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夏至の奈良と京都と琵琶湖の旅レポート 4日目~秦氏を巡る旅(太秦)

夏至の奈良と京都と琵琶湖を巡る旅に行って来ました。
⭐️4日目〜2024年6月22日

ライフワークのひとつとなりつつある、秦氏を巡る旅。
修学旅行ではじめて京都に行ったときからずっと気になっている秦氏と言う存在。
京都在住の友人に秦氏の関連の地を案内しながら巡りました。

秦氏一族は稲荷神社などを創祀したことでも知られており、蚕や絹などによる織物、土木技術、砂鉄や銅等の採鉱及び精錬、薬草なども広めた。

秦氏 - Wikipedia

秦氏関連の古墳二つ、秦氏で最も有名な秦河勝が建てた広隆寺、秦氏が創始した木嶋坐天照御魂神社などを巡りました。

6:00 起床 今日も朝から出かけるのでお散歩はなし。
7:00 少し早めに出て京都駅でモーニングを食べます。
モーニングの検索中に「龍のたまご」というワードが気になり、「塩小路カフェ」へ向かいます。
塩こうじは麹ではなくこっちの「小路」なのね(笑)となる。

塩小路カフェで龍のたまごを頂く(京都駅構内のため、一旦改札入りました笑)

「龍のたまご」はネットで調べたら、大分の卵で大阪に販売会社があるようでした(違うのかもしれないけど)

まだ待ち合わせまだ時間があるので、いつも通り京都駅展望台などを散策。

京都駅の展望台が大好きすぎて毎回散策します

8:20 待ち合わせの場所で合流。

8:40発に乗る予定でしたが、早めに集合したので1本早い亀岡行きに乗れまして。
ご一緒したYさんは地元の方です。
「生活環境に古墳があり、何気なく丘感覚で登ることはあるけど、わざわざ登りに行く!と出かけるまではしたことない」とのこと。
それはぜひ登りましょう!
と最初に向かったのは、花園駅から徒歩5分ほどで到着する雙ヶ岡古墳。

8:42 花園駅着 予定より10分早く着いた。

駅の前に、地名と方角のプレートが埋め込んである。
そして撮影している私の影(笑)

8:50 当然ながら予定より10分早く雙ヶ岡古墳登山口着

自転車は私たちのものではありません

8:56 サクッと三の丘の山頂到着。
山というより丘なのでわずか6分でした。
めっちゃ早くついてびっくり。

三の丘から二の丘、一の丘へと向かいます。

看板くらいしかないのですぐに出発し、わずか4分ほどで三の丘から二の丘到着。
すると、誰かが林の中で木を切っています。
古墳の頂上とは思えないお花畑にびっくり。

え?なにここ。庭みたい。ていうか公園を作っている?
きれいなお花がたくさん咲いていました

30度超えていたので少し休憩し、目的の一の丘へ向かいます。

9:08 途中にある「とおみのひろば」より
すぐ下にある妙心寺から京都市街地、比叡山や大文字焼の山も見えるとのこと。

うん、眺めがいい!!
奥に見えている山は地図によると比叡山。地図と図形を見比べる。

大文字焼きがここから見えるらしい

いよいよ、秦氏の首長のお墓と言われる一の丘へ。
調査の結果、秦氏の最も有名な首長河勝(広隆寺を建てた人)より少し早い時期とのことで河勝の父ではないか、と言われます。

山の中はわりと広くていくつか分かれ道がありました。

三つの丘からなるこちらの古墳は、一の丘のみ単体の古墳で、ほかに全部で24基もの古墳が集まっています。
24個の石室があって、それを土で覆った小山がその石室の数だけあったものが、年月とともになだらかになって三つの峰になったイメージをしてもらうとわかりやすいかな。

なのでよく見ると、あちこちに1メートルもないくらいの高さのこんもりした土の山があって、そこに植物が群生していました。たぶんこの小山が古墳の頂点なのだと思います。

そんな古墳の小山の中で、とても清らかで美しいオーラが出ている場所がありました。

どうしても進みたくなり、寄り道になるけどトトロの植物の道のようなゲート(植物)を抜けて行ってみました。

そこには少しこんもり度合いが大きな古墳の頂点らしきものと、それを守るようにいくつかの小山があって。
真相は知りませんが、ふいに、実は河勝の姉妹に当たる姫がいて、その人は雨を降らすことができた。そのせいで時の権力者に目を付けられひどいめにあって今その人がここにいる。と勝手に感じました。
そして、従者たちが今も姫を守っている。
そんな文献を一つも見たことがないので完全なる妄想ですが(笑)

あの蚕ノ社に祀られた姫様と同一人物だ(ちなみに蚕ノ社にそんな姫様が祀られている記述はどこにもないけど)と。

トトロの植物の道みたい

そこがね、もう、すっごく気が良かったの。
ここにテント張って寝泊まりしたいくらい(笑)
ここがあまりに良くて、ただのちょっとした空間なのに、10分も滞在していました。

さてさて。一の丘に行きますか。

古墳の案内の看板
一の丘からみる景色。そして、真上に飛ぶくまんばち

前回来た時にも「くまんばち(熊蜂)」が3匹くるくる回っていたんだけど、今回も同じ場所をくるくる回っていました。
実はくまんばちくんは比較的攻撃的ではないので大丈夫なんだけど、狭い場所で真上を何度も飛んでいくのでちょっと怖いかも(笑)
それにしてもここはさすが「蜂岡!」
蜂がいる岡ってことなのね(違うと思うけど)

一の丘から降りて公園を通ったけれど、帰り道も綺麗。

10:02 古墳をあとにして、ここから歩いて12分の蚕ノ社に向かいます。

10:16 暑い中歩いて蚕ノ社(木嶋坐天照御魂神社)到着。

大好きすぎて、京都の実家感覚(何故実家なのだ笑)

炎天下を歩くより、タクシーとか電車とかほかに移動手段がなくもないけど。
歩き巫女タイプなので、その土地を歩きたいのです。
同行者には申し訳ないっす(歩くの全然平気ですーという言葉に完全に甘えております笑)

何度目なんだ、蚕ノ社!

あああ、立派な鳥居っすね。

ちなみに私は今回服喪中ゆえ神社に入れないので、この看板の前でYちゃんのお参りが終わるのを待ちます。

暇だったので、繰り返し看板を読む

ごめんよYちゃん、一緒に行って「あれはこう」とか解説したかったっす。でも神様に穢れをもたらすわけにはいかんのです。

通称は「木嶋神社(このしまじんじゃ、木島神社)」や「蚕の社(かいこのやしろ、蚕ノ社)」とも。古くから祈雨の神として信仰された神社であり、境内には珍しい三柱鳥居があることで知られる。

木嶋坐天照御魂神社 - Wikipedia

ここから下の写真は、2022年に来た時の蚕ノ社。

ここが「元糺の森」であり、そこに立つ三柱の鳥居。
糺の森は今、下鴨神社にあります。

以前のレポート参照してください↓

10:22 蚕ノ社出発
10:30 大酒神社到着

大酒神社鳥居

祀られているのが秦の始皇帝・弓月君・秦酒公です。
秦氏の祖先といわれる、秦の始皇帝(ざっくりいえば吉沢亮)
日本に来た秦氏のリーダー弓月君
そして、秦氏のその時のリーダーの方。
秦氏は織物を日本に伝えた方ですが、天皇に捧げた彼らの絹織物が、この地にうずたかく積み上げられていたところから、ウズマサと呼ばれるようになった。その地名の元になった人とされます。
すごいメンツなのに、神社は小さくて、あまり知られていないらしい(なんでだよ)

秦始皇帝・弓月王って字面強くない?
この見えている木のあるあたりが神社のすべて。こんなに小さい。
もともとは、すぐ隣にある広隆寺の一部だったのです。

ここも神社なので寄らずに、すぐそばにあったコンビニで待つ私。
いつか改めてレポートします(*^_^*)

10:45 大酒神社出発→10:48 広隆寺到着。わずか3分。
いいえ、もう、大酒神社をあとにしたあたりから、広隆寺見えていました。

どーん!!こう、りゅう、じ!!
あああ、よき!広くてしんとしていて、よき!!
本堂と五芒星。

いよいよ弥勒菩薩様に会いにいくのですが、その途中で見長けた看板

十善戒。もはや十戒まんまです。
弥勒菩薩は聖母マリアって言われているし、
聖徳太子(厩戸皇子)は馬小屋で生まれているし。
キリスト教をそこかしこに感じる
ここに弥勒菩薩様が!!

11:30 ほぼメインの広隆寺に45分ほど滞在。
小腹もすいたので、この近くで何か食べることに。検索するもあまり見つからず。近くには町カフェリコさんか、中華屋さんがあるらしい。
よし、町カフェにしよう!

11:40 リコさんにてランチ。ネコカフェでした。

リコは初代ネコちゃんのお名前。

で、肝心のネコちゃんはどこですか?と聞くと、
「保護猫で来たばかりだから、あまり慣れていないの。あの小屋の中にいるわ」と。
どうやら演奏会などもあるらしい店の奥のギターのさらに奥に、猫ちゃん発見!

いつ見ても、ただただこちらを、じーーーーっと見ていました。
かわいいいいいい(猫大好き)
豚しょうが焼きあんどハンバーグランチうまかったっす。
なんか、写し方残念(笑)

12:20 お店出発。次は、蛇塚古墳です(おどろおどろしー名前)
12:40 到着。

あらかじめ京都市教育委員会に連絡をして、見学の許可をもらいまして。

このお近くに住んでいらっしゃる、鍵を保管してくださっているお宅を訪ねて鍵を受け取りました。

鍵がなければ柵の外からしか見れません

この古墳、京都最大級の前方後円墳だったのですが、今は円墳のみ残り、あとはすべて住宅地に。
しかも、残された円墳を取り囲むように円を描いて家が並んでいるのです。

ちょっとだけ思いました。
古墳を囲むように建っているお家の方々は、秦氏を守っていた家臣の末裔なのかもしれない、と。
そんな感じで住宅地の中に、そこだけ異空間という次元違っていますよね?という感じです忽然と姿を表すのです。

時空が曲がっている?みたいな不思議空間で。

中に入るとぐるぐるが止まらない。
人によっては酔ってしまうので、すべての人にお勧めはしません。
本当ならば、もっと巨大な敷地があり、そこを巡るパワーがあったのに、削られて余ったパワーが閉じ込められて濃縮してしまった感じ、かな。

ここはたぶん浄化あんど解放が必要っす。
でもあまりの暑さとぐるぐるでそれができず。
うん、見たね!って感じで終わりました。

さて、一通りのコースが終わり、ここから嵐山行くか、どこかに行くかと相談しまして。
嵐山にも秦氏ゆかりのちがありますからね。
とはいえかなりの観光地で人も多かろうと悩みます。

実はランチの時に、
「6月の京都といえば水無月!」
と話していたのですが。

これが水無月。
Yちゃんおすすめの
デパ地下の和菓子屋で買いました

せっかくなら、とらやの本店(今は本店は銀座に移ったけど、もともとは京都にあったとのこと)で水無月を食べましょう、となりまして。

とらやの本店で水無月を食べる??
そんなこと、考えたこともなかった。
Yちゃん、天才(笑)となる。

太秦の大魔神像(なに??)の前を通り過ぎる。

13:10 帷子ノ辻駅から乗って、

何、このレトロな列車!

大宮駅で乗り換えてなんかよくわからないけど(途中で駅を見失う笑)
いろいろあって、烏丸御池駅から今出川駅に行きまして。

とらやっす。

さすがとらやん(ともだち?)
水無月は本来夏越の大祓の(6/30)に食べる物なので、その数日前しか出さないとのこと。

ほんと、さすがっす!!
売ろうとしない感じが好きっす!

それにしても前日の「あどがわえき(安曇川駅)」もそうですが、
「とらやの本店(正確には本店は今は銀座)で水無月を食べる」
というセリフも人生初です。
そんな言葉を私が発するなんて(笑)
しかも水無月売ってないし😅

和菓子を食べるはずが気付けばまたこれ

皆様は神領域レベルでおいしいかき氷を食べたことはありますか?
私は食べました( *´艸`)

その後、二条城に行くことになり、テクテク歩いて途中の晴明神社に寄ります。

晴明神社到着

とはいえまたまた鳥居の前で待つ私。
次回改めてお参りに来よう~

15:36 二条城到着
ごうか、けんらん!!!!

凄かった。
基本的に、お城は、忍者目線で見るのが好きであり、豪華絢爛さを好んでいるわけではないのです。
でも、やっぱり建物というよりはもう「美術品」として、最高級に凄い。
修学旅行できた時は、床が鳴る!ことくらいしか記憶になかった(苦笑)

私も美術的価値が少しはわかるようになれたのかな^ ^

お堀です

城内は撮影禁止のため写真はないのですが。
あちこちに接見の間だらけで。
春はここ、秋はここ、身分が高くない人はここ、姫はここ、大名はここ、身内はここ。
といっぱいわけられていました。
さらに、接見の間の前の控えの間もいくつもあって。

それを見て思ったのです。
お殿様、めっちゃ多忙だなあと。

向こうは高貴な方に会えるドキドキで嬉しいだろうけれど、お殿様は毎日はいあっちの部屋、今度はこっちの部屋と広い城内を引きずり回され(表現)、しかもそこでいろんな人のいろんな話を聞いて何か対応を迫れられる。
そんな時にもし疲れのせいで、あーだるいって態度を取ればきっと、後々瓦版で批判の記事を書かれて炎上的な(今でいうエックス的な笑)

しかもね、いつ毒殺されるかもわからず(常に最高権力の座を狙う親戚とかだらけ)毒見してからしか食べられないから、あったかくないかもしれないし、麺はのびていたかもしれないし、なによりこっそりつまみ食いとか、プリン隠れて食べるとかできないよね😅

つまらない人生なのかも(私の価値観!)
とか思っちゃいました。

16:40 二条城をあとにする。
気づけば一時間も滞在していた(笑)

16:47 二条駅から京都駅に向かう17:00 Yちゃんに連れられ京都駅伊勢丹地下のお菓子売り場へ。

とらやで食べられなかった水無月を買い(そのあとホテルで食べ比べしました)京都の有名なお菓子屋さんや人気のスイーツを色々教わる。

うん、最高!

デパ地下をうろうろし、それではと、17:30に解散。

一旦ホテルで休み、再び19時頃に夕飯を食べに伊勢丹やら京都駅を散策する。
見ていてつかれたので、駅弁を買ってホテルで食べて寝てしまいました^ ^

いよいよ翌日がラストの日です。


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