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「卒業写真、捨てたらダメだよ」
「優れた女」と書いて「女優」なわけですが、わたしが出会った中で目を閉じる前から思い浮かぶ「優れた女」がいます。
中学校からの同級生Iちゃん。
高校も一緒で、毎日一緒に帰る通学電車のなかで見る横顔の美しさと、正面から見るその目力の強さ、美貌を鼻にかけず誰とでも仲良くできる懐の広さと、ほどよい手の抜き方のできる性格で、先輩からも後輩からも好かれる彼女。
高校の頃から「どこに行っても出世する」と思っていました。
大学時代に3年間一緒に住んだのもIちゃん。
他人との初めての共同生活。マンションの一階で月を見ながら二人でお酒を飲んで、フラフラして真っ赤になってすぐ吐きたくなって「こりゃお酒ダメだな」と気がついた時もIちゃんが隣にいました。
離れて暮らし始め、お互いに結婚して、Iちゃんが福岡に帰ってからも時々会って、今の自分たちの足跡を一緒に振り返りながら話していました。
でもこの夏に、詳しくは書けないけれどIちゃんにとても悲しいことが起こりました。
そのことを人づてに聞いた瞬間、目の前に大きな舞台の重く黒い幕が降りるように。体重が倍くらいの重みになって、椅子から立てなくなる感覚に襲われました。
Iちゃんは、体は元気かもしれないけど、絶対も心は大丈夫じゃない、と思うに足る出来事でした。
手も肺も震えているのがわかりました。思うことは
「どうしたらいいのかわからない。」
あの生きる力に溢れてて、神様から祝福されていると感じていたIちゃんに、絶対元気じゃいられないことが起こった。
どうしたらいいかわからない・・・・
でもひとつだけわかる。
どうしたらいいのかわからないくらいの酷いことが自分に起こった時、「どうしたらいいかわからなかったから」と声をかけず見守った友達よりも、「どうしたらいいかわからなかったけど、とりあえず会いに来た」と動いてくれた友達の方がありがたかったこと。
大変な時に声をかけてくれる人は、何もしないで見守る人より回復を助けること。
悩みつつ電話をしたら、Iちゃんはすぐ電話に出てくれて、そこから1時間どんなことがあったのか話してくれました。
臆病な私がすぐ思ったのは「怒られなくてよかった」でした。
「こんな時に電話かけてきて無神経な!」と言われる可能性だってある、と思っていた自分のことがすぐに恥ずかしくなるくらい、Iちゃんは優しくて強いままで、電話口で話してくれました。
電話の向こうで泣きながら話してくれるIちゃんの声はもちろん悲しいのに、もちろんつらいのに、持っている生きる力の強さはこんな時までもIちゃんに深く備わっていて、
いろんなことの成り行きを泣きながら笑いながら話してくれました。
思いもかけない不運があるのが人生なのかもしれないけれど、
これから先もどんな時もなくならない愛情が彼女にあって、そして寂しさを抱え続ける強さがある。
奥歯を噛み締めながらIちゃんの強さと切なさを感じていました。
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当たり前ですが、幼馴染も同級生ももう増えません。
そのことに気がついてから、同窓会の話が胸に刺さるようになってきました。
私は自分から人に話しかけられないライフを歩んできたのもあり、地元から遠く離れて住んでいるので同窓会に出られたことがありません。
でも地元の学生時代の友達のLINEグループには入っていて、福岡の話題や盆正月に集まれる人を募るメッセージに「いいなあ」と返していました。
いいなあと思うけど、なかなか行けないなあ。
なかなか帰れない私に、最近Iちゃんはひょこひょこラインをくれるようになりました。「今〇〇ちゃんと◻︎◻︎さんと△△さんと会ってるよ」。
そうやってその四人で開催される福岡の飲み会に私もビデオ電話で参加したり、その場の写真を送ってもらったり。
「これから◾️さんと会うんやけど」と言うIちゃん。
「誰やろ?それ。卒アルで見てみる」
「見てみて」
何年かぶりに引っ張り出す卒業アルバム。あまり開かれたことのない綺麗なページには高級そうな印刷で人生で一番太っていた頃の自分が写っています。
「2組の◾️さんかあ」
「そうそう。あと3−1の〇〇さんと、3−4の□△さんの写真撮って送って。こっちでみんなで見る」
「いいよ。卒アル便利ね」
「そうよー。捨てたらだめだよ」
高校の制服を着ている自分を見て「今と全然違うね」と娘(7歳)は言います。
そうかもしれないけど、自分の本当のところはきっとまだあの写真の中にそのままいるんじゃないかな。そんな気持ちで綺麗なままのページを見ていました。卒アルの自分の個別写真なんて、まじまじ見る人はきっと自分だけなのです。
別に見たくもないけれど、自分が目を逸らしたらもうだれも顧みないのです。こんなに綺麗な印刷で残してくれているのに。
丸っこくて全然可愛くもないけど、今の自分がいるのはこの頃の自分のおかげ。
「2組だった▼△さんと今一緒なんだけど、今度東京に行くんだって。すえちゃんと会いたいって言ってるよ」
▼△さん!?可愛くておしゃれで全然グループの違ったあの人が??え?どうしよう?
「えっ いいよ!お昼頃なら会えるよ」
そう元気よく返事をしてる自分がいました。
高校時代も少しだけしか話したことないのに。そこから30年何の接点もなかったのに。
LINEで新しく友達登録された▼△さんが、何の仕事をしてるのか結婚してるのか子供がいるのかどこに住んでるのかなぜ東京に遊びに来るのか、すべてなんにもわからないまま、「いい肉の日に昼から二人で焼肉を食べる」ということだけが決まりました。
つまり今日。これからです。
あまりに自分の脳みそに自信がないので、無理やりカバンに押し込んできました。
高校の卒業写真を。
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何度も引越しのたびに「もういらないんじゃないの?」と思い続けた卒業写真。でもIちゃんの言葉が響きます。
「捨てたらダメだよ」
高校を卒業してものすごい年月がすぎ、友人はみんな人生のステージを2個も3個も進めています。
でもいまこの卒業写真が必要だと言うことは、もう一度私たちに友達が必要な時が来ているということ。
卒業写真の中の自分は、人生最大の体重でぷくぷくしているけど、今の自分の体重もだいたい同じくらいだよ。ダメじゃんって言わないでよ。あの頃使えなかったいろんなアイテムを使って、ネイルやピアスでおしゃれを楽しんでるよ。
高校の夏服を来て窮屈そうにしている自分も、時々会いに来てくれるのを待っていたのかもしれません。
あの頃友達になれなかった一人の女性と、友達になりに行ってきます。
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末次由紀のひみつノート
漫画家のプライベートの大したことないひみつの話。何かあったらすぐ漫画を書いてしまうので、プライベートで描いた漫画なども載せていきます。
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