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私も誰かの残機なのかもしれない。


山田悠介最新作が発刊されたと知った翌日、最寄り駅の本屋に駆け込んだ。


本は専ら図書館で借りて読む派のわたしでも、特にお気に入りの作家さんの本はきちんと買って読むのが拘り。山田悠介を初めて買ったのは中学生の頃だったかな。「リアル鬼ごっこ」が実写化されてわたしも読みたいな、なんて思ったの。あんまりホラーは好まなくて、しかも人気だから図書館じゃ今から予約しても読めるのは1年後くらい。妥協して手に取ったのが「キリン」で、この本がわたしの山田悠介デビュー作。金欠中学生だったわたしにはちょっと痛い出費だったけど、一度借りて読んだのに、それでも手元に置きたい!と思った。それから5年、今わたしの本棚の一軍ゾーンから6冊の山田悠介がこっちを見てる。それで、「俺の残機を投下します」が7冊目、記念すべき初単行本だ。

あんたと山田悠介の馴れ初めはどうでもいいよ、早く感想読ませなって思ったひとごめん。もうちょっと内容じゃない話をさせて。装丁の話。

本屋の書架を辿って、あった!って手に取った瞬間にわたしはこの本を造ったひとに心底感謝した。だって触ってみてよこのカバー、表紙だけじゃなく背にも文字にエンボス加工が施してあるの。これはたまらん。しかも書名と著者名だけじゃなくて、キャッチコピーやイラスト内のデザインまで細かく浮き出てる。米山舞さんの近未来的でスタイリッシュなイラストとあいまって読む前からワクワクが止まらない。「本のエンドロール」を読んでから、以前に増して”本”推しになっちゃったわたしにとってこれは完全なときめき案件だった。きっと細かく練られたデザインで、印刷会社的にはちょっと大変な加工だっただろう。でもきっと、人気作家山田悠介の最新作を手に取って読んでほしいって想いで造られたんだろうな。素敵な装丁にしてくれてありがとう、伝わってますその想い。

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(カバー下もメタリックっぽくて最高にカッコいい!)


さて肝心の本の内容だけれども、ここで簡単にあらすじを紹介しておく。

家族を捨てて、世界一のプロゲーマーを目指す一輝。それでも最近は成績が振るわず、徐々に心も荒んでいく。そんなとき、悩める一輝の前に謎の三人組が現れた。当初、不審に思い避けていた一輝だったが、彼らの命を賭けた切実な想いが、少しずつ一輝の凍った心を溶かしていく。元妻の結衣や一人息子の晴輝との絆を取り戻し、eスポーツワールドカップ・格ゲー部門で奇跡の快進撃を見せるのだが……
そこに待ち受けていた最大の危機。はたして一輝は愛する人たちを守ることができるのか? そして最後に選んだ一輝の答えとは?

山田悠介を一度でも読んだことある人なら、このあらすじだけでいかに彼の得意分野なのか分かるとおもう。フィクションと現実の狭間で「あり得そうな世界」のラインを絶対に超えない、このバランス感覚が今作でも余すところなく発揮されている。3Dホログラムで展開される格闘ゲームは全く見たことも想像したこともないものだけど、大会が行われる東京ドームは色・形・場所・様子が事細かに頭に思い浮かべられる。細やかに幻想とリアルが織り交ざって作られた世界観が文字を通してわたしの中に形を伴って再構築されていく感覚。本を読むとき特有のこの感じを、この小説はすごく手慣れた風に呼び起こしてくれた。

主人公の一輝は家族や周りを顧みない超自己中プライド高めの嫌な男。「その時までサヨナラ」の悟と似て正直読んでいるとだんだん腹が立つタイプのキャラクターで、この手の主人公が苦手な人も一定数いるかも。そんな一輝が3人の“残機”と出会うのが物語の始まり。「世界には自分と同じ顔が3人いる」都市伝説を基にアレンジを加えてある。一輝が本体で同じ顔を持つダイゴ・リュウスケ・シンヤはそれぞれ残機として一輝が命の危険に晒されたときに、文字通り身代わりとなって消えてしまうという設定。この小説の主人公は確かに本体の一輝だけど、ひとたび鏡に映してみると、残機が主人公だということも出来る。これは読む人によるかもしれないけれど、少なくともわたしはそうおもった。
だって、わたしも、誰かの残機なのかもしれない。

「お前も自分の人生の主役なんだよ。」

一輝が残機の一人ダイゴに放った台詞。わたしも、誰かの残機なのかもしれない。憧れの女優さんも、可愛いあの子も、なんでもできる同級生も、お洒落なあの人もみんな本体で、それが羨ましく思えて。世界が太陽みたいなそのひとを中心に回っていて、わたしはその端っこでゆらゆらする歪な形の小惑星だとしても。でも、それでも、どんなに足掻いても本体は、残機のわたしの人生の主役にはなれない。

「本体だろうが残機だろうがこの世で唯一の存在なんだ。」


なんてまあ、憧れと理想で凝り固まった心をほろほろ解してくれるお話だったわけだけど、それだけで終わらないのがやっぱり山田悠介。思わず読み返してしまう仕掛けには流石というべきか、あざといというべきか。毎回これがあるって分かっていても予想がつかない展開で、途中だって読みながら何回も裏切られるから。これだから、山田悠介はやめられないんだよね。


物語の結末は、人生の主役となるべきあなたが読んで。


本編とはあまり関係がないけれど、この本のPVがとってもとっても素敵だから、読む気がなくても見てほしいな。

読了日:2020/10/19



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