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漫画の仕事が甲子園のマウンドに思えた日
なんでこうなったのか。カメラが備えられて撮影が始まりました。
こうなった経緯を説明しましょう。
情報解禁前なので多くは語れませんが、アレがコレでコレがdokosokoでこうなるから動画が必要に。つまりはこの24時間回るカメラの下で「一世一代の絵を描け。描けなきゃこのダンジョンから出るときお前は三億の借金を背負う。さあデスゲームの始まりだ」ということになったのです。
いやなってない。なってないんだけど、そのくらいの密室デスゲームに一人で立ち向かう、死のプレッシャーを背負った映画の主人公になっていました。気持ちだけは。
だって・・・・
だってこの絵を描くために、ちはやふるを1話休載してもらったんだよ?
そんなことある?
ないんですよ。そうそうそこまでやれないんですよ。待ってくださる読者さんがいることはもちろんわかってる。休載したら単行本が出るのが1ヶ月遅れる。アシさんの仕事も1ヶ月急になくなる。迷惑がかかる。わかってる。
だからこそ感じる「一世一代の絵を描け」
どんなのですかそれは・・・。
なにか物を作ることがどれほど大変か、映画やアニメや祭りの企画やかるたの大会など意思決定の大変さもじわじわ垣間見てきて、漫画にまつわる仕事の良さは「自分が決めていい」というシンプルさだと感じてきました。
わたしはわたしと相談すればいい。
これは苦しさでもありますが。
すっとやりたかった手法があって、そのために新しい画材を手に入れて練習していました。それを取り入れよう。原画の美しさをできる限り高めたいから、印刷では嫌われるメタリックカラーのインクも使ってみたい。大きな紙も使いたい。キャンバスの大きさは覚悟の大きさだ。柔らかいものと硬いもの、細密な部分と霞がかった部分、両方あるものにしたい。
ずっとカメラが回っていて、6秒に一度シャッターが切られる設定。そんなことも作業している間は忘れて、決めること、描くこと、見ること、選ぶこと、試すこと、直すこと、探すこと、溶かすこと、流すこと、引くこと、足すことを繰り返しているうちに、
あっ
あっこれだ
この葉っぱを描くために
これを描けるようになるためにここまでやってきたんだ。
ここは甲子園のマウンドだ。
私はマウンドをもらって、立たせてもらって、投げていいと言ってもらって、ここに立ってるんだ。
甲子園のマウンドに立ったことなんてないけれど、外側から見るあのピッチャーマウンドは「どんだけ心臓が強くてもあそこでストライク投げられる人にはなれない」と見る者を震え上がらせるプレッシャーの総本山。
でも、フワっとわかってしまいました。
あのマウンドは誇りのマウンドだって。託されたことが嬉しくて、そこまでの努力が全部自信になって、そこでまた新しい自分になるしかないような相手と対峙して。
めりめりと音を立てて自分の皮がまた脱げていくような、失敗して当然と思える前向きさしか持ち合わせないような、プラスのプレッシャーがフレスコ画みたいにキラキラと敷き詰められた場なんじゃないか。
感じるんですよ。
私をここに立たせてくれたたくさんの人の応援や、その声や、会ったこともなくてお手紙だけだけどたくさん書き続けてくれた人、ネットでたくさん言葉を送ってくれた人・・・。感謝してますとずっと言ってきたけれど、その本当の、積み重なってきた部分が自分の中にあることを、強く感じました。葉っぱを描きながら。
エタノールをものすごく使いました。一本1400円を使い果たすほどに。コピックのインクもものすごく使いました。BG32は今回でリフィル一本使い果たしました。418円。アルシュ紙も試し書きで2枚、本番で一枚、計三枚使いました。一枚500円。それらを「えいやっ」と使えたのは、ファンのみなさんと出版社さんとアシさんと家族のおかげですよ・・・わたしそんな贅沢な使い方できる人間じゃないんですよ・・・。
何より時間、時間です。時間をもらえないとこんな挑戦はできなかった。何日使ってもいい、という状況が漫画家にはなかなかありません。今回1話お休みをくださったBE LOVE編集部の皆さんに深く感謝したいです。あとこの場をくださった情報解禁前なので名前を言えないdokosokoさんにも。
水張りができないまま(大きいから)描き進めた絵は紙がボコボコしてしまうので、裏面にたくさん水を含ませてから、上に重しとしてBE LOVEを重ねて一晩置きました。これで翌朝にはパリッとした状態になります。
今日受け取られていく予定の一枚が本当に「一世一代の絵」になったのか・・・わからないですが、描いてる間中、ずっと、ずーっと楽しかった。泣くくらい嬉しかった。この絵を描けて、最高に幸せでした。
見てくださる方のおかげです。
ご披露できる日が楽しみです。
P.s.「女子高生の熱闘甲子園」開幕も嬉しいですね。
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末次由紀のひみつノート
漫画家のプライベートの大したことないひみつの話。何かあったらすぐ漫画を書いてしまうので、プライベートで描いた漫画なども載せていきます。
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