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【連続小説3】棒振り

高校の頃に仲が良かったやつっていたっけなーー
クラスでも部活でも、何となく話をする程度の友達はいたが、今でも定期的に連絡を取っているような人はいない。記憶を辿っていくと、高校を出たあとに、おそらく何回か二人で飲んだことがあるのを思い出した。高校の頃海外のロックが好きだった俺は、ふとしたことから忠志と音楽の話をするようになり、二人でカラオケやゲーセンに行ったこともあった。

卒業後はしばらく会っていなかったが、二人とも好きなアーティストとして話していたバンドがアルバムを発表したタイミングで、忠志のことを思い出した。連絡先が残っていたので、どうせ返ってこないだろうと思いつつ送ってみたところ、その後もたまに飲みに行くくらいの仲にはなった。

――久しぶり。同窓会の誘い来た?
5年以上は開いているだろう。久々に連絡するのは少し緊張した。意外にも返信はすぐに返って来た。忠志も同窓会に参加するとのことだった。招待状が届いているということは、俺も参加していいのだろうから、行くことにした。

適度にフォーマルな私服なんて持っていないので、ファストファッションで少し高めの値段と感じる服を買った。丸襟の縫込みがしっかりとしており、生地も集めの白Tシャツ。その上に少し光沢がかったジャケットを羽織り、無難なグレーのスラックス。足元もおろしたてで、汚れがなくて逆に目立つ白スニーカー。何かのメディアで、ベンチャー企業の自分の社長がこんな格好をしているのを見たことがある。普段現場で誘導灯を振っている俺でも、恰好だけ揃えたら、それっぽく見える。見た目で印象って変わることが、しょうもなく感じられて、笑えた。こんな服装をしている自分にも、笑った。

地元で一番有名なホテル――といってもそこそこ廃れた地方都市のホテルの宴会場が貸切られ、人で賑わっている。ほとんどが何人かのグループを形成しているが、中にはまだ俺のように、ゆとりを持った雰囲気で周りを見渡しながら、内心一人でいることに焦っている人も数人いる。

見覚えがある男を見つけた。おそらく忠志だ。隣に誰か女性もいるが、とりあえず近づいてみる。彼だと確信を得られ、話し掛けた。
「おう、久しぶり」忠志は昔からほとんど変わらない。30の半ばに差し掛かろうとする今でも、腹は全然出ていないようだし、くたびれている雰囲気もない。
「こちら、里美、覚えてる? 結婚する予定で、去年から一緒に住んでいるんだ」
正直、まったく記憶になかった。忠志に女がいることも今までなかったし、少し驚きながら挨拶する。
とりとめもない会話をしていると、里美は他の女性たちに話し掛けられてそのままそちらへ合流し、忠志と俺の二人になった。
「彼女いたんだな」
「去年の頭くらいにね、急に連絡が来て」
女性から急に連絡が来る?「どういうこと?」
「SNS見てたらさ、メッセージが来ていて。高校の友達つながりで、表示されていたらしいのよ。で、メシに誘われて、流れで付き合うことになったわけ」
随分とスムーズだ。女慣れしていないであろう忠志がそんなに円滑に進められるとは想像し難い。そんなことを考えていると悟られないように平常心を装いながら、会話を続ける。
「今はどの辺に住んでるの?」
都心部から電車で30分ほど。ベッドタウンと呼ばれるような地域。
「人生で始めて一軒家に住んでんだけど、やっぱ台所も広いと料理しやすいし、快適だな」
俺は驚く。いつの間にそんなしっかりした稼ぎを得られる状態になったんだ。俺が知る限り、彼は工場でフォークリフトに乗る仕事をしていた。
「男女20人くらいで一緒に住んでるんだよ」
余計驚き、さすがに詳細を訊ねると、
「里見と付き合ってから、暗闇キックボクシングに誘われたのよ。そこで会う人たちがみんな良い人でさ。最初は教室に通ってたんだけど、その中の何人かはデカい家でルームシェアっていうか、同居してるんだって。里美に誘われて、良いかなって思って引越したんだ」
そんな世界があるのか。忠志は楽しそうだし、少し興味は湧いた。
「男女一人ずつが揃ってないと、入居はできないんだけどさ。まだ部屋空いてるから、おまえも興味があったら。まず教室からでも良いし」
パンフレットを渡される。「そんなんあるんだな。ありがとう」
ひとまず受け取ったものの、自分とは縁がないだろう。そう思って、頭に端に追いやっていた。

3カ月ほど経ったーー
休日、あえて都心部へ出るときがある。普段世間から隔離されている気がしているから、都心へ行って、今の世の中に触れるというのが目的だ。カフェへ入って行き交う人を眺めたり、文庫本をぼーっと眺めながら隣の人の会話を聞いたりしている。

そろそろ帰るかと駅へ向かって歩いていると、「すいません」背後のから女性に話し掛けられた。目は二重で大きく、鼻筋は通っており、艶のある黒髪が肩まで静かに揺れている。
「今ってお時間ありますか」
少し困惑したが、何の変化もない日常に辟易としていた。なにか刺激が得るために、飛び込んでみるのもありだ。
「はい、まあ、あるっちゃあるかな」
「良かった。急にごめんなさい」女性は安心したように微笑む。
「社会人サークルでアンケートをやっていて。少しだけ協力してもらえますか」
時間があると言った以上、断る理由もないので、頷き、彼女に着いて行く。
着いたのは、社会人サークルという言葉が似合わない、繁華街の奥にある雑居ビルだった。
「ここの3階です」
何かの相談所か団体か、もしくは住居として使っている人もいるようだ。得体の知れない雰囲気の中で、3階へ上がる。

アルミ製のようなシルバーの扉。上部へ磨りガラスで中が見えない。彼女がノックしてから、2分くらい経ったんじゃないか。ドアを開けたのは、ドレッドヘアで、茶色のサングラスを掛け、しつこい柄のシャツを着て、オーバーサイズの穴の開いたジーンズを着ている男。
「うい」とぼそっと言って、女と共に中へ入っていく。

圧倒的的な怖さと少しの好奇心で、俺の心臓はバクバクと音を鳴らしていた。

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