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水商売の友人、わたしが好きな女。
20代前半の頃にクラブのチーママをしていた友人がいる。
彼女は中学の同級生。
出会った当初はふわふわの黒髪天然パーマ、色白で黒縁メガネをかけ、どちらかと言えば地味なタイプ。
繊細で人の気持ちと空気を読むのがうまく、人の話を聞くことも盛り上げることにも長けている。
誰かの悲しみには一緒に涙を流してくれて、面白くないシャレにも大笑い。
誰かが体育で着用する靴下を忘れてひとり裸足でいたときも「わたしも靴下忘れたことにしよ~」と言って穿いていた靴下を脱ぎ一緒に裸足でいてくれる。
共感力と傾聴力を兼ね備えた彼女は、優しくて、賢くて、ちょっぴり大人の素敵な女性だった。
そんな彼女は、高校に上がり大変身を遂げた。
眼鏡からコンタクトになり、化粧をあしらい、ストレートパーマをあて髪を染めた。
会うたびにグレードアップを重ね、気づけば可愛い華やかな女性になっていた。
彼女が20代前半で結婚するまでに取り巻く男もバリエーションに富んでいた。
大学生の彼氏がいたかと思えば、バツ1で初老の男性と同棲している話をした。
ナンパしてきた男に「5万で抱かせてくれ」と言われて不快感をあらわにすると同時に「女として見られることに快感を覚える自分が悔しい」と嘆き酒を呷ったこともあった。
街コンに行けばその場にいる年上の男はだいたい彼女のもとに集まり、天性の中身と磨かれた外身で無双していた。
そんな彼女と久しぶりにランチに行ったときの話。
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この約束以前、最後に会ったのはコロナ禍前。
何年か振りに会った彼女は、ふわふわの黒髪天然パーマだった。
育児に追われ、美容院での定期メンテができないのだと言う。
「こうして会うのは4、5年振りだね〜」「もうそんなに時が経ったんだね~はやいね~歳とったね~」なんて言いながら、人が往来する栄えた街中を歩く休日の昼下がり。
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1軒目に入ったお店は小洒落た洋食店。お酒も頼める。
わたしは下戸でお腹も空いていたのでオムライス、彼女はビールとちょっとしたおつまみを頼む。
「最近どう?」
彼女は何年か前に生まれた子どものことを嬉しそうに話す。
「子どもが運動会で~」「子どもがいま○○にハマっていて~」など、たくさん話してくれる。
いくらか前まで街コンで無双していたチーママが、子に愛を注ぐ母としての一面を魅せてくれた。
母としての近況をひとしきり話した後は、恋愛話に花を咲かせた。
旦那とデートした話、共通の友人に男性を紹介した話、わたしの恋愛の近況など。話の色が変わるたび、あわせて彼女の表情やリアクションが色とりどりに変化する。
会話に夢中になっていたわたしは時計の存在をも忘れ、気づけば2時間が経過していた。
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そろそろ店を変えようという流れになり、2軒目へ。
カフェに入り、寒かったのであったかい飲み物を頼んだ。
1軒目に続き、取り留めのない恋愛の話をしてたが、ふとした拍子で仕事の話になった。
彼女が「いま何をしているの?」と尋ねると、わたしは「会社を辞めてフリーランスをしている」と答える。
久しぶりに会った友人と交わすごく普通の会話。
わたしは普段と同じ答えをした。
でも、普段とは違う"続き"が溢れてきた。
「実はメンタル不調になっちゃって、会社に行けなくなっちゃんたんだよね。」
この一言を、わたしは身内以外に一度も話したことがなかった。
頻繁に遊ぶ仲の良いほかの友人にも一切打ち明けたことがなかった。
それなのに、何年か振りに会った彼女を目の前にして、つい零してしまった。
休日の昼下がり、人が往来する栄えた街中のカフェ。
いい大人のわたし、涙が止まらない。
心のダムが決壊したかのように、口を衝いて出た言葉は「つらい、しんどい」の連続だった。
自分の中には、もうそんな気持ちはいないだろうと思っていた。
いままで形にすらしてもらえなかった沈黙の気持ちがあったのだ。
どれだけ閉じ込めてきたのだろう。
いつから居た気持ちなのか、どれだけ蓋をしてきたのか、わからなかった。
「うん、つらかったね、しんどかったね」と涙をいっぱいに溜めながら肯定してくれる彼女。
おかげで、知らないところで陰っていたわたしの心が、少し晴れた気がした。
優しくて、賢くて、いつの時代もちょっぴり大人な彼女。
たぶんこれから先も、きっとずっとちょっぴり大人。
次はいつ会えるだろうか。そんなことを想いながら、今日も生きていく。
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