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「今帰りならさ、一緒にラーメンでも食べる?」

「今帰りならさ、一緒にラーメンでも食べる?」

しめた。この言葉のために私はゆっくりと歩を進めていたんだ。

大学一年の頃、ビッグバンドサークルに入っていた。先輩が40人くらいと同期が20人くらいのそこそこの規模のサークルだった。

毎週水曜22時。全体練習の後基本的にみんなはまっすぐ帰るのだが、体験入部期間を終えてインスタグラムを交換し出した頃から、一年生は皆とあることに気がついた。

どうやら先輩はみんな、練習後に駅の裏にある家系ラーメンに行きつけているらしい。

大学一年のくせに飲み会もしないでまともに帰る同期との帰り道、先輩のSNSを見ると決まってそのラーメン屋で笑う映像が流れ込んできた。

しかも先輩は複数人で行くもんだから、ストーリーを横に飛ばすと別アングルから同じ家系ラーメンを撮った映像が流れたり、スープまで完飲したからっぽの器の写真が撮られたり、とにかく水曜日の午後22時のタイムラインは、「そのラーメン屋」の情報で持ちきりだった。

サブカル最前線みたいな音楽サークルだ。「俺らはフツーの大学生みたいにバカみたいに酒なんか飲まずにラーメンを啜るんだ」という心の声も聞こえてきている気がする。

「なんかさ、うちらも行って、みたいよね」

帰りの急行電車の中、私が照れ臭くていえなかったセリフをその子はさらっといった。

たぶん、全一年性は同じことを思っていたと思う。

先輩と少人数で食べるラーメン。

それが酒じゃダメだ、フツーの大学生になってしまう。ランチじゃダメだ、ハードルが高すぎる。打ち上げの焼肉のような雑多な感じでもなく蕎麦でもなくうどんでもない。

家系ラーメン、ということが大事なのだ。

当時の私は帰り路線が同じだった友達と共謀して、「いつもよりちょっとゆっくり歩く」作戦を取ることにした。

決してこちら側から誘ってはいけない。特別感が薄れるから。かと言って誘われ待ち感も出さず、あくまで流れに任せて誘われるために、私たちはほんの少し歩みを同期から遅くして、大きな交差点を渡り損ねることで前を歩く一年集団から離れることに成功した。

大通りの長い長い赤信号。渡れば最寄り駅、渡らなければラーメン屋。信号が青に切り替わるまでに先を歩く一年集団は見えなくなり、彼らの1人に「はぐれちゃったから先行ってて!」とラインを入れた。

そうこうすると喫煙所でたむろしていたであろう二年生集団がゆっくりと交差点に差し掛かった

「あれー、ふたりともどったの?はぐれた?」

きっと、このセリフはイチローがバットを振る動作を始めたような、そんなセリフだと思う。私は野球は詳しくないけど、イチローがものすごい選手なのは知っている。でも彼だって、10割10打ではない。ここでの上手い切り返しが、9回裏の明暗を分ける。

選択肢A そうなんですよ!お疲れ様です!
選択肢B 先輩方どこに行くんですか〜?
選択肢C 一緒にラーメン行きたいです!

さあどうしよう。選択肢Cか?いやいやあまりにも直接的すぎる。「誘われた高揚感」「選ばれし感」がなさすぎる。

選択肢B?これはもう送りバントだろう。安パイを狙い過ぎている。選ばれし感が下がるぞ。

選択肢A?こ、これは振り切ってるが空振りの可能性だって高い。
「そーなんだ!おつかれー!」
とも言われようものなら私たちの無言で取り決めた作戦は失敗に終わるのだ。

この葛藤をおよそ3秒で繰り返し、選ばれたフォームは

「え〜先輩方そっち行くんですか〜?」

Bの送りバントだ。

だせえ!だせえぞ私!チキったなお前!おいおい!

という心の中の自分に

いや、これはね、どこ行くんですか?という直接的な表現を避けてそっち(交差点を渡らず直進するルート。その先にラーメン屋がある)に行くんですか〜?という曖昧な表現をとった高等手段だ!ハイテクなんだぞ!

と。言い訳をしていると

「今帰りならさ、一緒にラーメンでも食べる?」

話は冒頭に戻る。

このセリフ、別に超イケメンの憧れの先輩に言われたわけではない。

なんなら女性だったかもしれない。もはや忘れた。あくまで先輩、ということが重要なのだ。

ちょっと音楽が上手な、世界の違う先輩。

そんな人から私たちはこのセリフを獲得したのである。バントだろうがなんだろうが関係ない。ボールは急に旋回を始めてホームランの方向に行ったのかもしれないのだ。

先輩たちの間にサンドイッチの具のように挟まれた私たちは、夢にまでみた家系ラーメンののれんを潜っていた。

「え〜!なんていうラーメン屋さんなんですか??」

嘘。本当はインスタで30回くらいホームページに飛んだしここが先輩愛用のスタンプカードを提示するだけで連れが全員大盛り無料になるってことも知ってる。

「ラーメンわたしめっちゃ好きなんですよ!高校の時一風堂のスタンプカード1番上のとこまで集めて!」

これはほんと。でも「女子だけどラーメンめっちゃ食うキャラ」をつけたかった自分がいたのもほんと。

「え〜今度また誘ってください」

一緒に来た友達がボーナスヒットを打ちやがった。あぁ、ずるい、ずるいぞ。

なんでことのない家系ラーメンだった。しかし22時に、二、三年生の中に2人だけ一年生が混じって啜るそれは、もうなんというか、大学生が飲めるワインの何倍も高尚なものに感じたのだ。

帰りの電車内で友人と作りたてのスタンプカードを見つめながらにやっと笑ったことを覚えている。

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一年後、私はビッグバンドサークルを辞めた。

きっかけは性格の不一致。歯車が合わなくなったのだ。

代わりにというわけではないが、兼任していたボランティアのサークルを本気で取り組んでいた。300人規模のそのサークルは、普通に飲み会でバカみたいにお酒を飲むサークルだった。

そして、気づいた。

一、馬鹿みたいに酒を飲む大学生は、普通に楽しい。

二、馬鹿みたいに酒を飲む大学生も、やるときゃやる。表面だけで馬鹿にするのは逆にダサい。

三、変に誘われ待ちをするこじれた後輩より、素直な後輩の方がかわいい。

今ならわかる。というか今の私なら迷わず選択肢C「ラーメン連れてってください!」を切り出す。

正直であること。私が今思う大切なことだ。謎に強がってるようなやつは、めちゃくちゃな美人でもない限り好かれない。素直。これがなんだかんだ人が人を好きになる上で大切なことなんだと思う。

家系ラーメン屋に行くのもやめた。だっていつも誰かしらバンドの奴らがいるから。

今年も一年生はあのかゆいやりとりを乗り越えて先輩とのラーメンにありついているのだろうか。まあでも別に過去の自分にアドバイスはしない。いつか気づくよ、バレバレな誘われ待ちをする自分自身の痒さに。

今思えばとんだ中二的な大学一年生だっただろう。ただ、あの深夜のラーメンが私にとって格別な味だったことは、忘れられないのだ。

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今日、都築響一さんらのエッセイ集、「Neverland Diner ――二度と行けないあの店で」を購入し、トークイベントに行ってきました。

まず過ぎる、閉店、どこかもわからない。色んな理由で「二度といけない」ご飯屋さんをテーマに描かれたエッセイたち。

サイン会でガッチガチだった私に書いてみなよ〜と都築さんは言ってくれました。なんて優しいの。

完全に感化されて書いた作品です。あーはずかしはずかし。

絶対二度といけない店だ。チェーンだけど。

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