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読書記録「チボー家の人々 1914年夏 III」ロジェ・マルタン・デュ・ガール著

山内義雄訳
白水uブックス
1984

ジャックがメネストレルの指令でベルリンに赴くところから。
電車の中での会話からドイツ側からの見方が読者に提示されるのは見事だ。
アントワーヌがフランスは平和主義だと思っているのと同じように、ドイツも自分たちの国は平和主義だと思っている。

ジャックの任務は受け取った書類をメネストレルのもとへ運ぶこと。
書類を盗み出す場面はちょっとスパイ小説っぽい。
ジャックの気持ちの中では書類を盗む行為への違和感と、危険な任務でなくてほっとした気持ち、そして同時に危険を冒すことのないことが情けないといったような気持ちが入り混じる。

書類を持ってブリュッセルに向かったジャック。そこで各国からのインターナショナルの仲間や、スイスでの馴染みの仲間たちと再会する。
そこではインターナショナルの本部総会では戦争の危機にどう対処するか、各国の代表が話し合いが続く。今も変わらず答えの出ない問題がそこにある。

そこには、ふたつのテーゼ、いつもかわらぬふたつのテーゼの対立が見られていた。ある者は、なるほど攻撃的戦争の場合はストライキの原則認めよう、だが守勢的戦争の場合には-ストライキによって麻痺状態におかれた国は、必然的に侵略者の蹂躙にまかされなければならないから-敵から攻撃された国は、武器をもってみずからを守る権利と同時に、その義務をも有することを認めよう、と言った。…そして問題は、侵略国家という、明確な、異論のないような定義をいかにして定めるかということだった。

インターナショナルとしてまとまった結論は出せない。
それでも集まった人々を惹きつけずにいられないジョーレスの演説。そして興奮の中で会場に響き渡るインターナショナルの歌。

そんなインターナショナルの人々の興奮の中で、”戦争にたいする戦争”を唱えながらも本心は隠したままのメネストレル。彼には戦争を避けようという考えはない。

だが、インターナショナルの試みている戦争反対のあらゆる行動も、ぜったい戦争を防止し得ないだろうという確信だけは、なにものによってもゆるがされなかった。「真の革命的状態を作りだすためには、戦争が必要だ。」と、彼はアルフレダに言っていた。

そんな中受け取ったジャックからの書類。
そこにはドイツとオーストリア両国の参謀本部の間に何か了解のできていることの証拠が示されていた。それが世に知られたら戦争反対の世論がたちまち巻き起こり、戦争が防止されてしまうかもしれない。そう考えたメネストレルは書類を自分の中だけにしまっておく決断をする。

ジャックが目撃したアルフレダとパタースンの様子。

ふたりは、もはやいつものふたりではなかった。…光の明暗が、骨ばった顔の形をはっきり浮かばせ、パタースン顔は奇怪なかたちで刻み出されていた。…アルフレダの顔も、それに劣らぬ変化を見せていた。はげしい、思いつめたような、悪びれぬ淫蕩さを見せた表情が、その顔だちをゆがめると同時に卑しいものに変えていた。

幕切となったメネストレルとアルフレダとの関係。その関係が切れたことが契機となって、彼は受け取った書類を焼いて永遠に葬ってしまう。

メネストレルと異なり、暴力そのものを嫌うジャックは兄に向かってこう言う。

ぼくにとっては、あらゆる日和見的な理屈などより、ぼくの良心の声のほうがずっと大きい。それにまた、法律なんかより、良心の声のほうがずっと大きいんだ…暴力によって世界の運命を蹂躙させないたったひとつの方法は、自分自身、あらゆる暴力を肯定しないことにある!人を殺すことを拒絶すること、ぼくは、それこそ尊敬さるべき高貴な精神の一場合だと信じている。

ぼくは、戦争反対の闘争をつづける!最後まで!あらゆる手段をつくして!あらゆる!…必要とあらば…革命的サボにうったえても!

だが、兄さん、このことだけははっきり言える、ぜったいに言える。兵士になる?そんなことはぜったいごめんだ!

目の前に現実問題としてある徴兵。立場を異にしながらも、そこにあるのは弟を心配する切実な思い。

迫りつつある危機の中で絆を深めてゆくジェンニーとジャック。
ジャックがベルリンから戻ってきた後、彼女は彼と行動を共にするようになる。
パリでひとりぼっちのジェンニー。ダニエルは徴兵でアルザスの方におり、母は父の女性関係清算のためにウィーンに行ったあと音沙汰がない。
ひとりでいるのがたまらないのもあるが、ジャックを理解したいという思い、そして1人にしておいては危ないという思いもあってのことだろう。

ジェンニーと一緒にいる時にジャックが成り行きで行った演説。始めこそ上手く言葉が伝わらなかったものの、それは人を惹きつけずにいられない。この辺りから警察に目をつけられているかもしれないという不安がジェンニーにも、そして読んでいる側にもよぎる。

最初の巻でアントワーヌとアンヌとの恋愛模様がしっかりと描かれていて不思議な感じがしていたのだが、ここにいてその意味が分かった気がする。
アントワーヌのアンヌへの気持ちがアントワーヌの価値観が変わったことを何よりも表しているのだ。それは戦争が目の前に迫って自分のことで頭がいっぱいになったという以上の変化。
きっかけは善良で真面目なバタンクールに会ったことではあったが、明らかに家を豪奢にリノベーションした頃の彼とは大きく違ってきている。

いけない…こんなことをしていてはいけない…人生は、こんなものであるべきではない…自分第一と考えるのもいいだろう。そして自分の楽しみとか、自分の慰みとかを…だが、そうしたひどいめに合わされる多くの人を、軽々しく踏みにじることの空おそろしく思われる多くの人々の運命が存在している…つまり、おれのような人間、おれのような生涯、おれのような生活、おれのやっているような行為、そうしたものからこそ、世の中の混乱、虚偽、不正、精神的苦悩が生まれてくるのだ…

戦争反対を唱えていた指導者たちにも諦めのムードが漂い、世論や街の様子からも戦争が近いという空気が漂うフランス。ムールランの言葉が重い。

…つまり、その国家なるもの-すなわち、やつらが、社会主義的共和国によって、とってかわらせるため、適当な時期にひっくりかえすことのできなかったところのもの、いや、ひっくりっかえしたくなかったところのもの-それをいま、やつらは、ひとたび敵の騎兵の姿が国境線にあらわれたが最後、剣付き鉄砲で守るよりほかに知恵がないんだ!しかもやつらは、そっと準備をはじめている!…こんなありさまを見せられようとは!

ジョーレス暗殺の場面に出くわしたジャックとジェンニー。平和への最後の希望だったジョーレスの死。
ジャックは、そしてジェンニーはこの後どんな行動を取るのだろうか。

これまでの感想
チボー家の人々 灰色のノート
チボー家の人々 少年園
チボー家の人々 美しい季節
チボー家の人々 診察
チボー家の人々 ラ・ソレリーナ
チボー家の人々 父の死
チボー家の人々 1914年夏I
チボー家の人々 1914年夏II

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