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変な人 (11)謎の写真集女

 その女はただ、じっくりと眺めるのであった。

 毎日のように数千人、数万人が出入りしている場所なので、店名をはっきり申し上げてもいいだろう。
 それは新宿東口、紀伊國屋書店本店での出来事だった。
 私が用事があったのは、写真集売り場。よく行く飲み屋の女性の誕生日に写真集でも持っていこうかと考えたのだ。
 紀伊國屋の写真集のコーナーは、人物(女の子の写真集とかですね)のほか、動物、風景・紀行などでジャンル分けされている。
「やっぱり、気分が晴れる楽園の写真集なんかが良いかもね。動物は好き嫌いあるし」
などと思っていた私は、書棚の本のジャンルをたどりながら、奥にある風景の棚の前に行き着いた。
 その女性は、そこにいた……。
 おそらく20歳代半ば。中肉中背。薄い茶色の薄手のコートを羽織り、髪は肩甲骨あたりまで伸ばし……。つまりどこにでもいそうな女性だった。
 風景写真集を扱った書棚の幅は、ちょうど1mくらい。つまり2人が並んで立つといささか窮屈。あとから来た人は「すみませーん」などと斜めから手を伸ばし、見たい本を手に取る、ということになる。

 その女性は一冊の写真集を手に取り、パラパラとめくっていた。
 どこから見ても変なところのない、ごく普通の光景だった。
 私もそのお隣で、ちょっとだけ窮屈な思いをしながら写真集に手を伸ばし、手元でぱらぱらとめくる。
 と、その女性は、今見ている写真集を平積みひらづみにされていた山にもどしつつ、同時に山の一番上においてある同じ写真集を手に取る。

手前の平らな棚に重ねて置かれている様を平積みと言います。

 1冊目の本に気に入らないところがあったのだろうか。変な折り目でもついていたのか……。
 女性は2冊目のそれ(ごく普通の、日本の田舎の風景を撮影した作品集だった)を先ほどと同じように、じっくり確認するようにパラッ、パラッと最初から最後までめくる。
 横目で見ている私には、その写真集になにか問題があるとは思えない。
 しかし女性の眼には、どうやら2冊目にも問題があったらしい。
 写真集女(←ただいま命名)は2冊目を平積みの山に戻し、先ほど戻した本とともに「よっこいしょ」(なんて言いませんが)と持ち上げ、3冊目を手にとる。
 同じように、パラッ、パラッ。じっくりと各ページをめくっている。
 いったい、この女性は同じ写真集のどこをチェックしているのだろう。
 もしや、何冊に1冊か、別の写真が掲載されている特別のプレミア商品があるとか……。
 微妙に違う(のかなー?)印刷のノリをみているのか。
 いや、それとも「真っさら信仰」に支配されたこの女性は、本当に一度も他人に触れていない「処女」写真集を選んでいるのか。
 うーむ。謎は深まるばかり。
 そうこうしているうちに、その女性は平積みにされた8冊の写真集の全てを手に取り、しっかりと中身を確認し終える。
 そして、何事もなかったかのように、その場から立ち去ったのだった。

 (つづく)


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