変な人 (45)とあるローカル駅、写真ニュースを激写する男。
その男は事件の起こった瞬間を熱心に撮影していた。
といっても、大事件の現場写真を危険を顧みず撮影していたわけでは、全然ない。
これは、私鉄沿線マイナー駅でのこと。
改札のある2階に上る階段の入り口に「朝日写真ニュース」という掲示板がある。
ご存じだろうか、「朝日写真ニュース」。
大事件、話題の出来事などが写真と短い文章で張り出されている掲示板である。
だいたい出来事発生から1週間から10日遅れくらいで、その内容が張り出される。
この掲示板は他の場所にもまだ存在しているのだろうか。この駅だけの奇跡なのか。
いったい何のために、この掲示板は存在しているのだろう。
今や、夕方のテレビニュースさえ「もうネットで知ってるよ」ということがほとんどの昨今。10日遅れの紙ニュースがどうして存在するのか。
朝日新聞の、ものすごく偉い人が立ち上げた事業のため、やめさせない。やめられない。
朝日新聞がリストラしようとしている社員への嫌がらせに、この掲示板担当にする。
テレビも観ず、新聞も購読していない人々に世の中の出来事を知らせる新聞社としての社会的使命。
朝日新聞の地道な広報活動。
あまりにも地味な仕事のためについ見落とされ、誰も止めろと言い出さない。
,朝日新聞をやめた人の天下り先。
何かの秘密のメッセージが隠されている。
うーん、いくら考えても分からないが、「無駄は悪!」と言われ過ぎている今だからこそ、ずっと続けてほしいものだ。
その男。推定年齢30歳、長髪、ジーンズ&くたびれトレーナーの変な男は、この「朝日写真ニュース」の前に佇んでいた。
そして、スマホを取り出すと、貼りだされている「写真ニュース」を1枚1枚丁寧に撮影し始めたのだ。
いったいなぜ?
10日前の古い出来事の記事をなぜ撮影しているのだろう。それも1枚1枚。
彼は、ここに貼りだされている出来事を知らなかったのだろうか。
それとも写真ニュースを集めるのが趣味なのか。
貼りだされた紙そのものなら、「なんでも鑑定団」に持っていったらそこそこの値段がつきそうだ。20年後くらいに。
しかし彼が集めているものは、ただの写真である。
そもそも、その写真をどうするのだ。自分で見るのか?
誰かに見せるのか?
……病に伏せる母親に?
「ほら、世の中ではこんなことがあったんだよ」
「あら、大変だねカズオ。お前は大丈夫なのかい?」
「うん、元気でやってるよ」
なぜか、そんな意外に良い感じのシーンまで想像してしまうのであった。
(つづく)