変な人 (26)下赤塚の赤ジャケ一張羅男
その男は、真っ赤なジャケットを頑固に着こなしていた。
銭湯の隣に併設されているコインランドリー。
場所は東武東上線下赤塚。当時、私は洗濯機置き場のないマンションに住んでいた。
それは、
「たまには広いお風呂に入って、その間に洗濯を済ませ、しかるのち、生ビールを飲みに行く!」
という、これ以上ない完璧な計画のもと、コインランドリーの洗濯機に洗濯物と100円玉を入れ、入浴を済ませ、「さて!」と銭湯から出てきた時のことだった。
ランドリールームに入ると、男が一人。
真っ赤なジャケットを着て、手持無沙汰なのか、狭いスペースをうろうろ歩いていた。
「凄いな、赤いジャケット!」
と思ったのもつかの間、すぐに私はその異常さに気づいた。
男はジャケットの下に何も着ていなかった。
下半身には、トランクスタイプのパンツ1枚のみ。その上に赤いジャケットを着ていたのだ。
つまりジャケットからは、何も穿いていない脚がニョキッと伸びている。
まあ、ここはコインランドリーであるから、事情はすぐに把握できた。
赤いジャケットとパンツ以外ものは現在洗濯中、ということなのだろう。
まさか、この格好で家から歩いてきたということはないだろうから、ジャケットとパンツ以外のすべてをここで脱いで洗濯機に投入したに違いない。
ということは、この男は、この赤いジャケットと洗濯機の中で回っている服以外のものを一切持っていない、ということになる。
潔いというか、何というか。
「この洋服、気に入ってて、いざという時、つい着ちゃうんだよね」
という話はたまに聞くが、この男の一張羅レベルはそんなものではない。
電車に乗るのも、飲みに行くのも、働きに行くのも(働いているのなら)、図書館行くのも(行かないか)、お葬式に出席するのも、すべてこの赤いジャケット。
家にはタンスはない、ということなのか。
一張羅という言葉を調べてみると「特別な時にいつも着てしまう、とっておきの服」といった意味が載せられていた。
その意味なら、この男の赤いジャケットは一張羅という言葉さえ当てはまらないが、ほかに表現が見当たらない。
洗濯するくらいなのだから、少なくともきれい好きではあるのだろう。
「こんな格好で待っているくらいなら、銭湯にでも入っていればいいのに」
とも思ったが、パンツ一丁に赤いジャケットのみで番台を通過できるかどうかは、わからない。
近くの飲み屋で待っているというのも、パンイチでは難しいだろう。
というか、そんな金があれば下赤塚なら楽勝でもうワンセット服が買える。
しかしこれは、つまらない一般小市民の考えであって、赤ジャケ男の価値観、ダンディズムからすれば、違うのかもしれない。
洗濯が終わり、乾燥機に移した我が洗濯物が仕上がる間も赤ジャケ男は静かに、ただ少し落ち着かない様子でランドリールームを歩いている。
やはり彼なりに心細いのだろうか。
「もう一着買えばいいのに……」
なぜか、我が事のように彼のことを心配してしまうのであった。