はじめに

私は、日本ではない地球のどこかに居を構える、日本人女性だ。
結婚歴のある、独身…回りくどく言ったが、いわゆる『バツイチ』である。
若くもなければ、年老いてもいない。
私の個人的な意見としては『非常に曖昧な年齢』だ。
『妙齢』とでも言おうか。
 
さて、最近…具体的には、数か月前から私の脳は忙しい。
脳の中での『おしゃべり』が過ぎるのだ。
 
元々、若干妄想癖がある。
幼いころから、妄想にふけっては時間が思いのほか経っていて驚いたものだ。
趣味とも言える。
『趣味』の定義はなんだろうか。
それを行っている間は、ストレスを感じず頭が良い意味で真っ白になり、
終えた後は心身ともにスッキリしている‥
正確には、心がスッキリすることで、命の器である体もスッキリするのだ。
運動系の趣味はむしろ体を疲れさせる…にも関わらず、皆口をそろえて
『汗をかいてスッキリ』という類の言葉を口にするが、メカニズムは心がスッキリする事で、すべての受容体である脳がゆるみ、体も軽く感じるのだ…
と、私は思っている。
とにかく『趣味』とは心身ともに良い影響を与える…と言うのが必須条件だ。
 
私の妄想も、基本的にはこの定義にしっかり当てはまる『趣味』であった。
あったはずなのだ。
しかし数か月前から、その私の些細な『趣味』が変容してきた。
 
脳の中でのおしゃべりに苦痛を伴いだしたのだ。
 
不安や後悔、嫉妬など…人間の感情の中でも負の側面を持つものは挙げればきりがない。
勿論それまでだって、そのような感情を感じる事はあった。間違いなく。
人間なら多かれ少なかれそうであろう。
 
しかし最近の私のそれはタチが悪い。
 
妄想から現実に帰ってきた時、それまでは、同じ水準のメンタルもしくは、少し上昇した位置にいた。
 
最近は、マイナス方面の妄想からそもそも帰ってこられない事がある。
帰ってきても、元いた場所を見上げてしまう位置にいるのだ。
 
インターネットをひっくり返すように目を皿にして視聴し多様な情報を得た。
心理学者・精神科医・名もなき物申す系さすらいのユーチューバー‥
みな『アウトプット』の重要性を説くのだ。
 
それはジャーナリング、書く瞑想など、なんとなく風格があり目にも耳にも心地の良い言葉として私の眼前に並んだ。
実際にペンを持って書くのが重要だ…
日記をかけ。アイディアを書け。とにかく書き散らせ。どこどこの世界的に有名なあの企業が実践している●●という思考法にのっとってアウトプットするのが、重要だ…
などなど、文言は様々だが、私の拙い理解力と解釈力をフル稼働して私なりに整理した結果、『書く事』で目に見えない思考をカタチとして表し、それを俯瞰して見つめよう‥というのが目的なのだと思う。
 
 
という事で、私も何回かやってみたのだ。
しかし、脳のおしゃべりは止まらない。
いや、止まらなくていい、しゃべってもいいから主人である私に『快』を与えてくれ。せめて『不快』を与えないでくれ。
このまま泉のようにあふれ出てくる『不快』な要素を脳の中でぐるぐるさせ煮詰めてそのうち化石になりそうだ。
 
私には誰の目にも触れない日記のようにとにかく書く‥という方法は合わなかった。
 
自分でいうのもなんだが、私は幼少期から目立つタイプだった。
いい意味で‥といいたいところだが、時に悪い意味でもそうだった。
 
ものすごくいい方向に偏向して、綺麗すぎる言葉である人は私をこう形容した
『華がある』と。
ひとつ思い当たるふしがあるのが、人前に出ることに幼少期から一切の戸惑いや違和感がなかった。
現在もある意味人前にでる仕事をしている。
 
自分にだけ、見える形では作用しない…あるいはその作用が砂漠の砂の一粒くらいなのだ。
実際に、多くの人が見るか見ないかは関係ない。
『自分ではない誰かが見る前提』で書くのが重要なのだ。
 
幸い、文章を書くのは好きなほうだ。
前述のとおり頭の中のおしゃべりが顕著だった私はいわゆる耳年増で口数も多かった。
あふれる脳の中の要素の全てを口から外に出せない分、掻い摘んで端的にアウトプットする訓練を自然としていたのかもしれない。
 
という事で、今日から自分自身を使って実験してみたいと思う。
人に見られる前提で文章を書く事で私の、負の方向の脳のおしゃべりがどのように改善し、レベルの低い言い方ではあるが、自分はいかに気持ちよくなるか‥
を観察していこうと思う。
 

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