14歳がまだ「厨二」と呼ばれなかった頃、必死だった私たちの話
長い長い時間をかけて、遠ざかっていくばかりだった過去が、ふと抱きしめにきてくれる。
そんなことが最近あったから書き留めておきます。
・・・・・
漫画を本格的に描き始めた中学生の頃、投稿先は講談社の「なかよし」で、なかよし漫画スクールに毎月のように漫画を送っていたんです。
当時存在していた「なかよし漫画スクール移動教室・福岡大会」なるものに夏休みに呼んでもらえて、天神にあるホテル(忘れもしない西鉄グランドホテル)にドキドキしながら向かったのを覚えてます。
「ここではないどこかに誰か連れ出してくれないかな」と夢見てる福岡の14歳が、はじめて出会う外側の「社会」はなかよし編集部で。
講師はひうらさとる先生で、数人の編集者がいて、どの人も特別有能に見えたもんです。
投稿者の女の子たち十数人で質疑応答や原画を見せてもらうなど、貴重な経験をさせてもらった一日。
その貴重な一日に、一人の友達ができました。
ひとつ年上で比較的家が近くて、とても綺麗な名前の女の子。高河ゆん先生を好きと言ったその女の子を私が離すはずもなく、連絡先を交換して文通が始まりました。
夜更かしして描いた投稿作をコピーして手紙で見せあったり、「なかよし」での成績をお互い見守ったり。同じ学校に漫画を描く友達など一人もいなかった私には、本当に貴重な友達でした。彼女が描くおしゃれで繊細な雰囲気の絵柄に憧れていました。
高校生になり、いつの間にか私のデビューが決まり、横浜の大学に進学したりしているうちに、なかなか会うことが難しくなったけど、文通は続けていました。
その文通もいつのまにか間隔が空き、年賀状をやりとりするくらいに。
最後に会ったのはもう15年くらい前になってしまいました。毎日を生きるので精一杯な私は、もう年賀状さえ誰にも一枚も書けない状態になっていました。
その彼女から、ふと年末にLINEが来たんです。急に。突然。ペコンッと。
「ゆきちゃんのTwitter見てたら「お絵かきが好き」って書いてるの見て感動しちゃったよ。わたし漫画好きだし、あの頃描くの楽しかったけど漫画を描くのが大好きってよりは
投稿してワクワクしながら結果を待つ時間が好きだったんだなぁ。と。
今思うとわたしの絵って自分の絵じゃなかったなぁと。誰かの影響だったり。
漫画やめようって思った後は全く絵を描かなかったし
でもゆきちゃんは上手くなったけど、あの頃と基本は変わらないもんね。
ちゃんと10代の頃から自分の絵を持ってたんだなぁって。
そして今でも楽しいって書いてるのみて素敵だなぁと思って思わず長文のLINE書いてしまったよう」
ほろほろと。
ほろほろと、こころが。
こころの外側が柔らかく崩れて、私は突然14歳に引き戻されてしまいました。
彼女だけが知る、14歳からここまで伸びている一本の線があるのです。つながっている絵があるのです。
15歳の頃の投稿作
絵をみるとね。
すごく上手くなってて、努力したんだなぁ。好きなんだなぁ。って伝わる。
努力・・・
そうなのかな。努力。したのかな。全然だめなんだよ。全然下手なんだよ。才能ないんだよ。才能ないんだけど、これしかできないんだよ。上手くならないのにずっとあがいてるんだよ。
息子(小2)がね。
近所の子供文化センターで、鬼滅の刃を借りてきたんだけど、次は「ちはやふる」借りてくるって言ってた。なんか不思議な感じがしたよ。ちなみに私は何も教えてないのに。
なんだそれ。そんなことあるの。そんな光栄なことあるの。
ゆきちゃん有名人になっちゃうんだもん。
誘いにくくて〜
有名になったって簡単に友達できないよ。
あなたは友達だよ。会おうよ。
(このころのなかよしは、毎月の優秀作四作品を集めた冊子を作って配布してくれてました。今考えても素晴らしいお仕事。写植までつけてもらってました。)
1月半ばに渋谷で会う約束を取り付けました。
「ここではないどこかに誰か連れて行ってくれないかなぁ」
そう思っていた日々に、一緒に脱出を企てて、手を取り合って力を溜めていた女の子はあなたで、
「誰か」なんていなくったって、私たちは自力で遠くまで来られて、そしてまた会うことができること。その自由とそのパワーを確かめたかったんです。
前しか見ないで走る私が彼女を忘れてしまっても、彼女は私のTwitterをフォローして見ていてくれたんです。きっとなんでも知っているんでしょう。焼き芋ばっかり食べてることも、しょっちゅう無くし物をしてることも、今も漫画で死にそうになってることも。
今度は私がTwitterのアカウントを教えてもらう番でしょう。
すっかり遠く遠くに置き去りにしてしまった14歳の自分の、深夜2時まで一人で漫画を描いていたあの部屋に、彼女に会うと戻ってしまうんです。
でもそこまで戻ったら、戻った場所から未来を見たら、その時やっと「あれ、すごい、なんか頑張ったんだな」と思えるのかもしれません。
時間とは不思議です。振り返ると後悔ばかりが見えるのに、過去から未来を見ると全部成長に見える。
振り返ったって何にも褒めるところのない人生だけど、
14歳の私から見たら、すごいんじゃないですか?
なにせ漫画を描き続けてる。転んだり死にそうになりながら、たくさんの幸運にも出会って、漫画がアニメになったり映画になったりもして。そして今でも漫画を好きで、毎日上手くなりたくてのたうちまわってる。
「頑張ったね。すごいよ。うまくなってるよ」
そう言ってくれるでしょうか。
そう思っていたのに、また突然の緊急事態宣言。旧友とランチを食べるのはアリなの?ナシなの?困りました。
15年ぶりが15年と2ヶ月ぶりとかになっても、またきっと会いますけどね。
先にTwitter ID教えてもらわないといけませんね。
でも最後に
今思うとわたしの絵って自分の絵じゃなかったなぁと。誰かの影響だったり。
あなたはそう言うけど、あの頃の私たちは「こういう絵が好き」という要素を集めに集めて、必死で憧れに手を伸ばして自分を作ろうとしていたんです。にんじんを食べて米を食べるように、身体を作っていたんです。絵柄だけじゃなく投稿というアクションもそう。
何かにならなきゃいけないと必死になって、選んで捨ててまた選んで、そうした日々があるからここまで遠くに来られたんです。捨てたものも本当は捨ててない。何にもならなくても、そうやって進んできたこれまでを、14歳の自分は「おー、頑張ったんだなぁ」って言うと思うんです。
私に会ったらあなたも15歳になるんです。
あなたに会えるのが楽しみ。
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末次由紀のひみつノート
漫画家のプライベートの大したことないひみつの話。何かあったらすぐ漫画を書いてしまうので、プライベートで描いた漫画なども載せていきます。
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