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ロック好きに聴いてほしい エモラップ/トラップメタル以降のヒップホップ良曲5選

エモラップ/トラップメタルなどの新興ジャンルが登場した2010年代における音楽シーンの変遷を経て、現行のヒップホップは10年前、5年前のそれとは大きく様変わりしつつある。

本記事では「ロック好きに聴いてほしい」と題して、大枠ではヒップホップというジャンルの系譜に含まれつつも「これって実質ロックでしょ?」と思ってしまいそうな新感覚の楽曲を5つ紹介する。

なお、本記事で紹介するようなスタイルが生まれた背景にある動向にかいつまんで言及しておくと、以下のような流れがある。

・00年代のトラップミュージック台頭以降、オートチューンを使用してラッパーが「歌う」スタイルが定着した
・10年代中盤、Lil Peepを始めとしたアーティストが90~00年代のエモーショナル・ロックやオルタナティブ・ロックにみられる歌メロのフロウやギターサウンドをヒップホップに採り入れた
・SoundcloudやYouTube等のプラットフォームを介してシーンが変遷するなかで、インディーポップと関連の深いベッドルームポップやEDMの系譜に近いハイパーポップ、Lo-Fiブームなど様々な新興ジャンルとのクロスオーヴァ―が進んだ
・トラップビートにマンネリを感じた一部のミュージシャン達がTR-808のマシンビートに代わって生ドラムを使い始めた

また、当記事で触れるアーティストが必ずしもラッパーを自称していたり、自ら楽曲に"Rap" "Hiphop"とタグ付けしている訳ではなく、あくまで「エモラップ」「トラップメタル」など新興ジャンル以後のムーブメントを語る上でメディアにおいて言及されがちなアーティストやYouTubeチャンネルから発表された作品をまとめたものである点をご留意頂きたい。

ロックリスナーに向けて

ロックリスナーとしての我が身を振り返ると、最近では80~90年代から続くEpitaphやSub-Popなどの名門レーベルや、エモリバイバルの流行と併せて00年代以降に登場したRun for Cover等のロック系レーベルからのリリース、権威あるロックミュージシャンお墨付きの新人やPitchforkでレビューされるインディー系の新譜ばかりをチェックしており、このような既成の「ロックシーン」外の動きには食指が伸びないことが多い。

5th wave emoなどの新たな動きは時折生まれながらも主流なムーブメントには至らない一方で、「ロック」というある種硬直感のあるシーンの外側で「実質ロック」と呼べるような楽曲が20歳前後の若手アーティストの手で大量生産され、YouTubeでそれぞれ数十万、数百万(時には数千万)回再生されるほどの大規模な流行を博している旨は、日頃ロックばかり聴いている自分のようなリスナーにこそ知ってほしい事実だ。

本記事に目をとめて頂いたロック好きの皆様にとっても、ここで紹介する楽曲が、私のように懐かしのアーティストやレーベルばかり聴いてしまいがちな日々を振り返り、若手アーティストによって牽引される「ロック外」のムーブメントに目を向ける一助となれば幸いである。

shrimp - this body means nothing to me

エモラップ系のMVを公開する人気YouTubeチャンネル「デーモンAstari」から2020年12月に発表されたジョージア州アトランタのアーティスト shrimpによる楽曲。エレキギターと歌のみのシンプルな構成ながら、美しいコードワークとshrimpの優れたメロディセンスが光る一曲だ。サビ部分での手の動きに申し訳程度のヒップホップ要素を感じられるところも泣けてくる。

登録者数76万人を誇るデーモンAstariは(過去曲の再生数の推移やTwitterでメンションされた頻度から判断して)2019年頃に最盛期を迎え、現在は安定期とも言える状態にあるチャンネルだが、現在でも当楽曲のようなエモラップの系統に分類される作品を多数投稿している。日本人では釈迦坊主やTYOSiNなどのアーティストが当チャンネルから楽曲を発表している。エモラップ/トラップメタル以降のシーンで影響力を持つYouTubeチャンネルでは、登録者数410万人を抱えるTRASH新ドラゴンなども要チェックだ。

ZillaKami - NOT WORTH IT

唯一無二のシャウト・スタイルとファッションで知られるラッパー 6ix9ineのソングライターとしても名高いニューヨークのZillaKamiが2021年8月に発表したMVがこちら。90年代のミクスチャーやオルタナティブ・メタル、同時期のパンクバンドを想起させるようなスケートパークを用いたMVと、ディストーションギターをフィーチャーした骨太なトラックが印象的な楽曲だ。ZillaKami本人は現在21歳だが、90~00年代に青春を過ごしたミクスチャー世代のハートにもバッチリ刺さりそうなキャッチ―さを持つ楽曲を手がけるアーティストである。

ZillaKamiは同郷のラッパーSosMulaとのヒップホップデュオCity Morgueとしても活動しており、こちらでもパンクやグランジに強く影響を受けた楽曲を発表している。ZillaKamiやCity MorgueについてはJinmenusagiを始めとした日本人ラッパーもインタビューでしばしば言及しており、国内シーンにも少なからぬ影響力を持つアーティストだ。

SAIAH ft. Tom The Mail Man - CHEATER

先に紹介したアーティスト/チャンネルと比べるとインディーポップやハイパーポップ色の強い楽曲に力を入れるYouTubeチャンネル Overcast から2021年8月に発表された、アリゾナ州のアーティストSAIAHの楽曲。シンプルなバンドサウンドのトラックとエモラップ以降のメロディ/フロウのセンスを感じさせるボーカルをバランスよくまとめた一曲で、特に楽曲終盤で爆発するエモーショナルロックど真ん中な展開には拳を振り上げたくなること間違い無し。

Overcastからは、他にもサブスクのエモラップ系プレイリストでしばしば見かけるbrakenceやglaiveなどの人気アーティストや、先日EpitaphからもリリースしたLil LotusのMVも公開されている。デーモンAstariほど登録者数は多くないが、よりコアな作品を掘り進めたいリスナーには是非チェック頂きたいチャンネルだ。

Young zetton - 殺せ

京都出身のアーティストYoung zettonによる2021年4月発表のMV。楽曲は言わずもがな、本人のルックスも含めて昨今のロックシーンではまず見かけることのない高純度なパンク/ロック・スタイルを体現するラッパーだ。

インタビューで本人が語るとおり、先に紹介したCity Morgueに代表される海外のパンク系トラップメタルの流れや、甲本ヒロトなど国内のパンクロッカーから色濃く影響を受けていることは当楽曲からもはっきりと伺える。本人が敬愛を表明しており、他曲で共演している大阪の人気アーティストJin Doggも同ジャンルの流れに含まれる楽曲を発表しており、彼による大阪のハードコアバンド・ヌンチャクのカバー曲は、特に関西における同ジャンルの隆盛の最初期に発表されたものとして重要だ。近しいシーンで活躍するアーティストには他にもMIKADOYokai Jakiなどが居り、過激さに振り切れた楽曲を生み続けている様は「関西ゼロ世代」のような関西圏における旧世代のムーブメントを彷彿とさせる節もあり、特にパンク好きには是非チェック頂きたいところだ。

SATOH - getting out feat.who28

Lingna(Vo.)とkyazm(Gt.)による日本のデュオSATOH(旧・S亜TOH)が2021年1月に公開したMVがこちら。エレキギターのバッキングとエイトビートのドラムを主軸に構成された疾走感あるトラックと、エモラップの系譜に位置するアーティストwho28によるラップをフィーチャーした一曲だ。自らを「ハイパーポップ・デュオ」と称する通り、サウンドやアートワークには確かにハイパーポップからの影響も伺える。MVで使用されているギターがレゲエマスターとジャズマスターという所もオルタナ好き的にグッとくるポイント。

フィーチャーされているwho28による最新の楽曲では、ゼロ年代のJロックからの強い影響を感じさせる(コメントで言及されている通り、NARUTOのオープニング曲を彷彿とさせるような)サウンドを採り入れており、エモラップ以降の流れを消化(昇華)する上で試行錯誤する国内シーンの熱気を感じられる。

まとめ

上記に見てきた通り、2021年現在の音楽シーンではヒップホップやロック、EDMなど様々なジャンルのクロスオーヴァ―が進んでおり、ジャンルという枠組みの曖昧さ・無意味さが日々増しつつある印象だ。クロスオーヴァ―に向かう流れの一方で、トラップメタル系の楽曲が人気を博したのちに伝統的なブーンバップ・スタイルに着手したJin Doggのようなラッパーも存在しており、多岐に広がるシーンの動向が見逃せない。

※タイトルの通り、本記事ではロックリスナーである筆者がロックリスナーに向けて注目すべきアーティストやYouTubeチャンネルを紹介しましたが、恐縮ながら筆者はヒップホップについては浅学なため、ジャンルの歴史や動向について誤認・誤解などがあれば当記事にコメントいただければ幸いです。

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