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ノトコレブック My Curations🍊

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「文学フリマ東京」(2023年5月21日開催)にて出品の『noter Collection Book(ノトコレブック)』のうち、私がお迎えした作品を収録させていただきました。
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#短編小説

最初で最後のポートレート【ノトコレ応募】

『遺影の写真を、撮ってほしいの。』  突如入った母からの連絡に、しばらく連絡を取っていなかったバツの悪さと共に、淡々と書かれた一文に心が冷え切るような感覚がした。  母が遺影の撮影を依頼したのは、きっと私がフォトグラファーだからだろう。全国どこでも、依頼があれば駆けつけるライフスタイルから、実家に顔を出すのはおろか、連絡すらおざなりになっていた矢先のことだ。  3年前、父が亡くなった。その葬式以来、実家に足が向かなくなっていたのは事実だった。  父の容態が良くないと聞

旅行先の一杯【短編小説】

 天井近くまで張られた巨大なガラスの窓辺には、二人がけのソファーとテーブルが均等に並んでいた。昼間は賑わっている場所も、早朝の五時五十分という時間に、人の気配は一切感じられない。  有名な老舗旅館のロビーは、華美すぎない調度品が設置されていて、穏やかに過ごせる空間が演出されている。知る人が見ればわかるであろう豪華な品も、深みを増した木造の旅館にとてもよく馴染んでいる。  歴史の重厚感を肌で浴びながら、私は座る面が冷えたソファーに腰を下ろした。手には携帯電話と小銭入れ、それに温

フルーツサンドは、おやつですか【ノトコレ応募用短編小説】

「翔ちゃん、別れよう」  ひとつ年上の彼女、莉子に突然別れを告げられたのは、文化祭の最終日。莉子にとっては、高校最後の文化祭だった。 「え、なんて言った?」 「だから、別れようって言ったの。今までありがと」  莉子の言葉の意味が理解できない。いや、言葉の意味は分かっている。だが、頭がうまく言葉を処理してくれない。 「なに、嫌なの?」  口をあんぐりと開けたきりの俺を、莉子は横目で睨みつける。 「そりゃ、嫌だ……」と言いかけたけが、「いや、わかった」と言って本心を飲み込んだ。