためのものや、ミッションである「砂浜を歩くこと」を効率的にするためのものが多い。
そんな中で、身体の端っこにくっついている円錐型の小さな部位を時折縦や横に動かすという機能は、完全に無駄なように思われる。
思われるのだが、これがなんともかわいい。そう、かわいいのである。巨体に申し訳程度についた尻尾がときおりぴよぴよと動く。向き合った2体のビーストが尻尾をぴこぴこ動かすと、まるで互いに挨拶しているように見える。
かわいい。ベージュのプラスチックチューブなのに。
解説を読むと、ヤンセン氏はこの機能を「ビーストたちがインターネットの世界で生き残れるように」加えたという。
つまり、ビーストの尻尾がぴよぴよするのを見たホモ・サピエンス共が「かわい~~!」となり、動画や写真に撮ってSNSなどで拡散することを狙っての機能なのだろう。私もまんまと「かわい~~!」となりこの文章を書いている。慧眼としか言いようがない。
なんだか、動物の赤ちゃんがことごとく丸い形状をしているのは「かわいい」存在であることで親や大人の庇護を得ようとしているからだ、という説を思い出した。かわいいは強い。
3.魅惑の物販
展示をぐるりとまわって、ストランドビーストたちに魅せられた人たちを待ち構えているのが魅惑の物販である。
上記は少し古い記事だけれど、ここに載っている4種のビーストのミニチュア・キットが会場で売られていて、大人から子供までが群がっていた。
私は「どうしても欲しくなったらネットで買おうかな……」と会場での購入を見送った結果Amazonでの転売とパチモノしか見つけられずに後悔しているので、「迷ったら買う」スタンスで挑まれることをお勧めしたい。もう一回行こうかしら。本物また見たいし。
最後に、もしかしたら一番感動したかもしれない展示。
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スタッフにこれほどの情熱を持たせるストランドビースト、やはりただものではない。