待合室
ここの待合室は少し変わっている。なかなかの広さを誇り壁も天井も真っ白で照明も白く明るい。そのくせ窓がなくてあるのは入り口と出口のドアだけだ。そして床には白い布団が敷き詰められ入り口から入って来た者は名前を呼ばれる順番をその布団の中で待つ事になっている。正面の壁には大きめの液晶テレビが一台設置されていてチャンネルを変えるリモコンは待合の者全員に一個ずつ与えられていた。大抵の者が布団から上半身を起こして腕を後ろに支えながらテレビの方を向いている。テレビはしばらくずっとくだらない番組を映しているがだれかが気に入って観ているのだろうと思うとわざわざチャンネルを変える気にはならなかった。最近のテレビなんてどうせロクなのしかやってないし、かと言って動画サイトのサジェストも飽きがきたものばかりだし、と俺も他の者と同じくぼんやりとくだらない画面を眺めていた。
思えば随分待たされた気もするしさっき入ってきた気もする。時間の感覚がおかしくなるのはこの待合室の景色のせいだろうか。たまに出口のドアが開いて名前を呼ばれた者が出ていくが、用事が終わって戻ってきた者をまだ見たことがなかった。待合を見渡せばどいつもこいつも冴えない面々ばかりだ。あいつよりマシか、こいつよりマシかと画面を無表情で見つめている連中と自分を比べて根拠のない有能感に浸るのにも飽きてきた頃、入り口が開いてひとりの男が入ってきた。
男はキョロキョロと部屋を見回すと俺の隣の空いている布団を見つけたようで敷き詰められた布団の隙間を前屈みに爪先だって器用につたい、無人の掛け布団の上によっこらとあぐらをかいて座った。少々頭の毛が薄い丸顔の親父はシャツの裾から手を入れて腹をボリボリと掻き、反対の手で枕の上にあるリモコンを手にしたかと思うと躊躇なくテレビのチャンネルを変えた。まあ、ここで待っている者全員に与えられた権利だしそれは自由なのだが、楽しみに観ていた者が居ると思うとそいつらが少し気の毒に思えた。しばらくするとオヤジは番組のつまらなさに悪態をつきながらプチンとテレビを消してしまった。これには少しカチンと来たがくだらないテレビの雑音よりは静寂の方がいいのは確かだ。オヤジはそのままブツブツと疲れただの眠たいだのと不満を言い続け、最後にはついに待合室の明かりまで消して布団に潜ってしまった。
流石にこれには俺も頭にきて禿げ頭に残る少ない毛を掴み男を布団から引きずり出した。そしてテレビを消すのも明かりを消すのも皆に一言くらいあったらどうだと説教で怒鳴りつけ、さぁ今言え、みんなに聞こえるように今言えと無理やり後ろ首を掴んで皆の方に親父の面を向け放った。オヤジは、なんだよ、誰のために怒ってるんだよ、誰のための正義感なんだよまったく、と項垂れ振り返りながら口を尖らせブツブツとまた布団に潜った。
それを見届けて俺も鼻息荒いまま布団に入ったのだが、非常灯で薄暗くなった天井を見ながらふと、ああ、こんなんだから俺もこんなところに並んで居るんだな、と納得するしかなかった。