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曖昧を生きる

前回の記事から8ヶ月も経ってしまいました。
書きたいことはいっぱいあるんですが、

どうにも書く習慣ができないですね。

一応このnoteのテーマは、「日々のリアルな葛藤や感情」なので、葛藤がある時に筆が進む傾向があります、今回も笑

誰かに伝わったらいいなという想いももちろんありますが、結局誰よりも自分に向けて書いているのかもしれないです。



会社の17周年創業祭で

僕が働いている株式会社はぐくむは10月19日が創業日のため、毎年10月に大切な方を呼んで創業祭を開催します。

そこで一年間を振り返るスピーチをメンバーがそれぞれ話すんですが、今回はそこで僕が話したことです。

来れなかった人もいるし、
大切な人には僕の今の状況を知ってほしいなと思って。

ではいきますね。

創業祭の一コマ


揺らぎのある一年だった

2022年10月からの一年間を一言で言うと、
揺らぎのある一年」でした。

どんな揺らぎがあったのか?の前に、
何があったのか?

を話します。

創業祭でスピーチしたスライドから


LIFE DESIGN SCHOOLの終わり

僕がはぐくむに出会い、
カミングアウトするきっかけとなったLIFE DESIGN SCHOOL

そこから約16年間、人生の半分ほどの時間とエネルギーを注いできたプログラム。

そのLIFE DESIGN SCHOOLを辞める決断をした。


直接的に大きな要因は、参加者の減少。
コロナあたりから年々参加者が減り、集客に苦しんだ。

社員は増えたにも関わらず、集客は伸び悩み、
減少の流れは止まらなかった。

社員の人数が増えてからは、新しいメンバーが生活できるよう、この数年間は自分をかなり追い込んで頑張ってきたけど、それでもうまくいかなかった。


そして、毎年春と秋、2回クラスを開講していたけど、ついに今秋のクラスから開講しない決断に至った。

僕の人生を変えるきっかけとなった恩人で、
ともに成長してきた仲間で、
そして愛情と情熱を込めてきた子どもでもある
LIFE DESIGN SCHOOLをなくす決断は自分を大いに揺らがせました。


メンバーの休職や退職

前述の決断は今年の3月くらいだが、それと並行するように、一緒に働いていたメンバーが休職したり、退職した。

一番多い時で8名ほどの小さい会社なので、
一緒に働く仲間にはただの同僚ではなく、
人生をともにする想いで関わっている。

し、関わっていたと思う。


特に8人の中で、僕は入社歴が2番目なので
彼らが自分のように生活面で苦労しないように、自分の仕事とともに、彼らがたのしく仕事できるようエネルギーを注いできた。

だから、メンバーそれぞれに対してグラデーションはあれど、かける想いも一入だった。

でもこの1年ちょっとの中で大切な仲間の退職と休職があり、今は4人でやっている。


彼らの幸せは今も願っているし、応援しているけど、何だかその都度心がぽっかり空いてしまう感覚があった。

仕方ないとも、そりゃあそうだよなという気持ちもあるんだけど、それだけでは整理できない気持ちが重なった一年だった。


今まで信じて築いてきたものに対する揺らぎ

そういった出来事以外にも、一緒にやってきたメンバーの働き方や考え方の変化を目の当たりにしたことなども重なって、

揺らいだ。

今まで信じて築いてきたものへの揺らぎ


自分のアイデンティティの半分くらいあったLIFE DESIGN SCHOOLが終わり、大切な仲間もいなくなったり変化していく中で、


自分が今まで築いてきたものは何だったのか?

何のために働いているのか?

はぐくむで本当にこれからもやっていきたいのか?


と、今までだったら揺らがなかった答えに疑義が立った。


そして

「自分にとっての幸せは何なのか?」

と根本的な問いが立つことも多々あった。


インスタでは、全国を飛び回っている旅野郎かもしれませんが、この一年は色んな感情を味わい葛藤した一年でした。


今も揺らぎの中にいます

「葛藤した一年でした」とか言ったけど、
揺らぎは現在も進行中。

答えがはっきりわかっているわけではないし、
充分に揺れています笑


はぐくむで働いていることに変わりはないけど、
以前のように「ここで骨を埋めるんだ!」みたいな感覚ではない。

もちろんだからと言って今すぐ辞めたい、というわけではないけど、自分には辞める選択も含めてあらゆる選択があって、

その中で自分が何を選択して生きたいのか?

当たり前なんだけど、
その根底を見つめながら毎日を過ごしている。


今までは揺らいでるエネルギーがあったら、
実現したい未来を形にすることに全力を注いできたし、それでいいと思ってたから、小さい揺れはあっても、大きな揺らぎはなかった。

でも時代もみるみるうちに変わっていき、
会社の状況も、働いているメンバーの考え方も変わっている中で、大きく揺らいでいった。


そして、

じゃあ自分はどう生きていきたいの?

と問われているんだと思う。


今もその問いに対する答えが出ているわけではない。
答えが出ていないどころか、さっき言ったように、充分に揺らいでいる。

でも今はそれでいいとも思ってる。

答えをすぐに出そうとせず、曖昧を生きていいんじゃないかと。


何となく、揺らぎとともに生きることが、
今の自分には大切な気がするから。


この揺らぎの先にいつかまた答えが出たらいいなぁ、とは思っている。

でも長い人生(かはわからないけど)、
曖昧を生きる期間があってもいいんじゃないかなって。


仕事でやっていること自体は自分のやりたいことなので、仕事はもちろん真剣に全力で取り組んでいます笑

むしろ力のかけ方はバージョンアップしたような気もします。

ずっと向き合っているのも苦しいんで、
コトに向かえるのはありがたいんですよね。


きっとみんな休みたい

最近僕の周りを見ても、休みたい人、
休むことを決断する人が多いんですよね。

休学・退学・休職・キャリアブレイク。

キャリアブレイクとは、一時的にこれまでの仕事を離れて、自分のこれからのキャリアを改めて考えて、学び直しやスキルアップ、リフレッシュなどに充てる期間のこと。
以前一緒に仕事したことがあるキャリアブレイク研究所の北野貴大さんがバズらせて、認知度が上がってきている概念。


今までは効率化重視の工業化社会で、いい高校・いい大学・いい会社と最短最速で生きることが正義だった世界から、

「本当にそれって幸せなんだっけ?」

と、一人ひとりが自分の生き方や幸せを模索する時代に変わってきている。


自分の信じてきたものや築いてきたものに疑義が立ち、今までのように目の前の道を盲信して進むのではなく、

どうなるかはわからなくても、一旦休みたいんだと思う。


本当に驚くほど周りに休むことを決断した人が多いんです笑

僕は別に物理的に休んでいるわけではないですが、内面は近い感覚です。


今まで自分の志とか目指す道とか、はっきりさせてきました。

それが自分の好きな生き方だったし、またそうなっていけたら良いなと思う自分もいます。


でも今は、揺らいでいいんじゃんと思ってます。

曖昧を生きて、揺らぎとともにいていいかな、と。


これを読んでくれた人や、今まで何者かになろうと、最速で生きてきた人にも、伝えられたらいいな。


揺らいでいいじゃん、休んでいいんじゃん

曖昧を生きるタイミングがあってもいいんじゃない?


って。

決断して進むのが人生だけど、そもそも進むこと、登ることって幸せなの?っていう問いもありますし。


最後に

以上、僕のこの一年ちょっとの近況でした。長くなってしまった。。

最後まで読んでいただいた方、ありがとうございます。少しでも何かが伝わったら幸いです。

もう少し曖昧を生きて、
また変わってきたら報告しますね。

曖昧を生きてみる

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