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ノトコレブック My Curations🍊

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「文学フリマ東京」(2023年5月21日開催)にて出品の『noter Collection Book(ノトコレブック)』のうち、私がお迎えした作品を収録させていただきました。
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#文学フリマ

最初で最後のポートレート【ノトコレ応募】

『遺影の写真を、撮ってほしいの。』  突如入った母からの連絡に、しばらく連絡を取っていなかったバツの悪さと共に、淡々と書かれた一文に心が冷え切るような感覚がした。  母が遺影の撮影を依頼したのは、きっと私がフォトグラファーだからだろう。全国どこでも、依頼があれば駆けつけるライフスタイルから、実家に顔を出すのはおろか、連絡すらおざなりになっていた矢先のことだ。  3年前、父が亡くなった。その葬式以来、実家に足が向かなくなっていたのは事実だった。  父の容態が良くないと聞

旅行先の一杯【短編小説】

 天井近くまで張られた巨大なガラスの窓辺には、二人がけのソファーとテーブルが均等に並んでいた。昼間は賑わっている場所も、早朝の五時五十分という時間に、人の気配は一切感じられない。  有名な老舗旅館のロビーは、華美すぎない調度品が設置されていて、穏やかに過ごせる空間が演出されている。知る人が見ればわかるであろう豪華な品も、深みを増した木造の旅館にとてもよく馴染んでいる。  歴史の重厚感を肌で浴びながら、私は座る面が冷えたソファーに腰を下ろした。手には携帯電話と小銭入れ、それに温

小町日記「ねことおむすび」ノトコレ版

ミムコさんのノトコレブック申し込み用に 以前書いた小さなお話を少し改稿しました。 主人公、小町(こまち)さんの 日記のような物語集の中のひとつのお話、という イメージにしました。 これから、また小町さんのお話を 増やして行けたらいいなあなんて思っています。 🍙 小町日記「ねことおむすび」 登場人物  小町(こまち) 19歳 大学一年生  ママ      小町の母親  オセロ     のら猫  初恋はジブリ映画「猫の恩返し」のバロンだった。生まれて初めて「かっこいい

『オールド・クロック・カフェ』一杯め「ピンクの空」【ノトコレ版】

 その店は東大路から八坂の塔へと続く坂道を右に折れた細い路地にある。板塀の足元は竹矢来で覆われ、木戸の向こうに猫の額ほどの庭があり山吹が軒先で揺れる。門の前に木製の椅子が置かれメニューを書いた黒板が立て掛けられていなければ、カフェと気づく人はいないだろう。  そのメニューが変わっていて、こんなふうに書かれている。     六時二五分のコーヒー………五〇〇円   七時三六分のカフェオレ……五五〇円   一〇時一七分の紅茶……………五〇〇円   一四時四八分のココア…………五〇〇