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60歳からの古本屋開業 第1章 激安物件探索ツアー(3)長い前説

登場人物
赤羽修介(あかば・しゅうすけ) 赤羽氏。元出版社勤務のおやじ
夏井誠(なつい・まこと) 私。編集者・ライターのおやじ
ドカジャンおやじ 不動産屋受付係
キース 不動産屋案内係

キースの前説

「えーとね、お連れできるんですが、先に話しておくとですね、ここの部屋はちょっと入りずらい場所にあって、車は家の前までは入れません。大家さんの家の横の路地がね、細くて、そこを入った先にある物件で。手前の道に止められるけど。だから荷物を運ぶのはちょっと大変かもしれませんね」
 早いところ物件を見せてくれればよいだけなのに、さらにだらだらと前説は続く。今度は手元のチラシの裏に、
「ここ駐車場ね、で、大家さんの家がここで、ここに細い路地があって、物件はここ。2階ね」
と鉛筆で物件の立地、周りの様子などを説明してくれる。
 その物件の説明を聞いていると、キースの話っぷりのせいか徐々に不安な気持ちにさせられる。その細い通路が安さの理由か。大丈夫か。しかしこれは物件を見て激しく落胆させるより、先にある程度がっかりさせておこう、というキースなりの配慮なのか。
 ただ人間も60歳を超えると、そんながっかりや不安の感情も久しぶり。小さな冒険が、かえって好ましかったりもする。不安な気持ちの隅で、ちょっとほくほくした感じになる。
「はい、はい。なるほど。まあ、とにかくちょっと見てみたいですね」
「あ、そう。見る。見るのね。あ、あのさ、あの〇〇町の〇〇荘ね。えーとね、同じような感じの部屋がもう一つあるから、そっちも見てみますか?」
「ああ、いですね、ぜひ!」
「鍵預かってるよね。〇〇荘と、〇〇町の〇〇荘の鍵も出して」
とキースは机の向こうのドカジャン親父に声をかける。やっと案内する気になったかキース。それも、どうやらこの物件のほかに、もう一軒見せてくれるらしい。よしよし。
 キースに話を振られたドカジャン親父は、うんうんと頷きながら、鍵の沢山入った紙の箱を自分のほうに手繰り寄せ、そこから一つ一つ鍵を取り出しながら、鍵に細い針金で括りつけられた小さな紙に書かれた文字を丁寧に確認している。きっとそこに物件の名前や部屋番号が書かれているのだろう。
「あのね、もう一つ、駅から、そうねー、歩いて15分くらいのところにもお勧めの安い部屋があるんで、そっちも見てみますか」
「えーと、もう一つの部屋はね、半年前まで人が住んでて、もし借りる場合は、壁も畳も全部取り替えますので」
「あ、いいですね、ぜひ。それはいくらの部屋ですか」
「うん、まあちょっと見てからね」 
 家賃については、うまくというか露骨にはぐらかされ、さらに5分ほど物件話を聞かされた。
 すると、ようやくドカジャン親父が鍵のピックアップを終わらせたようで、2本の鍵がキースに渡される。
「じゃ、行きましょうか。そこに車がありますので」
 キースは私たちを引き連れ、店の表にでる。

 いよいよ部屋と初めてのご対面である。

(つづく)


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