鮨やのデザインからみえた大将との対話の大切さ
『この場所で25年つづけたいんだ』
大将から依頼があったのは7ヶ月前の話。10年以上続いた店舗の改装は、大将との対話から見えてくる「この場所への想い」を大切にしながら丁寧に進めていこうと思った一言でした。
インテリアデザイナー清水です。
これまで企業の展示ブースデザインやインスタレーション、新規事業のインテリアデザインなどを個人の方というよりは企業や団体のデザインを多く手掛けてきました。
今回のように「個人のオーナー」かつ「鮨や」というジャンルにはまだ挑戦できていませんでした。
インテリアデザイナーを仕事にすると決めたときから長年、鮨やの設計をしたいと考えており、その願いが叶った物件でもあるのでかなり気持ちが入った物件でした。
「鮨や」はインテリアデザイナーの憧れ
商空間の専門誌「商店建築」では毎年といっていいほど「鮨や」特集があります。「和食」というカテゴリーではなく「鮨や」というカテゴリーで扱われています。元々インテリアデザイナーがメインの購読者である雑誌のなかで「鮨や」がいかに注目を集めるかを感じさせます。
独立して改めて思ったのはインテリアデザイナーという職業的な話も関係しているのではということです。
インテリアデザイナーは図面やパースなどは作ることができますが、信頼できる大工、家具職人、金物屋さんなど様々な人と協力しないと空間を作ることができないので、ひとつのものに打ち込む人と距離が近いのだと思います。
さらに、飲食の世界で職人と昔から名がついていたのは鮨職人くらいではないかなとも思っています。鮨職人は腕一本と自分の感性で素晴らしい体験を生み出してくれる憧れの存在なのです。
初めにオーナーからもらったお題は二つ
オーナーから頂いたオーダーは
・質実剛健
・この場所で今後25年続けたい
という二点でした。
まずはどのような経緯で質実剛健というキーワードにたどり着いたのか、大将の鮨にかける思いや思想をヒアリングを通じて理解していきました。
華美な装飾は必要なく、鮨に集中してもらえる空気感など対話を通じてデザインに必要な思いを言葉にしてもらいました。
丁寧に意思を汲み上げる対話により意見や発言が活発になり大将の意識が店舗づくりに集中していく感覚がありました。
大将の思いや思想を整理して、デザインの方向性を決定しました。
和の要素をシンプルに纏めていくことで「質実剛健」を本物の素材を適材適所に配置し、この場所で長く続けていく為の土壌を作ることを目指しました。
おもてなしを優先し客席数を減らすという選択
改装前の店舗は和食店の居抜きを利用しており、通りに面した扉を開くとすぐにカウンターがあり、大将が常連のお客様を招いてくれる。
通りと地続きに店内へ入る体験導線でした。
既存のレイアウトはカウンターを効率的に使う上でよくある導線で問題というほどではないですが、大将が学び培ってきた「江戸前鮨の系譜」と「おもてなしの心」を表現できる導線をつくるべきだと考えました。
そこで通りと店舗を分ける空間を作る体験導線を検討し、格子で店内と通りに線を引き露地を作ることを提案しました。そのためには元々7席あった客席を6席に減らす必要がありました。飲食店は客単価を何回転できるかという面で売上が大きく変わります。
今回は鮨やを続けていく上で納得できるクオリティの空間を作ること、7人を相手に鮨を提供することが将来的な体力を考えると厳しくなる可能性もあるという二点から客席数の減らし露地を作るという提案が実現しました。
大将の思いを対話から読み解く
打ち合わせの中できめていくことは設備や機能の話だけではなく、思いや思想を組み上げていくことが必要になると考えています。
お客様にどのような体験をしてほしいか、何を持ち帰って欲しいかなどを具体的にしていくことを意識して打ち合わせを進めました。
Q&Aのように一方的なコミュニケーションでは、なかなか本音がでてこないので雑談をしながら対話することで設計やデザインに必要なピースが見つかっていきます。
5回の打ち合わせを重ねて、設計とデザインのフェーズを経て、実際出来上がった空間をお話していきます。
鮨を楽しむ心を静かに盛り上げる
格子で区切られた露地空間は通りと店内を確かな境界を作りだし、鮨を楽しむ気持ちを静かに盛り上げる空間導線となっています。
露地ではバランスを整えすぎず飛び石や収納扉、飾り間を少しずらしてバランスを崩すことで決まりすぎない隙を生み出しています。
今回のように和の素材に和の要素を組み合わせる場合には、数寄屋造りや書院造りなど日本に昔からある意匠を意識しながら積み上げることで美しい空間が生まれます。
帯戸を開けた先に現れる、店内との対比をまた際立たせるものになっています。
歴史の詰まったカウンターを再生する
露地を抜けて帯戸を開けると、ヒノキのカウンターを挟んで大将がお客様を迎えます。このカウンターは元々の店舗で使用していたものだが13年間使っていたとは思えないほど美しさを保っていたので再利用させていただきました。
新しい要素と元々ある要素を組み合わせることで馴染みのお客様にも受け入れられる店舗になったと考えています。
カウンターに座ると格子行灯と聚楽壁、ヒノキで構成した床の間を背にした大将が、能の舞台で鏡板を背にして舞うように気持ちのいいテンポで鮨を握ってくれます。
季節の移ろいに合わせたこだわりの食材から生み出される鮨を中心に大将、鮨、空間が一体となり特別な時間が流れます。
鮨という体験
空間設計はビジネスやニーズだけに注視するのでなく、事業者の思いや思想を対話を通じて丁寧に積み上げることで、空間体験を媒体とした体験設計がより深いものになると感じました。
信頼関係が進めば自然とオーナーが望むものも見えてきますし、齟齬なく空間設計ができるのだと思います。
大将との信頼関係を築きながらお施主と一緒に作り上げた空間です。
SNS等に店名を掲載することができないので店名は伏せさせて頂いておりますが、是非自力で見つけて鮨という体験をしていただきたいです。
設計:SUPER SUPER inc. 清水佑哉 中原美穗
施工:HAKO-Re 山越智佳 長野沙弥佳 / STUDIO N2 西條尚人
植栽:ソウアン 秋田玄
撮影:森田 大貴