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私は障害者専門のセックスワーカー
この作品はフィクションです。
この記事には性的な表現が一部含まれています。
18歳未満であっても閲覧してもらって差し支えありませんが、性的な表現に抵抗のある方はこのページを閉じるようにお願い致します。
「美鈴さーん! 次のお客さん入りまーす!」
「はーい! どうぞー!」
私は障害者専門のセックスワーカーだ。
この仕事をすると決めた時には親にものすごく反対されたし、しかも障害者専門ときたものだから友達にも「頭おかしいんじゃないの?」と揶揄されたほどだ。
最初にこの仕事をすると決めた時は、義務感や使命感があった。
そうしなければいけないと思っていた。
そうすることで報われるのではないか、私も救われるのではないか…そう思っていた。
それでも今では私はこの仕事に誇りを持っている。
この仕事をしていると様々な性の悩みを持った障害者のお客さんが来られる。
「この身体じゃあね…なかなか普通の人とはセックスできないよ。かと言って障害者同士でセックスできるかって言うと介助者がいないとね…」
「もう結婚は諦めているんだよ。だから今日だけでもいいからセックスがしたいんだ」
そう言ってこられるお客さんは多い。
障害者専門の風俗なんてたくさんあるものでもないので新幹線でわざわざこのために来られるお客さんもいるほどだ。
障害者はセックスが難しい。
それは私も痛いほど痛感している。
今の私を突き動かしているもの。
大学時代の彼との思い出…。
大学時代、よくあるサークルの新歓コンパで私は誠也と出会った。
男性と話すことがあまり得意ではなかったが、不思議と彼とは自然に話せた。
『ビビッときました』なんて表現もあるが、まさにそんな感じで初対面なのに、私はこの人ときっと結婚する…と運命を感じていた。
それから1ヶ月もしないうちに彼と付き合うようになり、大学内では彼とほとんど行動を共にしていた。
お似合いのカップルだと友達にはよく言われていたし、いつも一緒だったから大学内でも割と有名だったのではないかと思う。
私は幸せだった。青春だった。戻れるなら、あの頃に戻りたい…。
ある雨の日、自宅で過ごしていると知らない番号から着信があった。
何となく胸にざわつきを感じて、普段は知らない番号からの電話は取らないが、この日は電話を取ることにした。
「はい」
「あなた美鈴さんかしら?」
「そうですが?」
「いつも誠也がお世話になっています。誠也の母です」
「お母さんですか? こちらこそお世話になっています」
「美鈴さん、落ち着いて聞いてね」
誠也がバイクで事故を起こしたこと。
病院に運ばれて今は緊急手術中であること。
お母さんはすごく落ち着いた声で話してくれた。
「誠也、いつもあなたのこと話していたわ。あなたには伝えなきゃと思ったの」
「ありがとうございます! それでどこの病院ですか!?」
私は病院名を聞くと雨の中を駆け出していた。
オペ室の手術中のランプはまだ点灯していた。
その場には誠也のお母さんとお父さんがいた。
「美鈴さんね。来てくれてありがとう」
「誠也さんは、容態はどうなんですか?」
「命に別状はないの。ただ…」
少しの沈黙のあと、両足を切断することになったとお母さんは言った。
正確にはなんて言っていたのかわからなかった。あの頃のことは思い出したくもない。
気づくと私はその場で泣き崩れていた。
そんな私をお母さんはそっと抱きしめてくれた。
「誠也のために泣いてくれるのね。ありがとう美鈴さん」
「でもね、誠也は大丈夫よ。私の息子なんだもの。きっと大丈夫」
あーなんて母親は強いんだろう。
お母さんが一番つらいはずなのに。
手術中のランプが消え、手術を終えた医師がオペ室から出てきた。
「お母さんとお父さん、誠也さんのことをお伝えしたいので、ちょっとよろしいですか?」
「あの、私も…」
「美鈴さん、あなたにはあなたの生活があるわ。ここは私たちに任せて、あなたはお家に帰りなさい」
「心配しなくても誠也が目を覚ましたら美鈴さんにも連絡するからね」
そう促されて、私は家に帰った。
しかし家に帰ってもソワソワして落ち着かなかった。
いつ連絡があっても駆けつけられるようにスマホを常に握りしめていた。
誠也が目を覚ましたのは2日後だった。
夕方に目を覚まし、その後医師から誠也本人に説明があり、翌日に私のもとへ連絡があった。
目を覚ました日の夜、誠也は泣いたらしい。
あの子が人目をはばからずに泣くなんてはじめてなのよとお母さんは電話で語っていた。
そして、誠也の心の支えになってあげてほしいと。
私は電話があってすぐに病院に向かった。
病室に入ると誠也はベッドの一点をジッと見つめていた。
まるで何もない空虚を見つめているようだった。
一瞬こちらを見て「美鈴か」とボソッと呟き、すぐに視線を元に戻してしまった。
「私はちょっと外に出てくるわね。美鈴さん誠也をよろしくね」
そう言ってお母さんは病室を出ていった。
「誠也…」
「もういいんだ。ほっといてくれ。ぼくにはもう…何もできない」
「そんなことないよ誠也」
「今は障害があっても働けるし、私色々調べたんだよ」
「だから…ね? 一緒に頑張ろう?」
誠也は私の腕の中で泣いていた。
それから誠也は見違えるように前向きになった。
いや元の誠也に戻ったのだ。
リハビリも精力的にがんばって、3ヶ月後には車椅子を自分で操作して大学も通えるようになった。
大学内ではこれまで以上に誠也と一緒に過ごすことが多くなった。
どうなることかと思っていたけど、これからも誠也と一緒にやっていけそうで一安心していた。
ただ、たったひとつ。
たったひとつのことだけが頭から離れない。
モヤモヤが晴れない。
でも避けては通れないと思った。
「ねぇ誠也」
「ん?」
「今日うちに来ない?」
誠也は少し考え込んでいるようだった。
沈黙が重たい…。
「うん、わかった行くよ」
一人暮らしの女性の家に男性が来るということは当然そういう行為に至る。
でも、うまくいかなかった…。
最初はあまり気にしないようにしていた。
何度かチャレンジもしてみた。
でもうまくいかなかった。
たかがセックス
されどセックス
たったそれだけのことなのに、彼との距離はどんどん開いていき、やがて修復不可能なほどになっていった。
ある日、誠也から別れを告げられた。
私は何も言えなかった。
私は障害のある人とどうセックスすればいいのかを知りたかった。
障害があってなかなかセックスができない人の助けになりたかった。
いや、それはキレイゴトかもしれない。
私は贖罪のつもりだったのだろうと思う。
そうしてこの障害者専門のセックスワーカーを今も続けている。
「美鈴さーん! 次のお客さん入りまーす!」
「了解ですー! どうぞー!」
ガチャ…
「え…? 美鈴?」
「誠也!?」
私はこの仕事に誇りを持っている。
でも、本当はあなたに抱かれたい、愛されたい。
こんな仕事をしている私でもあなたは愛してくれるかな?
あとがき
最近、ある社会福祉士の方が性産業に対して批判的な考えを示されており、性産業で働いている人でも誇りを持って働いている人はいるんだよってことをわかってもらいたくて、この物語を書きました。
物語を書くにあたって、ぼくに書けるのは障害のある方の性についてだと思っていました。
何故ならぼくは障害のある人の恋愛や性についても仕事を通じて向き合ってきたから。
普通の性産業と障害のある方の性は別物だとおっしゃられる方もいるかもしれません。
でも本当にそうでしょうか?
性産業に従事することで苦しんでおられる方もいます。
でも誇りを持って仕事をされている方もいます。
答えはないかもしれません。
でも少しでも考えるきっかけになってもらえたら幸いです。