ドライフラワーとスーパーヒーロー
劇団新生第59回独立公演 2021年12月11日、12日
「ドライフラワーとスーパーヒーロー」
作 柚希泰夢
・登場人物
今雪すみれ イマユキスミレ
20代後半女性。地味な服装。
今雪あさひ イマユキアサヒ
20代後半男性。現在事故により意識不明。
橙山りり トウヤマリリ
20代前半女性。服装がカジュアル→清楚→量産系と変化。
遠藤シオン エンドウシオン
20代後半男性。あまり裕福ではないが落ち着いた雰囲気。
1『うけいれる』
小さなテーブルで幸せそうに会話する橙山りりと今雪あさひ。りりの服装はカジュアル。
テーブルの上には花瓶。一輪の花が飾られている。
あさひ 「花、好きなんだよね」
りり 「そうなんだ!りりもドライフラワー作るのハマってたなあ」
あさひ 「え、あんまりイメージなかったけど」
りり 「昔周りの影響で始めたんだけど、すぐ飽きちゃった」
あさひ 「りりって趣味多い癖して、今まで続けてるのそうなくない?」
りり 「りりの自由でしょそんなの」
あさひ 「いやでも家にめっちゃあるじゃん、もう使ってない趣味の残骸。バレーボールに筋トレ器具に?ジェルネイルに大量の布とか、あとなんかよく分からんボードゲームとか」
りり 「うるさい。飽き性ですみませんでした」
あさひ 「別に責めてるわけじゃないって。ドライフラワー今度一緒に作ろうよ、せっかくハマってたんだから」
りり 「え、作りたい」
あさひ 「長く飾れそうだよね」
りり 「作ったことあるの?」
あさひ 「や、俺は元々ドライフラワーってよりかは、生花っていうの?ただの花が好きで、見た目も綺麗だし、すぐ散る儚さ考えると守りたくなるっていうか…うん、まあそんな感じ」
りり 「…へえ、ロマンチストなんだ」
りりの言葉に、あさひは少し苦笑いをして。
あさひ 「そんな男嫌だって思ってる?」
りり 「ううん。意外だったけど、そういうとこ好きだなって思ってる」
あさひ 「なんだよそれ」
2人、穏やかに笑い合う。
ベッドを見つめる今雪すみれ。その横に遠藤シオン。
すみれ 「覆水盆にかえらず、って言葉、あるでしょう」
ふとベッド横に置かれた花瓶に視線を移し、掴む。
すみれ 「もし、もしその水が自由に扱えるものだったとして。もう一度、この器に戻せたとして」
病室にあった花瓶を掴み、シオンに差し出す。
すみれ 「戻しますか?」
シオン、微かに戸惑う様子を見せ、返事に迷っている。
すみれ 「大事なものです。こぼしてしまいました。戻しますか?」
シオン 「…、はい」
シオンが勢いに押されたように頷くと、すみれが無言で花瓶をひっくり返す。驚くシオン。いけられていた花はくしゃりと床に落ち、水もこぼれる。
すみれ 「…奇跡的に戻せたとしても、一度落としてしまったことは、なかったことにはならないんです」
ゆっくりと花を花瓶に戻す。どこかへたれてしまったように見える、一輪の花。
すみれ 「分かってたんです、ほんとは。それでも…」
2-1『ゆめをみる』
すみれ、ベッド脇の花瓶にあった花を手に取る。
すみれとあさひ、ゆっくりと、すれ違うように歩きながら過去を振り返る。
あさひ 「あのね、あーちゃんね、大きくなったら、スーパーヒーローになりたい!!!それでね、すーちゃんを...」
すみれ 「(遮るように)違うよー!あーちゃんは、すーの旦那さんになるの!!」
2-2『あきらめる』
あさひ 「すー、僕、将来スーパーヒーローになるから...」
すみれ 「うん、頑張ってね、あさひ」
2-3『おいていく』
あさひ 「…すみれ、俺ね、スーパーヒーローにはなれないみたい」
すみれ 「へえ、そうなんだ」
あさひ 「…すみれは、夢とかある?」
すみれ 「私は…私は、お花屋さんかな、うん」
あさひ 「…へえ」
すみれ 「子どもっぽいって思ったでしょ」
あさひ 「そんなことないよ」
すみれ 「知ってる?花ってね、そう簡単には枯れないの」
あさひ 「そうなの?」
すみれ 「うん、だから好きなんだよね」
2-4『こいねがう』
あさひ 「捨てた願い」
すみれ 「拾い上げた口癖」
あさひ 「自分がたったひとつ、大切にしたかった夢だった」
すみれ 「その将来に私はいなくて」
すみれ 「あさひ、あきらめちゃうの?」
あさひ 「うん、だってなれないし」
すみれ 「ふうん...」
すみれ 「年上のようで、年下のようで」
あさひ 「ずっと隣にいた人」
すみれ 「並べることに救われていた」
あさひ 「隣にいてはいけない人」
すみれ 「過去に縋りたかった」
あさひ 「未来にしか縋れなかった」
すみれ 「血はどうせ、水よりも濃い」
あさひ 「血はきっと、水よりも薄い」
すみれ、花をテーブル上の花瓶に挿す。
3『ぬりかえる』
小さな病室にベッドが一つ。そこには静かに眠る1人の男。その側で今雪すみれが丸椅子に腰掛け、男を見るわけでもなくぼんやりとしている。
病室には他に、小さなテーブルと椅子が二脚。ベッドの傍には花瓶。
すみれ、静かに目を閉じ、眉を寄せる。反芻される言葉。
「心配なのは分かるけど、無理して通う必要ないのよ?容体は安定してるんだから…」
響いた女性の声に応えるように、すみれはぽつりと呟く。
すみれ 「来たくて、来てるの」
女性の声が、険しいものになる。
「事故から一年よ、一年。仕事にはかろうじて行ってるみたいだけど、そろそろ本当に切り替えて?」
すみれ 「…切り替えるって、何を」
すみれがまた呟く。
先とは異なる女性の声が響く。
「そういえばこの前、可愛らしい女性がお見舞いにいらっしゃってましたよ。あさひさんもすみには置けませんね」
この言葉にはすみれは何も返さない。
静かになった病室。そこに、遠藤シオンがやってくる。
扉が開いた音に、すみれが顔を上げ、シオンが固まる。少しの沈黙。
シオン 「どうも、」
すみれ 「…はじめまして」
シオン 「はじめまして、遠藤シオンです。今雪とは、大学の同期でした」
すみれ 「え、ではフランスの方の…」
シオン 「はい、留学先で意気投合しました。専攻は違いましたが。失礼ですが、お名前をおききしても?」
すみれ 「…今雪、すみれと申します。あさひの親戚の者です。ご足労頂きまして、ありがとうございます」
シオン 「いえ、いえ。こちらこそ、今更で申し訳ない」
シオン、すみれの言葉に一瞬驚いたが、表情はすぐに戻った。
会話をしながらすみれが促し、シオンが病室に足を踏み入れ腰掛ける。眠るあさひに視線を向けた。
シオン 「随分、気持ちよさそうに眠ってますね」
すみれ 「ああ…怪我自体はもう、良くなっているので」
シオン 「ずっと目を覚まさないとお聞きしました」
すみれ 「そうですね。事故に遭った日からずっと…」
シオン 「フランスから帰って来て驚きましたよ。久しぶりに友人に連絡を取ったら、今雪のことを知らされまして」
すみれ 「最近までフランスにいらっしゃったんですね」
シオン 「はい、卒業後もフランスに。画廊で働いていましたが、生活が厳しくてね、結局戻って来ました」
すみれ 「そうでしたか…あの、あさひって大学卒業後は、」
シオン 「いや、自分もあまり詳しいわけでは…すぐ日本に帰ったわけではなかったとは、聞いてます」
すみれ 「そうですか。教えて下さりありがとうございます」
シオン 「いえ」
リズムの悪い会話の後沈黙が続き、すみれが徐に立ち上がる。
すみれ 「私、今日は失礼しますね。お邪魔しました」
シオン 「いえ、こちらこそ突然すみませんでした」
すみれ、挨拶をして去る。
シオン、あさひに視線を戻して。
シオン 「今雪すみれ、すみれ、ね…お前、何で寝てるんだろうな」
シオン、あさひの肩を叩き病室を出る。
4『とりつくろう』
病室を訪れたのは清楚な格好をした橙山りり。あさひの顔を覗き込んだり、うろうろと部屋を歩き回ったりと、落ち着かない様子。
そこにすみれがやってくる。りりの姿を見つけ、少し複雑な表情。ほんの少し逡巡し、あさひの頬をつついた彼女に声をかける。
すみれ 「…お見舞い、ですか」
驚いたように姿勢を正しながら振り向くりり。すみれの姿を認め、ほっとしたような表情を浮かべる。
りり 「あ…えっと、はい!はじめまして、橙山りりです」
フレンドリーな雰囲気のりりとは対照的に、警戒しているようなすみれ。
すみれ 「はじめまして。い…えっと、遠藤、すみれと申します」
りり 「すみれさん!いい名前ですね」
すみれ 「あ、ありがとうございます…声をかけてしまってすみません、お邪魔でしたよね」
りり 「いやいやむしろ私の方こそごめんなさい。すみれさん、よくあさひくんのお見舞い来てますよね」
すみれ 「え…ご存知でしたか、」
りり 「私あさひくんのお見舞い来るの2回目なんですけど、この病院にはよく来てるんです。ここお年寄りばっかりじゃないですか、だから記憶に残ってて」
すみれ 「そうなんですね」
りり 「一回お喋りしてみたいなあって思ってたんです!」
すみれ 「それはどうも…」
りり 「お見舞いひとりで来ると、話し相手いないからつまんなくないですか?」
無神経ともとれる発言に、すみれは微妙な表情。
すみれ 「ええ…まあ…えっと、あさひのことは、どこで」
りり 「えっとー…私のお見舞い相手?のお母さんが教えてくれたんです。で、名前よくよく聞いてみたら、あれ知り合いじゃん?って」
すみれ 「はあ、なるほど…えっと、あさひとはどういう、」
りりの顔を見て、すみれはすぐに首を振る。
すみれ 「すみません、なんでもないです」
りりはその様子を見てにこりと笑う。
りり 「あさひくんとはなんもないですよ?昔ちょっと付き合ってましたけど、別れる時LINE消したし、だから入院してるのも知らなかったし?すみれさんが心配することは何にも!ね!!」
すみれ 「いや心配って…」
りり 「え?彼女さんですよね?」
すみれ 「いや、うーん、彼女では…」
りり 「あ、私とおんなじような感じですか?」
すみれ 「あー、まあ…」
りり 「へえ、付き合ってるのかなあって思ってたんですけどね。なんか二人、雰囲気近めだし」
すみれ 「そう、ですかね?」
りり 「似てますよなんか。ふふ、私が知ってるあさひくんなんてもう3年前とかだから、今どうかは分かんないけど」
すみれ 「はあ、」
りり 「とにかく、私は新しい彼氏とラブラブなんでご心配なく〜って感じで」
すみれ 「そうですか、あの、お邪魔ですよね、私、」
りり 「え、いてくださいよ。すみれさんが良ければ、もっとお喋りしましょ?」
すみれ、りりの提案に戸惑ったように椅子に座り直す。
りり 「あさひくん、早く意識戻ると良いですね」
すみれ 「…はい」
りり、あさひに話しかけるように。
りり 「すみれさんが沢山来てくれてるのに起きないなんて、贅沢だなあ」
すみれ 「はは、そうかもしれないですね」
りり 「私のお見舞い相手も寝てばっかりなんです。ほんと、つまんないの」
りりの声のトーンが落ち、すみれは彼女の表情を伺うが、りりはすぐに口角を上げる。
りり 「ていうか、あさひくんなんか老けましたよね?」
すみれ 「そうですか?私、彼が事故に遭って久しぶりに会ったから、あんまり…」
りり 「あれ、そうなんですか?」
すみれ 「嫌なら答えなくて良いんですけど、橙山さんは、」
りり 「りりで良いですよ!」
すみれ 「じゃあ…りり、さん?ちゃん?」
りり 「りりちゃん良いですね、可愛いです」
すみれ 「(笑って)うん。それで、あさひとはいつ頃知り合ったんですか?」
りり 「2、3年前です。あさひくんが日本帰って来てすぐぐらいだと思いますよ」
すみれ 「なるほどね。私は帰って来てからのあさひとは会ってないから」
りり 「え、じゃあいきなり事故に遭ったあさひくんに会ったってことですか?」
すみれ 「(頷いて)久しぶりに見たのが寝顔って、なかなか味気ないなあとは思います」
りり 「それはあさひくんがずっと起きないのが悪いですね!」
わざとらしく怒って見せるりりに、すみれは少し笑う。
すみれ 「…そうかもね。昔から、勝手な人だったから」
りり呆気にとられる。そんな彼女を見て、すみれが慌てる。
すみれ 「すみません、気にしないでください」
りり 「あさひくん勝手な人なイメージなかったので意外です」
すみれ 「そう?」
りり 「でも確かに、湊くんと比べると子供っぽかったかも」
すみれ 「…湊くん?」
りり 「あ、今彼です!」
あっけらかんのりりにすみれは少し呆れたような表情。
すみれ 「そうなんだ…どんな人なんですか?」
りり 「え、興味あります?」
すみれ 「いや…なんか、りりちゃんと付き合う人ってどんな人なんだろうなって、思っちゃって」
りり 「えー、それあんま嬉しくないですけど。あ、じゃあすみれさんはあさひくんの自己中話下さい!」
すみれ 「ええ?本人の前で話すことではないと思うんですけど…」
りり 「良いんですよ起きないんだし」
さっぱりとしたりりの言葉に、つられたように笑うすみれ。それを見てりりは笑顔を深める。
りり 「あ、じゃあここの階にあるカフェ行きましょ!ね!!」
りりがすみれの腕を引き、二人は病室を去る。
5『とりこぼす』
シオンが病室に一人座っている。そこへすみれがやってくる。花瓶に生ける新しい花を持っている。
すみれ 「遠藤さん、お久しぶりです」
シオン 「お久しぶりです」
すみれ 「今日はお仕事ですか?」
シオン 「ああ…お恥ずかしながら、この歳で就活していまして」
すみれ 「そうなんですね」
すみれが花を生け替え、遠藤の隣に腰掛ける。
すみれ 「遠藤さん、一つ、お聞きしたいことがあるんですけど」
シオン 「?はい」
すみれ 「…あさひは、どう見えていましたか」
シオン、ゆっくりと言葉を探すような間。
シオン 「…難しい質問ですね」
すみれ 「留学後のあさひを何も知らないなと、思いまして。今更ですけど。
遠藤さんなら、私の知りたいことを、教えて下さるかなって」
シオン 「それは…」
シオン、言葉に迷いあさひを見る。
シオン 「どう見えていたか、ですか…」
少し考え、言葉を選びながら。
シオン 「正義の、ヒーローでしたかね」
すみれ、息をのむ。
シオン 「夢を、馬鹿みたいにがむしゃらに追いかけて、才能がなくても努力でどうにかしてやろうって。
そういった姿に、自分も力をもらっていました」
シオン、すみれに視線を向ける。
シオン 「本人は、自分は正義にはなれないと、諦めて笑っていましたが」
すみれ、肩をこわばらせる。
シオン 「今思えば、もっともですけどね。彼の方がずっと大人でした。実際、どう見えていたかではなくどう見えるかという話をすると、大きく変わってきます。…ききますか」
すみれ 「…はい」
シオン 「夢みがちな男でした。現実が見えていないわけではないのに、それを軽く捉えすぎるというか…
いや、現実は現実として受け止めてはいたんでしょう。彼が軽んじていたのは自分自身、でしたかね」
すみれ 「…どういうことでしょうか」
シオン 「ご存知でしょうが、彼は服飾の道を目指していました。
留学までしたとしても、そう簡単に叶うものではありません。多くの人が、自分の才能の限度を見つめる場でもあります。自分は画家を目指していましたが、同じように限界を見ました。
そして彼は、自分の才能が夢には足りないと分かっていて、分かっていてもなお、夢を追い続けているようなやつでした。そこに崇高な何かがあったとは、到底思えませんね。多分、どうでも良かった。縋りつけるものが夢しかなかったから、それしか選択肢がなかったのかもしれません。
奴は夢を追った先の結末に、特に恐れを抱いていなかった。夢破れて露頭に迷ったとしても仕方がない。でもそれは、どうにかなる、というような楽観視ではなかったと思います」
すみれ 「そんな、」
シオン 「今の自分なら説教ですね。お前は夢のために人生を不意にしようとしてる、引き際を見つけるべきだって」
すみれ 「でも、」
シオン 「夢を見失った後に残るのは、泥沼な執着と貴重な若さを消費した自分です。
夢はどこまでもいっても、夢でしかありません。まあ、自分も当時は夢に夢中でしたから、彼のことは見習うべきヒーローのようにしか見えませんでしたけど」
シオンは呆れたように笑って。
シオン 「どうしようもない奴らでした。卒業した後、自分は運良く小さな画廊に拾ってもらいましたが、彼が就職するという話は聞きませんでした。ビザの問題か経済的な問題か、何かしらで日本に戻ったんでしょうね。…これが貴女の、知りたかったことですか」
すみれ 「…はい」
シオン 「そうですか…なら、良かったです」
あさひを思い詰めた表情で見つめるすみれ。そこにりりがやって来て、シオンとすみれを見比べ戸惑ったような表情。
りりに気付いたシオンは腰を上げる。
シオン 「今日はこれで、失礼します」
シオンはりりに会釈し、部屋を去る。
りりはすみれの暗い表情と出て行ったシオンを見比べた後、伺うようにすみれに声をかける。
6『にぎりしめる』
りり 「すみれさん?」
すみれ 「…あ、りりちゃん」
りり 「お邪魔でしたか?出てっちゃいましたけど」
すみれ 「遠藤さんだよね、大丈夫だよ」
りり 「…親戚か何かですか?」
すみれ、肩をこわばらせる。
すみれ 「…何の話?」
りり 「あ、いや…遠藤って、苗字同じですよねすみれさん、さっきの男の人と」
すみれ 「ああ…ううん、偶然だよ」
りり 「そうなんですね」
すみれ 「今日はどうしたの?」
りり 「あ!私、あさひくんの写真見つけたんですよ。見ます?」
すみれ 「写真?」
りり 「この前イタリアから帰って来た後のあさひくんこの状態でしか知らないって言ってたじゃないですか」
すみれ 「そうだね、イタリアじゃなくてフランスだけど」
りり 「あれ、パリじゃなかったでしたっけ」
すみれ 「パリだよ。フランスのパリ」
りり 「あれ?まあいいや。で、写真探したんですよ。でも元彼との写真なんて全然データ残してなくて」
すみれ 「まあ、そうだよね」
りり 「でも、昔のバッグに一枚だけ入ってたんです!もしすみれさんが興味あるならあげます。
りりも写っててマジ申し訳ないんですけど。あ、邪魔だったら切っちゃって下さい」
すみれ 「いや切らないよ…」
すみれ、りりの勢いに押され受け取る。
写真はあさひとりりが並んで笑っている写真。おそるおそる写真を見る。
すみれ 「…楽し、そうだね」
複雑な表情で呟き、しばらく写真を眺めるすみれをりりは静かに見ていた。
すみれ 「うん、ありがとう。見れて良かった」
りり 「よかったです!」
すみれ 「りりちゃん、今と全然雰囲気違うね」
りり 「ああ、この時代の私はあさひくんのタイプが目標だったので」
すみれ 「あー、そういう…」
りり 「前話しましたけど、湊くんは清楚系が好きなんですよ。だからこんな感じです」
すみれ 「なるほどね、」
すみれの苦笑いに、りりは少し表情を硬くした。
りり 「つまらない人間だって思いますか?」
すみれ 「…言われたことあるの?そういうこと」
りり 「そういうわけじゃないんですけど。
私は、人の評価に拘って生きてます。そのことに問題があるとは思ってません。でも、その評価してくれる人がいなくなったら、自分どうすれば良いのかなあって、最近思うんですよね」
すみれ 「…自分のために、自分が気にいるように変えてみようとかは?」
りり 「うーん…その感覚、あんまり理解出来なくて」
すみれのあまり納得していないような様子に、りりが少し笑う。
りり 「お花って、赤色に集まりやすい虫もいれば、白に集まる虫もいるんです。蜂は黄色に集まりやすいらしいですね。それと一緒で、私は気に入られたい誰かのために見た目を変えて、話し方も趣味も、全部変えるんです」
すみれ 「…そんなことしなくても、十分魅力的だとは思うけど」
りり 「ふふ、ありがとうございます。でも、魅力的かどうかと好きになれるかどうかって別物じゃないですか?」
すみれ 「そうだけど…窮屈じゃない?それ」
りり 「窮屈?」
すみれ 「うん。りりちゃんは、りりちゃんのために、咲けるはず」
すみれの言葉に、りりはまた笑う。
りり 「さっきも言いましたけど、自分のために生きるとか、よくわかんなくて。自分のために咲こうとしても、多分咲けるのよくてたんぽぽぐらいだし。花になるかも怪しいし。
でも、この人のために、この人に好かれるために生きようって思ったら、私、薔薇でも桜でも、いっぱいに咲かせられる気がしたんです。…だから、りりはこの人が好きでした」
すみれ 「…そっか」
りり 「まあ、そんなこと言って簡単に別れましたけどね!私だけ見てくれるあさひくんが大好きだったんですけど、私だけのために生きてくれないあさひくんをどうしても好きになれなかったので」
すみれがりりの言葉を掴み損ねた顔をしたので、りりは言葉を続ける。
りり 「見てたら分かるんです。ずっと誰かのために生きてきたから、分かったんです。
あさひくんは私のことを大事にしてくれましたし、好きでいてくれました。でも、この人が生きてる理由、一番の軸みたいなやつに、私はいなかったので」
すみれ 「軸…」
りり 「すみれさん、多分その軸に関係ありますよ」
すみれ 「え、何でそんなこと」
りり 「だって同じだったんだもん」
すみれ 「え?」
りり 「同じこと言ってたんです、自分のために咲いていいんだよって。自分は何か追いかけてるような顔してたくせに、私にはそう言って笑ったんですよ」
言葉を失ったすみれを見て、りりはにこりと笑った。
りり 「次に付き合ったのが湊くんなんですけど、湊くんは湊くんのために変わろうとしてる私を可愛いって言ってくれて、一緒に変わりたいって言ってくれました。だからすっごく好き。二人でいることでお互いの考え方とか好み変わってくるだろうから、それに合わせて二人で変わっていけると良いねって。もう運命だと思っちゃいましたもん」
すみれ 「そっか。良い彼氏さんだね」
りり 「はい!」
会話が途切れ、すみれはりりからもらった写真に視線を落とし、静かに目を閉じる。回想。
7『おもいだす』
荷造りをしている今雪あさひ。手には派手な色のジーンズ。詰めている私服はどれも派手だが、その割に着ている服は落ち着いている。
彼の背中を見ながら、椅子に座るすみれが呟く。
すみれ 「やっぱり、スーパーヒーローにはならないんだね」
あさひ、苦笑いで振り向く。
あさひ 「…いつの話?」
すみれ 「懐かしいよね、もう10年以上前だよ」
あさひ 「10年か...」
すみれ 「あーちゃん、」
すみれ、戯けて昔の呼び名をなぞる。あさひは顔をしかめる。
あさひ 「辞めろよ」
すみれ 「こんな生意気になっちゃって...」
あさひ 「何様?」
すみれ 「すみれ様」
あさひ 「うるさ」
すみれ 「やっぱ生意気。私が年上面するとすぐ食いついてくるよね」
あさひ 「年上って質かよ」
すみれは笑おうとして失敗したような、複雑な表情。
すみれ 「…あさひ、は、寂しくないの?」
あさひ 「…いきなり何」
すみれ 「だってずっと、一緒にいたのに」
あさひ 「言わせないで。生き別れるわけじゃないんだし」
すみれ 「でも...パリって、どこよ。あさひのいるパリなんて、知らないよ」
あさひ 「すみれ、拗ねるなよ今更」
すみれ「拗ねてない」
あさひ、すみれの頬をつつく。
あさひ 「二年の辛抱だよ。連絡もちゃんとするから」
すみれはあさひの指を掴み睨む。
すみれ 「嘘。あさひは、二年じゃ帰ってこない。やっと掴んだ大きなチャンスなんでしょ。無駄にするほど馬鹿じゃないじゃん。期限付きの留学なんかで、 満足するわけない」
あさひ 「よく分かってんじゃん」
すみれ 「何年一緒にいたと思ってるの」
あさひ 「残念ながら、生まれた時から?」
すみれ 「茶化さないで。…ねえ、ずっと、ずっと、スーパーヒーローでもスーパースターでも、スーパーマンでも追いかけてれば良かったのに。そうしたら、ずっとそばにいれた?」
あさひは黙ったまま。
すみれ 「嘘つけないとこ好きだけどさあ、ちょっとは誤魔化してよ。どうせ連絡もしてくれないんでしょ?」
あさひ 「…そうかもね」
すみれ 「…あさひ、好きだよ」
困ったように笑うあさひ。すみれは立ち上がってその全身を眺め、少し悔しそうに見上げた。
すみれ 「私達、昔は一緒だったのに」
あさひ 「違う。昔から違ったんだよ、俺達は」
すみれ 「なんでそんなこと言うの」
あさひ 「うーん...だって、違うじゃん。分かるだろ?」
すみれ 「分かんないよ!全然、分かんない...」
あさひ 「……分かってるでしょ?」
すみれ 「…何年、一緒にいたと思ってるの」
同じ台詞に同じ笑顔を返そうとするあさひ。俯くすみれ。
すみれ 「ごめんね。 (小さく呟く)こんなわたし、わざわざ離れなくったって好きじゃないよね」
あさひ 「すみれは悪くない。俺が全部悪いから」
すみれ 「そんなこと」
あさひ 「あるでしょ?」
すみれを覗き込むあさひ。
あさひ 「もし、バレたら。全部俺のせいにして。それぐらいの責任はとらせて。そう言ったじゃん」
すみれ 「責任って!」
あさひ 「すみれを変えちゃった、責任だよ」
すみれ 「わたしは変えられてなんかない!」
あさひ 「いや、俺が全部悪いから。昔のすみれに、今みたいな気持ちは無かった」
すみれは首を振り、縋るようにあさひを見つめる。
すみれ 「一人で、〝責任〟をとっちゃうの?」
突然、年配の女性の声。
「あさひ!すみれそっちにいるー?」
その言葉を聞き、何事も無かったかのように荷造りに戻るあさひ。すみれも元の椅子に座る。
あさひ 「見送り、来なくて良いから」
すみれ 「…うん」
あさひ 「元気でね」
すみれ 「…あいしてる」
あさひは、一度手を止めたが返事をせず、再び荷造りを始める。
8『すてさる』
病院の休憩室でぼんやりしているりり。すみれがペットボトルを持ってやってくる。
すみれ 「りりちゃん」
りり 「すみれさん、」
すみれ 「お疲れ?これ、どうぞ」
りり 「え、どうして…」
すみれ 「知ってた?ここの休憩室、中庭から丸見えなの。一人になりたいなら、売店の裏がオススメかな」
りり 「ありがとうございます…」
沈黙。
りり 「…すみれさん、酷い顔してますよ」
すみれ 「最近ちょっと、思い出すことが多くて。まあ自覚はあるけど、今のりりちゃんにだけは言われたくないかな」
りり 「え〜?そうですか?」
すみれ 「別に話さなくて良いけどさ」
りり 「そうやって言われると話したくなっちゃいますよねえ」
すみれ 「じゃあ話せば良いんじゃない?」
りり 「ずるいなあ、すみれさん。ずるいなあ」
すみれ 「大人って狡い生き物でしょ。勿論りりちゃんも含めてね」
沈黙。
りり 「…湊くんのお母さんに、もう来ないで欲しいって言われちゃいました」
へらりと笑うりり。すみれは厳しい表情。
すみれ 「湊くんって、」
りり 「彼氏です。あさひくんに会う前から、お見舞いに通ってる人です」
すみれ 「…この病院にいるんだよね」
りり 「はい。お母さん、もう気にしないで、前に進んで欲しいって言ってました。『前』って、なんなんですかね」
りりは淡々としている。
りり 「私の『前』には、湊くんいたはずだったんですけど。なんかいつの間にかいちゃダメになってたみたいです、湊くん。
りりちゃんは優しいから、お見舞い来てる間は湊のこと諦めないでしょって。私、優しいから湊くんとの将来を諦めなかったわけじゃないです。湊くんが好きだから、湊くんを諦めなかったんです。
でも、湊くんのお母さんは私なんかよりよっぽど優しいので、りりちゃんに罪悪感を持ち続けたくないのってはっきり言ってくれました」
りりの声が段々と揺らいでいく。
りり 「悲しいです。めちゃくちゃ悲しいです。でもまた多分、私は誰かを好きになります。湊くんの好きだったりりを全部捨てて、新しい私で他の人を好きになるんです。他の人と『前』を向くんです。だって私は…」
りり、すみれを見る。
りり 「だって私は、そうやってあさひくんを捨てましたもん。湊くんだって…それが分かっちゃうのが、凄くいや。湊くんが奇跡的に起きたとしても、もう私は、湊くんと一緒に変わろうは思えないんです、だって、」
言葉の止まらないりりの背中をすみれが摩る。
すみれ 「大丈夫、大丈夫だよ。離れても、愛されてたことは分かるから」
すみれ、りりと連れ立って休憩室を出る。
9『ふれる』
病室には遠藤シオン。すみれがやってくる。
すみれ 「遠藤さん、いらっしゃってたんですね」
シオン 「就職先が決まりましたので、その報告に」
すみれ 「え、おめでとうございます」
シオン 「ありがとうございます。ここを離れますので、当分顔は出さない予定です」
すみれ 「そうですか、寂しくなりますね」
シオン 「先日は、すみませんでした」
すみれ 「え?」
シオン 「少し、意地の悪いことをしました」
すみれ 「いや、あさひの話のことなら、それが事実だと思いますし」
シオン 「貴女の話を、しなかった」
すみれ、言葉を詰まらせる。
シオン 「わざとです。わざと、貴女の話をしませんでした」
すみれ 「…ご存知なんでしょう、私たちのこと。じゃなきゃ、あんな話しませんよね」
シオン 「詳しくは知りませんよ。少なくとも、貴女の気持ちまでは」
すみれ、自嘲気味に笑う。
すみれ 「見たら分かりません?情けないでしょ?いい歳した女が仕事より何より病院通って、親にも呆れられて、何も切り替えられなくて」
シオン 「(遮るように)だから、彼に触れないんですか」
すみれ 「…どういうことですか」
シオン 「聞かせて下さい、貴女と彼の話。貴女から聞きたい」
すみれは静かにシオンを睨みつけ、腰掛けた。
すみれ 「…幼稚園とか、多分それぐらいまで、私の夢、彼のお嫁さんでした。私とそっくりの存在が、私の世界のほとんどを占めていました。私はずっと彼のそばにいたかったし、いるつもりでした」
すみれはあさひに手を伸ばしたが、触れる前に力を抜いた。
すみれ 「彼の夢は、スーパーヒーローでした。お飯事なんてほっぽりだしてテレビアニメに釘付けで、こんなヒーローになりたいってずっと言ってて、でもその時の私は幼かったから、さっきまで私の旦那さんしてたじゃんそれじゃダメなのって一人で拗ねてて。
でも画面の中で、彼の憧れのスーパーヒーローは沢山の人に愛されていました。私一人ぽっちの愛じゃ、彼の夢には足りませんでした」
シオン 「…ずっと、そう思っていたんですか」
すみれ 「思ってましたよ。だって、同じようなもの食べて同じように育ってきたはずなのに、あさひはいつの間にか次の夢を見つけてました。大勢の人に愛される服を作るんだろうなって、思ってました、その大勢に私がいる必要、ありました?私は、間違いだって分かってても、隣にいられれば満足だったのに、あさひは、全部自分が背負う間違いだって、離れて、私だけのスーパーヒーローになんて、なってくれなかった!」
シオン 「…もし、今雪が夢を諦めて帰って来たと貴女の前に現れたら、貴女は彼を泣きながら抱きしめましたか」
すみれ 「抱きしめましたよ」
シオン 「だから貴女は、今の彼に触れないんですね」
すみれ 「はあ?」
シオン 「貴女は、今この場にいる、この今雪あさひを、見てないでしょう」
すみれ 「…意味が、」
シオン 「貴女は、貴女と別れ留学に行った今雪あさひと、ここにいる今雪あさひを同じだと思ってますよね」
すみれ 「…同じでしょう?」
シオン 「違うんですよ。もう、貴女の知る今雪じゃない。分かってますよね?」
すみれ 「いや、あさひはあさひで、ずっと、」
シオン 「今雪も、貴女との思い出に縋っている部分はありました。でも、彼なりに変化は…あえていうなら成長ですね、していましたよ」
すみれ 「…成長なんて、成長なんて、そんなの、」
シオン 「もう今雪は昔の今雪とも貴女とも違う、」
すみれ 「同じです!!」
シオン 「じゃあなんですか、同じだから全部過去に背負わせておけば良いと?なんで貴女は、やり直そうともしないんですか、花瓶に、もう一度水を入れようって思えない!昔にこだわって空っぽの花瓶を抱えてる!」
すみれ 「それをあさひは望んでないって!?」
睨み合う二人。
シオン 「そうじゃないんですよ。
このままやり直せないと決め込んだままでは、貴女は過去の今雪あさひと一緒に立ち止まり続けます。勿論過去を取り戻すことは出来ません。でも何故、今の貴女たちにとって最適な選択を、探そうともしないんですか。縋るなら過去ではなく、未来にするべきだ」
すみれ 「それは、」
シオン 「自分は画家の道を諦めました。当然悔しかったです。もう駄目かと思いましたし、不安や迷いは今でも感じます。でも…でも、それは捨てるしかないんですよ」
すみれ、崩れ落ちるように椅子に座る。
すみれ 「…出て行って下さい」
シオン、躊躇する。
すみれ 「出て行って下さい」
シオン 「…色々と出過ぎたことを、すみませんでした」
すみれ 「…遠藤さん、実はあさひのこと嫌いだったりとかします?」
シオン 「いえ。貴女たちは…そっくり、で。あの頃の彼の危うさが、貴女にも、見えて」
すみれ 「はは、そっくりなんて。
久しぶりに、ききましたよ」
すみれ、ベッド横の花瓶から花を捨てる。
シオン、病室を去る。
10『つくりなおす』
すみれが一人で座っている病室に、りりが顔を覗かせる。いわゆる量産系とも呼べるような、あざとめの服装に変化している。ベッド横の花瓶はない。
りり 「すみれさん、お久しぶりです」
すみれ 「久しぶりだね。元気だった?」
りり 「はい。今日は…、挨拶?に来ました」
すみれ 「挨拶?」
りり 「りり、もうここには来ないと思います」
すみれ 「…そっか」
りり 「すみれさんと仲良くなれて良かったです」
すみれ 「私の方こそ、」
りりは小さく首を振る。
りり 「りり、すみれさんにものすごく救われました」
すみれ 「そんな大袈裟な、」
りり 「大袈裟じゃありません。りりとすみれさんって、同じなんです」
すみれ 「同じ?」
りり 「同じ事故でした」
すみれ 「…え?」
りり 「あさひくんの事故と同じです、湊くんが入院してる原因。今の容体も、ほぼ同じだったんです。
もう会えてないので、今彼がどうなってるかは分からないですけど」
すみれ 「え、でも、」
りり 「あさひくんと付き合ってたのは本当ですけど、りり、すみれさんに会いに来てました。
同じだったから、傷の舐め合い、みたいな?」
りり、困ったように笑う。
りり 「湊くんが起きないってなって、最初は凄く悲しかったし、もうどうすれば良いか分かんなくて、来るたびひたすら寝てる湊くんに縋り付いて、それで良かったけど。一年経って、日常に引き戻されて、それでお見舞い来て、気づくんですね。あれ、りり一人じゃん。湊くんに話しかけても、なにも返ってこないじゃんって。どうしたらいいか、分かんなくなってました。そこですみれさんの存在を知って、あさひくんのところに来ました」
厳しい表情で黙り込むすみれを見て、りりは頭を下げる。
りり 「嘘ついててごめんなさい。すみれさんの大事なあさひくん、利用するようなことしてごめんなさい。
しかもりり、結局湊くんのお母さんが言ったように、『前』に進んじゃう。ほんと、馬鹿ですよね。この前、湊くんの好きなりりを捨てるんだって泣いた癖に」
自嘲気味に笑うりりに、すみれが首をふる。
すみれ 「…それは、責められる事じゃないと、思う。…私も、今は立ち止まってるように見えるかもしれないけど、あさひとは離れたから」
りりはすみれと見つめ合い、ふっと息を吐いた。
りり 「やっぱり私、すみれさんに会えて良かった」
すみれ 「ありがとう。よかったらまた、会おうね。次の彼氏の話、聞かせてよ」
りり 「…はい。あ、代わりに、あさひくんとのほんとの関係も、いつか教えてくださいね?」
吹っ切れたようなりりの言葉に、
すみれ 「…え、」
固まるすみれ。
りり 「ふふ、りりたち似たもの同士ですよね。嘘つきまくりじゃん?」
すみれ 「…確かに」
りり 「じゃ、また!」
すみれ 「あ…ねえ、早速一つ訂正させてくれる?」
りり 「え?」
すみれ 「私の名字、遠藤じゃないの」
りり 「え、そこから嘘?ヤバ。私すっかり騙されてた」
すみれ 「今雪なの。今雪、すみれ」
りりは一瞬驚いたような顔をして、くしゃりと笑顔になった。
りり 「良い名前!」
11『わかれる』
シオンと作業をしていたあさひが、ふと真顔になる。
あさひ 「スーパーヒーローになりたかったんだよね」
シオン 「何いきなり」
あさひ 「子供の頃の夢ってやつ。テレビに出てるヒーローたちって、みんな大切なもの守れててさ。俺にとっての大切な物、すみれだったんだけど」
シオン、呆れた顔をして。
シオン 「好きだねえ、その子」
あさひ 「うん。生まれた時から隣にいて、泣き虫で、いじっぱりで、俺のお嫁さんになりたいって笑っててさあ、ずっと隣で守りたかった」
シオン 「だからスーパーヒーロー?可愛いじゃん」
あさひ 「そうかな。同級生に馬鹿にされても、親に言えなくても、スーパーヒーローならなんとかなると思ってた。 だってあいつら、自分が全部正しいみたいな顔して、何でもかんでも懐入れて、自分と道を違う奴は悪者だって、 そうやって世界守ってんじゃん。スーパーヒーローになれば、俺のこの気持ちも正義になるんじゃないの?そうやって、力持ちすぎたやつが正義を、正しいを作って、それを周りが肯定することで、そうやって世界って回ってるんじゃないの?」
一気に語り始めたあさひに、シオンは手を止めて呆気に取られたような表情。そんな彼を見て、あさひが笑う。
あさひ 「うん、そう、そんなことない。いや、アニメの世界はそうやって成り立ってるのかもしれないけど、現実そこまで単純じゃなかった。善と悪は入り混じってて、何もかもが正しい人間の存在なんてありえないし、そんな存在誰も認めない、許さない、そうやってバランス保ってる。でもさ、完全な正しいは存在しなくても、完全に近い間違いは存在するから質悪いよな。
倫理とか、法律とか、多分そんなところで、俺の気持ちは完全に近い間違いにされるんだよ。バツをマルに変えれる、 独りよがりのヒーローなんてフィクションだから」
あさひ、幸せそうに目を細める。
あさひ 「間違いだって分かってても、それでもすみれを自分のものにしてた時期もあったし、その時は、すみれが俺のバツをマルにしてくれてた。俺の世界ではすみれが全部正しくて、うん、多分、すみれは俺だけのスーパーヒーローだった。
でもさ、すみれにとっての正解は俺じゃないから。この夢は捨てるしかなかった。俺の正しいを正義には出来なかった。俺の正しいを押し付けて、すみれが間違いになるのが嫌だった」
シオン 「なんか…うん、お前が、馬鹿みたいにいつも必死な理由が、分かった気がするよ」
あさひ 「はは、お前は俺のこと理想化しすぎなんだよ。俺はねえ、正義じゃない。
だから、すみれの隣にはいれなかったの。激重でしょ?」
シオン 「いや重いっつうか…」
あさひ 「幻滅した?俺のこと少年ジャンプ扱いしてるシオンくん。
君ねえ、夢はどこまでいっても夢でしかありませんよ?」
シオン 「なんだそれ。まあ、お前も人間だったって話だろ」
あさひ 「いやあ、なかなかわがままな人間だよね。俺多分、心のどっかでさ、夢破れて帰ったらすみれが泣きながら抱きしめてくれるとでも思ってるし」
シオン 「…流石にお前、そこまで甘ったれた人間じゃないだろ」
あさひ 「どうかなあ」
シオンは返答に困り、腕時計を見て立ち上がる。
シオン 「あ、ごめん。教授と約束あるから行くわ。お前この後どうすんの」
あさひ 「ミシン壊れたから修理」
シオン 「ああ、じゃあまた夜な」
あさひ 「うん。ねえ、」
シオン、足を止める。
あさひ 「知ってる?愛ってね、そう簡単に枯れないんだよ」
シオン 「…それ、俺に言ってる?」
あさひ 「はは、自分にかも」
あさひはシオンを見送った後、テーブルの真ん中に生けられていた花を一輪取り出す。
あさひ 「さようなら。血を分けた、俺だけのスーパーヒーロー」
了