架空小説「棗の日」1
架空小説「棗の日」の中に出てくるセリフたちを、章ごとに抜粋しています。
存在しない人間の輪郭が見えますか?
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「君は可愛い」
精一杯の可愛いを生きたかったな。
若さは燃える綿のような一瞬の輝き。
マグネシウムのように眩い光を放つ。
若さには賞味期限があるの。
それもとびきり短いもの。
わたしは可愛いわたしを生きられなかったんだね。
「貴婦人、庭にて」
いくら良い種を貰おうともね、
それを育てられるだけの良い土と肥料、
そして水がなければ花は咲かないのよ。
花を咲かせられるだけの土壌がそこに無いのであれば、
腐る前に抜け出さなければならない。
自分の死骸を肥料にするようでは、
ずっと花は咲かないでしょう。
「言葉を吐く」
言葉は不思議で、
同じ言葉でも場面や発言者によって、
意味も重みも大きく変わってしまうものよ。
名言は成功者の口から出るから価値があって、
私などが口にしたところで数多に広がる言葉の海に消えていくだけでしょう。
でもそんなわたしの言葉を掬い上げてくれる人がいる限り、私は言葉を綴るのよ。
「小さな別れ」
楽しかった時間は嘘のように刹那に消えるね。
小さな折り畳み傘を片手に友人に別れを告げたの。
「また来るからね、ありがとう。(いつまでも変わらずに遊んでね)バイバイ。」
心の中で呟いた一行は届いたんでしょうか?
わたしは孤独が怖い。
いいや、孤独が怖いわけじゃない。
あなたが眩しくて、わたしなんかと釣り合わなくって。
それでもわたしと一緒にくだらない笑いに付き合ってくれるその瞬間が恋しくて、
手放したくないんだ。
友人宅に背を向け雨に打たれながら歩き出す。
また独りになる。
「アパレル店員の葉」
友情は衣服のようなものです。
気に入ってたくさん着ていた服があったのに、
いつの日か着用頻度が減り、
いずれ着ることがなくなってしまう。
久々に着てみようとした時には、
サイズもデザインも自分に合わなくなってしまっている。
切なく行き場のない愛着だけが残る。
自分の背丈に合わせて服を選んで生きていく事。
好みが移り変わっても大丈夫だよ。
「チクチク」
私の心は表裏一体。
調子に乗って誰かを悪く言ってしまう心がある一方で、
その罪悪感が心の棘となり良心を痛めてしまう。
皮肉にも、どちらの心も兼ね備えて時と場合で使い分けられる人間が、
今日も器用に生きていられるんだよ。
なんだか全て捨てて夜に溶けたいな。
「ひとりの」
夢や目標、情熱を忘れた。
諦める事を知った。
世の中が異常に見えた。
自分だけは特別だと思い込んでいた。
何もないのに。
何が自分を自分たらしめるのかもわからず、
誰かの声を求めてさまよう。
誰の声も聞きたくないのに、
他人を見下し侮蔑する。
孤独が怖いのに。
わたしってバカみたいね、ねぇ笑ってよ。
続く