60歳からの古本屋開業 第1章 激安物件探索ツアー(2)おやじとおやじ
登場人物
赤羽修介(あかば・しゅうすけ) 赤羽氏。元出版社勤務のおやじ
夏井誠(なつい・まこと) 私。編集者・ライターのおやじ
ドカジャンおやじ 不動産屋受付係
キース 不動産屋案内係
ドカジャン親父
店内入ってすぐ正面右壁には、入り口をふさぐようにして30㎝もスキマを開けずママごとのような小さな二人掛けのソファー。勢いよく店に入ろうとすれば脛のあたりを確実に強打するだろう。そのソファーの前には人一人が体を横にしてやっと通れるほどの通路が奥に繋がり、左手に灰色で鉄製の大昔のドリフの会社コントで登場したような机が一つ。机の隣には人がぎりぎり通れる隙間を空けて灰色のスチール棚。そのさらに奥にA3くらいの大きさの給湯スペースがちらっと見える。小さなソファーの前には、やはりママごとのような小さな、本当に小さなテーブル。テーブルの両側に座っても、顔が40㎝くらいに接近してしまうだろう。テーブルの反対側にこれも小さな、絶対IKEAには売っていないであろうビニール張りの丸椅子。これですべて。奥行き推定4m。よくこんなスペースを駅前で探し出したものだ。さすが地元密着の不動産屋である。
引き出し棚の上に置かれた小さなテレビでは時代劇が放映されている。灰色の机の向こうのわずかなスペースには、そこにはまり込むように小柄な親父がいた。
親父の年齢は推定75歳。昔で言うドカジャン風のぼわぼわの襟を付けた作業ウェアを着て、ちんまりと机の向こうに座っている。小柄なせいか、肩の上くらいからしかこちらからは見ることができない。顔は温和なサルのようなのだが、小さな奥目だけは疑わしそうな光をたたえている。毛は年相応に後退し、もうすぐ砂漠化しそうな感じ。
お茶を飲みながら時代劇を楽しんでいた様子だ。銭形平次か。この時間に銭形平次とは、たぶん時代劇チャンネルといったものを契約しているのだろう。
そのドカジャン親父は「いらっしゃいませ」という言葉もなく、「え、何?」といった感じで、皺の中の疑り深そうな目と、それにしては全体的に油断した不思議そうな顔をこちらに向ける。
少なくとも人をだます感じには見受けられないが、これから大切な部屋のことを相談する相手としては「大丈夫か~」という印象である。
「こんにちは。あのー、表の張り紙見たんですが、この2万5000円の物件って見ることできますか?」
ガラスに張られた物件の張り紙を裏から指さしながら伝える。
不動産屋さんを訪ねてきた客の、ごく普通の会話のはずなのだが、ドカジャン親父は、なぜか少しギクッとした表情になる。
「えーとね、ああ、部屋のことね。ちょっと待ってくださいね、人呼んできますから」
そう言って私たちを店に残し、建付けの悪い扉をケッ、キ、キ、キと開けて外へ出ていく。
人? 呼んでくる? いったいどこに探しに行ったのだろう。この不動産屋には別室があるということか。それともパチンコ屋? まさかこの上に住んでいるとか? そんなことを想像していると、ものの3分もしないうちにもう一人の男が現れた。
キース・リチャーズ
こちらも年齢のころは70歳中盤といったところか。ドカジャン親父とは対照的に背が高く、瘦せている。細面。だが手足の付き方、特に肘を起点にした腕の動かし方がなぜかローリング・ストーンズのキース・リチャーズに妙に似ている。その長い腕をひょろひょろと動かしながら慣れた物腰で器用に狭い通路を通り、小さなテーブルの前の小さな椅子に腰かける。
「えーとお客さん、どれ? ああ、この部屋ね。この2万5000円のやつね。今日ね、社長ちょっと来てないんだよね。まあ、部屋は見られるか、ちょっと連絡してみるね」
スマホを手に取りどこかに電話をかけ話はじめる。相手は本日休みの社長ということなのだろう。1,2分話した後、
「えーと、大丈夫ですよ。こっからね、歩くと15分くらいかな」
と、やや前向きの態度となり、やっと不動産屋さんらしい会話に突入する。
2人で共同で借りる事。
書庫として使用し、生活はしないという事。
だから安けりゃ安いほど良いということ、などこちらの条件を簡単に伝える。
「お2人で借りられると。えー、そうなるとですね、お2人とは別に成人の方の保証人というのが必要になりますね」
「え? 保証人ですか。まあ、大丈夫ですけど、うちの娘が成人してますけど、それでも大丈夫?」
「ええ、まあそれでも。なにせ一番困るのは、ゴミをね、そのままにしていなくなっちゃうような人がいるんですよ。この物件もそれでね、片付けるのにお金かかったし」
「ぼくら大丈夫ですよ、この近くに住んでますし、身元もしっかりしてますよ」
「ええ、ええ、まあね。とにかくね、荷物をね、置いたままいなくなっちゃうのがね。だからね、保証人が必要なわけでね」
どんだけ大変な思いをさせられたのかわからないが、キースはなかなか疑り深い。もしや2人で2万円物件を借りるというところに不安を感じているのか。しかし当の本人が、その怪しい2万円物件を金をとって貸そうとしている当事者である。
会話の中からこちらの不備、隙間を探し当てようとしているのか、それともこれが不動産屋さんの常識なのか、あれこれ世間話や質問などを続ける。よほどゴミの置き捨て、夜逃げの過去が痛手だったのだろう。
そんな不動産会話を10分ほどされたあと、キースは諦めたのか納得したのか、やっと次のステップの話を切り出す。
(つづく)