【私小説】#2 合体ホールケーキ
子供の頃、クリスマスケーキに特別感はなかった。
三姉妹のうち二人が12月生まれのため、クリスマスには二人分の誕生日ケーキとクリスマスケーキが合体してひとつのケーキでお祝いをするのが習わしだった。
三つのイベントを一つのケーキにドッキングされ、複雑な心持ちだった。
生活拠点を別に持ち、たまにしか帰ってこない父がホールケーキを用意して持ってくる役割だった。
「買ってきたぞ」
そう言って手渡し、ろうそくに火をつけるまでが父の仕事で、一緒に祝いの言葉を述べるでもなく歌うわけでもなく、子供達がろうそくを吹き消すのを、タバコを吸いながらただ眺めていた。
一緒に暮らす祖父母も私達の様子を遠巻きにただみているだけなので、クリスマスの日に何の概念かわからないホールケーキを目の当たりにして、三姉妹でハッピーバースデーを歌い、「ハッピバースデー ディア 〇〇と△△とメリークリスマース」
とやっつけのようにやり過ごしていた。
「メリークリスマス アンド ア ハッピーニューイヤー」の歌詞の、投げやりなハッピーニューイヤーにシンパシーを覚えた。
なんだか自分達の誕生日や、家族で過ごすクリスマスの時間が大切にされていないような気がしたのだ。
もともと物心がつく前に離婚して実の母親が出て行ってしまったので、自己肯定感が低いのかもしれない。
だからこそ残された家族には、自分達が特別であるように扱って欲しかったという願望があったのだろう。
毎年合体ケーキを見るたびに、私はとるに足らないちっぽけな存在であることを思い知らされるのであった。
静かなクリスマスが一変したのは、父が恋人を連れてくるようになってからである。
恋人は若い女性だった。
父の住むアパートの隣に暮らしていて、恋仲になったらしい。
太陽のように明るい人で、両親に愛されて育ったのが透けて見える育ちの良さを備えていた。
彼女は肉親の誰一人疑問に持たなかった「合体ホールケーキ」に異を唱え、クリスマスになると小さめのスポンジケーキの土台を3つと、生クリームといちごと、クリスマスの砂糖菓子飾りを大量に用意して遊びに来てくれた。
自分のクリスマスケーキを、自分の好きなように作らせてくれたのだ。
私達は彼女と一緒に生クリームを泡立て、スポンジに塗り、イチゴを挟んで、縁飾りを絞り砂糖菓子をのせる。
ちゃんとチョコレートのプレートも3つ、サンタもトナカイもそれぞれ3体ずつ用意されていた。
丁寧に山小屋チョコレートも3棟、ひいらぎの飾りも3つ。
全てがちゃんと3つずつ用意されていることが嬉しくて、私達はそれだけで満たされた。
同じ材料を使っても、三姉妹の作るケーキは全く別のものになった。
お店のケーキをお手本にして再現を忠実に試みる者。
配達中に遭難し、生クリームの雪に埋もれ横たわるサンタのそばで俯くトナカイを添えて、悲哀ドラマを生み出す者。
あまり飾り立てず、美しく絞れた生クリームの縁を引き立てる者。
実にさまざまなケーキが仕上がった。
みんなそれぞれ、自分だけのケーキを作る。
ただそれだけの体験が、私達を大きく満たし、自信を与えてくれたのだ。
彼女が来るようになってから、クリスマスは楽しくて待ち遠しいイベントとなった。
今でも時々クリスマスが近くなると、みんなでケーキを飾ったことを思い出す。
今年は、我が子たちにそれぞれケーキを作ってもらおう。
ちゃんとサンタもチョコプレートも2組ずつ用意して。
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