変な人 (3)新宿、掃除機犬を連れた男
その犬は3つの車輪でお散歩していた。
新宿西口駅前、カメラ街での出来事。
いつものようにカメラショップに並ぶ品々をうっとり眺めたあと、もう夕方の気配が漂う路地に歩み出た。
ウイークデイの午後だというのに結構な人込み。真っ直ぐに歩くのもちょっとつらい。人同士、緩やかに交差して、互いによけながら歩いている。
「次はどの店、覗こうかな」
などと考えながら、通りをボンヤリ見渡していると、30メートルほど離れたところで人の流れがおかしいことに気づいた。
人々がランダムに交差するのではなく、こちらに向かってくる人物を通そうとして歩調が少し乱れているようだ。
その中心には、ちょっと小太りの外国人がいた。
縮れたちょい薄の金髪。身長約170センチ。Tシャツにゆるゆるの短パン、サンダル。
電気街などでよく目にするタイプの外国人である。別に珍しくもないし、体格で威嚇し周りが避けるといった感じでもなかった。
しかし、人々はその人物を緩やかに避けていく。
理由は、彼が引き連れている「それ」にあった。
彼の左手に握られた紐(というかライン)の先には、掃除機が繋がっていた。
うしろに2輪。前に1輪。アーモンドのような形をしたクリーム色の掃除機が、お尻の側を前にして、まるで犬の散歩のように引っ張られている。
「何かの撮影?」
この通りは、外国映画でも日本的街並み(電気街バージョン)の撮影に時折使われているという。
しかし、それにしては中途半端だ。人を驚かすことが目的なら明らかに失敗している。
掃除機くらい引っ張って歩いても、都会の人はそうは驚かない。
事実、彼を避けて通る人たちも「変なヤツ」という一瞥はくれるものの、驚愕の顔で唖然と立ち止まるような、カメラ的に美味しい反応をする人はいない。その意味では、街に溶け込んでいる。
「修理?」
カメラが中心といっても、ここは電気街。大きな電気店が立ち並ぶ。掃除機を修理に出すために持参したが、重いから引っ張る。ありえないことではない。
しかし、ちょっと微笑みまで浮かべて掃除機犬を連れて歩く姿を見て、私は確信した。
「これは彼のペットなんだ。一緒に出かけて、一緒に散歩してるんだ」
まあ、人に迷惑をかけているわけでもないし。聞くところによれば、所沢にはタワシを散歩させている男もいるという。
それにしても、彼はこの新宿までどうやって来たのだろう。
電車? 彼は車内で大切なペットをどのように扱っていたのだろう。
(つづく)