最強の盾の棄て方
「これねぇ、うちじゃあ扱えないンですよ」
白髪混じりの頭を掻きながら、眼鏡の奥からしょぼしょぼ覗き込みつつ、受付のおじさんは言う。僕の後ろに並んでる他の利用者の方をちらちら見ながら、少しイライラしてるのがカウンター越しでもわかってしまう。
「有料でも……ダメですか?」
「いや、うちはそもそも有料ですよ。そこら辺のゴミ捨て場じゃあないンだから。処理場だから」
「あ、あ、そうですよね、ですよね……すいません」
これ、と呼ばれているのは我が家の先祖伝来の盾だ。伝説の勇者と共に戦った戦士が、魔王討伐の際に使ったとされる有史以来最強の防具。魔王が倒されてから幾千年、その無骨ながらも丁寧な意匠は未だ褪せることなく、静かに実家の納屋に眠っていた。そのまま眠らせておけば良かったのだけど、老朽化した納屋の取り壊しで、再び日の目を見ることになったのだ。
「大体ねアナタ、これの素材知ってらっしゃる?ミスリルだかオリハルコンだかわかんない、今じゃその製造方法だってわからないような代物なんですよ。処理中に設備になンかあったら責任取れないでしょ?」
「……はい、すいません」
「とにかくね、気の毒だけど、うちじゃどうしようもないから、持って帰ってくださいね、はい次の方どうぞー」
やたら重い伝説の代物を両手で抱えて、追い立てられるように受付を離れる。後続列の苛つきと好奇心の入り混じった視線が地味に痛いので、振り向かず処理場を後にした。
待ち合わせていた喫茶店へ着くと、先に来ていた杏花が窓越しにこちらへ気付いて手を振る。店に入って彼女と同じテーブルに着きコーヒーを注文すると、この暑いのによくホットなんか飲むね、とからかわれる。
コーヒーを待つ間に処理場での顛末を話すと、彼女は楽しそうにけらけらと笑って言った。
「捨てに行ったら良いじゃない、火山に。伝統的に」
「火山ってお前、それ不法投棄になるんじゃないの」
「それは大丈夫なんじゃない、流石に跡形もなく溶けるだろうから証拠不十分でしょ。ていうか不法投棄、気にするんだ」
「そりゃまぁ、やっぱり育ちがいいので……」
「育ち!しれっと育ちの良さアピールとか!」
「いやいやそんなんじゃないんだけど」
残り少なくなってたアイスコーヒーをズズッと吸い上げると、彼女はそのストローをこちらに向けて、ピピッと雫を飛ばしながら神妙な顔で諭すように言った。
「その伝統工芸品、売るっていう選択肢はないの。相当な値が付きそうなんだけど。その後、遊んで暮らせそうな匂いがするんだけど」
「それはまぁ、考えた。割と初期に」
「まじか。それで育ちの良さうんぬん言ってたのか。呆れるね!」
細かく上下に振られたストローからこちらに向かって雫が迸る。テーブルと僕の額に飛んだ冷たい水滴に思わず顔を顰めてしまう。
「なんなのその育ちの良さに対するコンプレックス感」
「いや、別にそんなでもないんだけど、自分から育ちが良いと言い出す奴を懲らしめようかなって」
「そこまで糾弾されないといけないやつ?」
「まぁ正直それはどうでもいいけど、結局売れなかったってこと?」
「……うん、法律的なアレで」
「法律的なアレ。どれ?」
再びグラスへストローを戻し、雫をリロードしようとする杏花。
「やめて。それはやめて。言うから」
「フフフ、素直な子は嫌いじゃないぜ」
グラスを脇に避けると、おもむろにテーブルへ両肘を着いた杏花。あごをその上に載せると、作り込んだ低い声で囁いた。
「さぁ、話してもらおうか、ジョニー」
「あぁわかった。あれはまだオレがムーニーマンとトレパンマンの間で揺れ動いていた頃……」
「え、そんなに遡るの。しかもユニ・チャーム派」
「履き心地良かったからね」
「え、覚えてんの、すごい」
真顔で受け取る彼女に、なんでそこは信じるのかな、と思いつつ否定もせず本題に入る。
「とにかく、僕が物心つくかどうかって頃に、盾の売却の話はあったみたいでね。試しに鑑定して貰ったら、天文学的価値だって」
「すげぇ、売ろう」
「そうなるよね?でも、骨董品を売るってことは所得税が発生するし、何より買い手が付かないといけない」
「うんうん」
「でも、そんなのよっぽどの物好きじゃなきゃ買えないし、買ってくれそうな世界の金持ちに売ろうにも、国外には持ち出し禁止だって言われたらしい」
「なんで?」
「"武装品"になるからだって」
あーなるほどねー、などと言いながら杏花は、メニューをめくってスイーツのページを凝視し始める。自分で聞いといて、話がめんどくさくなってくると興味を失くしたらしい。
「そういう訳だから、そのままになってたんだけど、納屋の改築で……」
「そもそもさぁ」
「ん?」
「なんでそんなのが凛人んちにあるの?」
「え、なんでって、ウチが伝説の勇者パーティの末裔だから」
「……は?」
ようやく、メニューから視線が僕に映る。何とも言えない表情と見合う。
「それ初耳なんですけど」
「うん、僕も初めて人に話した」
「それってそこそこ大事な話なのでは?」
「だから人に言ってない。杏花には言うけど」
「あっ、うん。……はい、わかりました」
何だか顔を赤くしてるように見えたけど、すぐにメニューで隠したのでよくわからない。
「まぁそんな訳で、改めてなんとかしなくちゃなーと思ったのはね、相続税が掛かるってことに今更気付いたからなんですよ」
「それはお父さんから凛人への相続、ってこと?お父さん、なんかあったの?」
色とりどりのスイーツの並ぶページから顔を上げて、さっきとは違う心配そうな視線。
「いや、ピンピンしてる。毎日ドラクエウォークやってる位には」
「そうなんだ。ドラクエ派なんだ」
「母さんはポケGO派なんだけどね」
「流石は勇者の眷属。となるとお母さんは由緒正しきトレーナーの家系か」
「それは聞いてないな」
「そりゃ育ちの良さも致し方なしだな」
勝手に納得すると、またメニューとがっぷり4つに組んでいる。
「一応、最終手段としては相続放棄っていう手もあるんだけど、それはそれでかなりめんどくさいことになりそうだから、もう早めに捨てられたらなーと思って」
「ご両親、よく納得したね」
「想定額知ってるからね。息子が骨董品と共に路頭に迷うのは」
「よしとはしないか」
散々迷って鬼盛りパフェを注文することにしたらしい彼女は、テーブル脇に置いてある呼び出しボタンを押すと、店員が来るまでに気が変わらないよう、素数のことだけ考えると言ってたんだけど、片したメニューの下にあった期間限定メニューに心を奪われ、結局、イチゴ尽くしマウンテンにした。
「鬼盛り、頼む気ない?」
「いや、今はいいです」
「頼んだ後にだいたい後悔しちゃうのなんとかしたい」
「まぁそれでも大体は美味しそうに食べてるじゃない」
「そう?」
ともあれ、棄て方についてはまだ考えていこうと思う。火山に棄てに行くのも勇者の眷属の末裔としてはロマンがあるかもしれない。多分、近くには温泉もあるだろうし、ちょっとした旅行としては悪くない。ただ、盾を投げ入れるとこまで火口に近づけるような火山、日本にあるのかな。
なんてことを考えていて、ふと見たら杏花は、さながら火砕流溢れるマウンテンとニコニコしながら格闘していた。
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