silent6話の亡霊
まだ学生の頃、スーパーの店内で抱っこしてと泣き叫ぶ小さい子を連れたお母さんが子どもの方を見向きもせず野菜を選んでいるのを見ると、なんで抱っこしてあげないのだろうと思っていた
そういう時には子どもの相手をするより少しの間心を無にしてとにかく買い物を終えて外に出た方がよっぽどお互いにとって良い時があるというのを知ったのは、自分が母親になってからだった
日常を生きていると、常に自分のいるこちら側がこの世の正解であり正義だと思ってしまうけれど
私の心にあった「どうして抱っこしてあげないの?」という気持ちは、子どもを連れたお母さんと10代の学生だった私とをはっきり分断していた
この世には色んな正義も、色んな苦しみも、すぐそばで一緒に存在している。
『好きな言葉をくれますね』
「想はポニーテールが好き」と湊斗が言った後にポニーテールにしてみる紬とか
ちょっと性格悪くなったねと想に言われて「モテたいからね」と返す湊斗とか、どうしたって湊斗と紬のお互いの心にある3年間の存在が大きくて、ちくちくと胸が痛む
そして同じようにこの間、奈々の心にはずっと想がいた
『奈々にだけ伝わればいいから』
自分のために自分の好きな人が覚えてくれた手話での会話は奈々にとって大切な、宝物のようなもので
主題歌であるSubtitleの
『言葉はまるで雪の結晶』
という歌詞が、ここに来てまた新たな意味を私たちに訴えかけていた
奈々の心にたくさん降り積もっていた、想の言葉たち。
青いハンドバッグを持って
想と電話をして
想と手を繋いで歩くこと
奈々はいつからひとりで夢をみていたのか
音のない世界は不幸じゃない、聴者もろう者もあなたも同じと言っていた奈々が
『あの子に 聞こえない想くんの気持ちは分からないよ』
と言うようになるまで何度ひとりで泣いたんだろう
湊斗との内見の予定をダメにしてでも想を探してしまう紬
奈々の気持ちをわかっていて曖昧にしてきた想
恋人との終わりを一方的に決める湊斗
初対面の紬に『渡したプレゼントを包み直して使い回された気持ち』と自分の嫉妬心をぶつける奈々
登場人物の間には川が流れていて
それぞれの間に流れている深い川がどれくらいの深さなのか覗き込んで推測することはできても
川の底にたどり着くことや超えることは、他人にはきっとできないと私は思う
『何もしなくていいんだよ
その辺に 適当に 視界に入る場所にいてくれればいいんだよ 好きな人は』
図書館で話していた頃の想は、奈々にとって視界に入ってくれる好きな人として心に置いておけたのに
その想いはいつの間にかガラスケースの向こうの青いハンドバッグを見るみたいに、辛くて苦しいものになってしまっていた
触れたいと思わなければ綺麗なバッグを眺めて幸せな気持ちでいられるけれど、ガラスケースの向こうに触れたいと思ってしまったら、それは悲しくて辛いものに変わってしまう
私も今より若い頃、欲しくて手を伸ばしたけど結局手に入れることができなかったハンドバッグは確かにあった
ただ、今の私は有難いことに日々なんとか泣かずに生きている
私の手の中に収まったバッグは少しいびつであの頃の私が欲しかったものよりは小さくなったけど
一方でこのバッグはもしかしたら誰かにとっての『ガラスケースの中のハンドバッグ』かもしれないとも、思う。
これから物語が進んでいくにつれ、silentはどんな形の雪の結晶を見せてくれるのか
今晩も楽しみにしようと思う。