変な人 (29)近所に住む、不思議なピッカピカ男
その車は、いつ見かけても鏡のようにピカピカだった。
私が車を使うのは主に週末。
土曜の午前中に車で買い物に出かける、というのが定番だった。
そのピカピカの車は、私が駐車場に向かう通り道に駐車されていた。
そして私が出かけるその時間、黒い、2000ccくらいありそうな大きめの車の傍らには、必ず一人の男がしゃがみこんでいた。
40才代後半か。髪をオールバックにした立派なお勤め人おっさん風。
男は顔を車体に近づけるようにして細かく表面をチェックしながら、それはそれは丹念にワックスがけをしている。
買い物を済ませ帰宅するときも、驚いたことに、男はまだ熱心にワックスがけ作業を行っていた。
「この人は本当にこの車が好きなんだな」と漠然と考えた。
男は次の週も、その次の週も、そのまた次の週も土曜日の午前中いっぱいを使って車を磨き上げていた。
偶然見かけたのだが、どうやら男はワックスがけを終わらせると、そのまま1時間程度ドライブに出かけているようだ。
しかし、どうも車を動かすのはその時だけらしい。
それ以外の時には、いつ前を通っても車はそこに駐車され、ただ黒く輝いている。
「一週間そこに置いておくだけでも、やっぱり汚れるのかな」
そういえば家の家具も、一週間もするとほこりがうっすら溜まってくる。
外に止めてある車なのだから、何もしなくても、それなりに汚れも付くのだろう。
そんなある土曜日の午前、意外な出来事が起こった。
車が変わっている。
車に詳しくない私にもわかるほど、全然違う車がそこに停まっていたのだ。
そして男は、やはりその傍らにしゃがみこみ、顔を車体に近づけるようにして丁寧にワックス掛けをしている。
「え? この人、あの車が大好きだったんじゃないの?」
少し驚いた。
しかし話はそれで終わらなかった。
それから約3年。また車が違う!
あんなに熱心に磨き上げられていた車が、また変わっている。
なんだこの男は。
そうだったのか。男は車が好きなのではなく、磨いてピカピカにする行為、そしてピカピカな状態こそが好きだったのだ。
ああ、本当にいるんだ、そんな人。
きっと家の中もピッカピカなんだろうなー。
床も家具もトイレもコップも、みんなピッカピカなのだろうなー。
しかし家族は、そんなピッカピカの空間と、ひたすらピッカピカを愛するお父さんをどう思っているんだろう。
そして男は、そんなピッカピカの空間で、ピッカピカではない奥さんや自分の存在については、どう納得しているのだろう。
そんな不埒なことをつい考えてしまうのであった。