ムーンライトパーク〜菱形丸子と先輩
「はじめまして!菱形丸子です!」
第一声はシンプルな自己紹介だった。よく通る声が彼女の性格を表している。入学式が終わってすぐのクラスでの自己紹介。飛び抜けて元気な少女が菱形丸子だ。短めのポニーテール、ジップアップジャージの上に多機能ベスト、ショートパンツから伸びる脚は黒いタイツで覆われている。それにトレッキングシューズ。これからキャンプにでも行くのかという出立ちが彼女の制服らしい。
「今日から新しい高校生活!みんなと仲良くしていきたいですっ!」
そう締めくくると丸子は席に戻った。途中たまたま目があった梨花に微笑みかける。「よろしくね」声にはならないが丸子の唇はそう言っていた。
休み時間、梨花が書類を抱えて職員室に向かって廊下を歩いている。1人で抱えるにはギリギリ、2人なら簡単に持てる量だ。階段に近づいたあたりで丸子が通りかかる。
「菱形さん、一緒に頼まれたんだからお願い」梨花は丸子を見つけて訴えた。
「ごめんね宇佐美さん、ちょっと野暮用があってさ。埋め合わせは絶対するから」と丸子に片目を閉じる挨拶で軽く返されると、梨花は不服そうに小さな下唇を上に向けた。そんな梨花の可愛らしい表情を肩越しに置いて、丸子はトットットッと階段を登って行く。目指すのは人の気配のない階の2番目のドア。
バァン、と丸子は部室のドアを勢いよく開けた。
「菱形丸子只今参上致しましたっ!」
わざとらしい敬礼と共に中を見回すと、机に向かっていた見た目の地味な数名の男子がこちらに振り向く。
机は向かい合うように並べられており、壁際にはホワイトボードが立てられ、地図やら写真やらが貼ってある。それらは色の違うペンで丸く囲まれたり線で結ばれたりして複雑さというより混沌を示していた。さらに奥の方の壁付けのデスクにはガラススクリーン一枚のICデバイスが備えられており、黒い画面では綺麗な模様がチラチラと動いている。
「あれ?部長は不在なんすか?せっかく紅一点が入部したというのに」
丸子が問うと部員の1人が無言で人差し指を上に向けた。丸子は部長の居場所を理解した。
校舎の屋上。今日の空は快晴のビジョン。空気循環のための人工的な風が爽やかに感じる。入り口のドアの庇の上に胡座をかいて座る体格のいい男子が1人。髪の手入れには無頓着であろう風貌の男は、三脚がついた望遠鏡のようなもので遠くを眺めている。薄手の長袖ジャージの下は迷彩柄のカーゴパンツ。ブーツを履いた格好はなんとなく丸子と同じ方向性のようだ。その下で丸子が屋上の終わりを仕切る鉄柵に腕をのせて、もたれるようにして男と同じ方向を眺めている。ゆらゆらと前髪を揺らしながら
「先輩、進路はどうするんすか?」
と丸子は会話の突端を掴むように話しかけた。「さあな。」男がそう返すのをわかっているかのように「なんか動きありました?」と続けた。
「ないな。」
男の返事を聞いて丸子は残念そうに片足をぶらぶらさせながら校庭を見下ろした。
目線の先にはまた先生に用事を言いつけられたのだろうか、梨花が何かを抱えて移動している。
「宇佐美さーん!」
丸子は大きな声で呼びかけた。本当は梨花ちゃんと呼びたいところだが、そこまでまだ距離は縮まっていない。梨花は丸子に気づいたらしくこっちを向いて口をパクパクさせて何かを叫んでいる。
「丸子ちゃーん大好きだよー」丸子は小声で梨花のアフレコをやってみた。いつのまにか男の望遠鏡は梨花の方を向いている。
「菱形さんも手伝ってよー」遠くの方で聞こえる声に男は
「そうは言ってないみたいだぞ」
と丸子に教えた。
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